第72話 最上級の訓練始まる
訓練6日目。
今日も今日とて訓練の為に城へと足を運ぶ。
何時もの通り、案内役の騎士に従って魔法騎士隊の訓練所(といっても屋外だが)に行くと、何故かいつも一緒に居るはずのデュランドル隊長とサミュエス副隊長の姿が見えなかった。
この事を近くに居る魔法騎士に聞くと、今日の騎士隊長の定例会議に珍しく副隊長も呼ばれたらしい。
2人が居ないからといって、俺の訓練に支障が出る訳ではないので昨日の続きとして空きスペースへと向かう。
昨夜宿での2時間とはいえ、訓練の成果が表れてきたのか今日は最初から的の命中率が上がっていた。
そして最初の休憩時間になろうとしているところで険しい表情をしたデュランドルさんとサミュエスさんが訓練所に戻ってきた。
「あ、ああ、クロウ来てたのか。訓練の成果はどうだ? 俺達が居ないからといって、サボったりしてなかっただろうな」
「当たり前ですよ。サボったりしたら、後でデュランドルさんに何をされるか……おお、怖!」
「お前が俺の事をどう思っているのか、よ~く分かった」
「はははっ冗談ですよ。冗談、本気にしないで下さいよ」
「ふっ冗談か……ようし、クロウ! いまから第五、つまり最終段階の訓練を始めるぞ」
俺はからかい過ぎたかと反省していたがデュランドルさんの方は違うらしく、急に真面目な表情になったかと思えば俺の腕を掴んで訓練所の奥にある分厚い壁で覆われた、最初に『近寄るな』と言われていた場所に俺を引き摺って行った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。サミュエスさんも止めてください!」
「申し訳ありませんが諦めてください」
サミュエスさんはそう言うと、デュランドルさんに引っ張られている俺の後ろを付いて来るようにして、共に『危険』と書かれている扉の方へと歩いて行く。
突然の事に一緒に訓練をしていた魔法騎士達も、茫然とした表情で俺達を見送っている。
そうこうしているうちに隊長達に連れられた俺は今までいた訓練所と完全に遮断された、もう一つの訓練所へと強制的に連れてこられたのだった。
この場所に来て最初に思ったのは、屋外でありながら何か息苦しく感じる場所という事だ。
訓練所のさらに奥からは『ドゴドゴドゴドゴッ』という爆弾が連続して爆発するような音が聞こえてくる。
「この場所は此れから行う第五段階専用の訓練施設。奥には魔法騎士隊で俺とサミュエス以外の第五段階を訓練している騎士がいる。今日からクロウも此処で訓練に励むように」
デュランドルさんはいつもの、おちゃらけた雰囲気とは打って変わって淡々と真面目な口どりで話し出した。
「第五段階に進める事は俺としても嬉しい事ですが、まだ第四段階も途中なんですよ? それで良いんですか?」
「確かに昨日までなら一つ一つの事を完璧にしてから次に進もうと考えていた」
「ですが、今朝の会議で完成を急がねばならなくなったのです」
「いったい何があったんですか?」
「その前にちょっと待ってください」
サミュエスさんはそう言うと訓練所の奥へと歩いて行った。
そしてそれから数分後、後ろに見た事も無い魔法騎士3人を連れて俺の居る場所に戻ってきた。
「隊長から大事な用があるっていうから来てみたが、一人知らない奴がいるな」
「新入り? それにしては格好が騎士の物とは違う気がする」
「どちらにしろ、第五段階まで来たという事は俺達の後輩にあたるわけだ。大事にしないとな」
奥から姿を現した緑髪の男性2人と赤髪の女性1人の計3人は俺を見るなり、そう言い始めた。
《マスター、この方達から凄まじい魔力を感じます。とても人間とは思えないような》
《でも見る限りでは耳が長くないし、普通の人間だと思うぞ?》
《ですが、マスターの魔力値までは遠く及びませんが、人間が持つ平均魔力値の二回り以上は確実にありますよ?》
俺がそう話していると、この訓練所に立ち入ってから珍しく必要以上の事を口にしなかったデュランドルさんが行き成り話し出した。
「残念だが、2日後より俺とオーランド、ギィリス並びに第四段階で訓練している魔法騎士15名の計18名は他の騎士隊からの精鋭部隊とともに帝国グランジェリドの国境へと向かい、侵攻してくる敵を迎え撃つこととなった。その為、オーランド、ギィリスの両名の訓練は此処までとし、2日後の朝、出発に備え休息に入る様に」
「ちょっと待ってください、隊長。そんな勝手な事をしていいんですか!?」
「近衛騎士隊長ならびに宰相からの命だ。前線に連れて行く者達の訓練は早めに終わらせて丸一日の休息を取らせた後、万全の態勢で国境へ向かうのだそうだ。サミュエスは俺の代わりに城を護る魔法騎士隊の指揮を頼む」
「……了解いたしました。隊長、お気をつけて」
「よし。今呼ばれた2名、返事はどうした!」
デュランドルさんは近寄りがたい雰囲気を醸し出しながら、この3人のうちの2人に対して声を荒げる。
すると奥から来た3人のうち、緑髪の男性2人が背筋を伸ばし右手を胸に宛てて敬礼すると空を斜めに見え上げながら言い放った。
「「魔法騎士隊所属オーランド、並びに同じく魔法騎士隊所属ギィリス、魔法騎士隊長デュランドルの命を受け、これより休息に入らせて頂きます!!」」
「宜しい。一緒に連れて行く者については追って知らせる。では解散」
「「はっ!!」」
直立不動していた緑髪の男性2人は残された赤髪の女性に小声で何らかの言葉を伝えると、奥の訓練所から荷物を持ち出して、第五段階訓練所を後にした。
「シュナイアはこの後、サミュエスと共にクロウの訓練にあたってくれ」
デュランドルさんは其れだけを言うと、サミュエスさんに後の事は任せると言い残して他の2人と同様に第五段階訓練所を後にした。
「ねぇ、副隊長。クロウって言ってたけど誰ですか、ソレ?」
「あっ俺がクロウです。よろしくお願いします」
「君がそうなんだ。変な格好してるけど、騎士なの?」
「彼はギルド所属の冒険者ですよ。今から4日後に控えるグランジェリドとの戦争の為に、クロウさんを始めとする冒険者の方たちが各々の騎士達と訓練に励んでるんです」
「へぇ、でも戦力的にどうなんだろ。此処に連れてきたってことは第五段階に進めるって事なんだよね」
「自分的には第四段階を物にしたって感じはないんですが……急にデュランドルさんに第五段階を始めるって言われて、無理矢理連れてこられたものですから」
「とりあえず、実力を見せてみてよ。自分の眼で判断するからさ」
「とは言っても此処で何をすればいいのか、サッパリで」
俺がそう言うと見るからに表情が暗くなった。
「説明するはずだった隊長は言いたい事だけ言ってさっさと帰ってしまいましたし、此処は私が見本をお見せしましょう」
サミュエスさんはそう言いながら俺と、地面に靴先で『隊長のバカ』という落書きをしていたシュナイアという女性を連れて奥の訓練所へと向かった。
そして訓練所に到着した俺が見たのは所々炭化して黒くなった案山子と岩肌、それにも増してボロボロになった10個の的だった。
「私の得意属性は風なので、火属性を使うクロウさんにはあまり参考にならないかもしれませんが、よく見ててくださいね」
そう言って掌を上に向けると【ウィンド】を唱えて透明な物に包まれた風の刃を出現させる。
だが、此処でいつもと異なる点は魔法の大きさ。
以前に見本として見せて貰った時は15cmほどの風の塊だったのだが、今回の此れは1m近くある。
サミュエスさんほどの方が魔力値の調整を間違うなんてことはない筈なんだけど。
「さて、良く見ててくださいね」
そう言って何かを突き刺すかのように魔法を持ってない左の掌で上から右の掌に浮かべている【ウィンド】を押さえつける様にすると、次の瞬間には風の塊から幾つもの小型の【ウィンド】が飛び出して様々な軌道を描きながら壁に掛けられている10個の的に吸い込まれるようにして命中してゆく。
「す、すごい」
「予め、【ウィンド】数発分の魔力を込めて大型のウィンドを掌の上に作り出しておいて、第四段階での魔力を操る方法を応用して一発ずつ打ち出していくのが第五段階で教える事です」
「まずは習うより、慣れろでしょ? 早速行ってみようか」
「そう言われても、本当に何をどうすれば良いのやら」
「そうだったね。じゃあ、得意属性は?」
「火属性です。他に風もそうですが、慣れている方からすれば火属性ですね」
「うん、ボクと同じだ。じゃあ、掌に魔力を込めて大型の【ファイア】を浮かべてみて」
そう言われ、俺は久々に魔力を多く込めて2m近い【ファイア】を作り出してしまった。
「ちょっと大きすぎるかな。まぁいいや。それじゃ今度は其処から小型の【ファイア】を1個抜き取るように頭の中で思い浮かべてみて」
「大きな【ファイア】の中から小さな【ファイア】を取り出す……」
心の中で言われた事を反芻するも、やはりぶっつけ本番ではうまくいかない。
一度、大きな【ファイア】がそのまま、的に向かって飛んでいきそうになったが『急いで魔力を0に!』という2人の悲鳴にも似た叫び声で何とか消すことが出来た。
「やっぱり言われて直ぐには無理か。君と同調して見本を見せるから、さっきの半分くらいの【ファイア】をもう一度掌に浮かべてみて」
「リンクって何?」
「簡単に言うと君の魔力をボクの魔力で操って、実際に身を持って第五段階の魔法を味わってもらおうというわけ。分かったらさっさと【ファイア】を作る」
「は、はい」
そう言われて今度は先ほどよりも魔力を押さえ、今度こそ1mほどの【ファイア】を作り出すことに成功した。
「じゃ、ちょっと失礼するよ」
シュナイアさんはそう言って俺の腹部に背中を付けるような形で密着すると【ファイア】を浮かべている右の掌を下から自分の右手を重ねて、同じく魔力を操る左の掌に自身の左手を重ね合わせる。
というかこの体勢はかなり緊張する。
「ちょっとちょっと、息遣い荒いよ。何を興奮してるのかな?」
「そんなつもりじゃ……」
「というところでイクよ」
何か聞きようによっては危ない単語だったが、その次の瞬間には俺の両手を操作するシュナイアさんの魔力調整によって、右の掌の【ファイア】から合計7個の小型【ファイア】が飛び出していき、壁に掛けられている的を次々と打ち抜いてゆく。
一瞬、自分の身体ではないような感覚に気が動転していたが、なんとか感触は掴めそうだ。
「やっぱり他人の身体を使うのは慣れないね。でも此れで感覚は少しとはいえ、理解できたでしょ? あとは練習あるのみ。頑張って」
その後、日が暮れるまで延々と2人のアドバイスを聞きながら術を行使し続けた結果、日没間際にやっと自身で【ファイア】を3個打ち出すことに成功した。
「じゃ今日は此処までね。明日も此処で待ってるから体調を万全にしておいて」
「わかりました。では失礼します」
そして俺が案内人に連れられて城の入口へと向かっていた丁度その頃、先程まで訓練をしていた場所に残っている2人の女性魔法騎士はというと。
「ねぇサミュエス。幾らなんでも、あの子異常すぎない? ふつう、朝から晩まであれだけの魔力を放出し続けてケロッとしてるなんて、隊長以上に可笑しいんじゃない?」
「はい、ナイア近衛副隊長。うちの隊長はこの戦争が無事終結した後は彼をギルドから魔法騎士隊に入隊させるべく画策しておいでです。副隊長はどう思われますか?」
「ただの騎士隊じゃ勿体ないわ。隊長の思惑通りに魔法騎士隊への入隊が決まった後は、折を見て近衛騎士隊への推薦状を私が責任を持って書いてあげるわ」
「楽しみに待ってます」
こうして本人の知らない所で、着々と足場が固められていくのだった。