第71話 複雑であり、困難な訓練
訓練5日目。
昨日から、第四段階の魔法訓練へと移行していたのだが、掌から打ち出した魔法の軌道を操るのは思った以上に難しく、的になんとか掠り始めたのは昼ごろになってからだった。
とは言っても当たる確率は平均して5発中、3発のみで酷い時には1発しか当たらない。
俺的にはまだまだだと思っているのだが、隊長であるデュランドルさんはそうは思っていないようで。
「ようし、それだけ当たる様になれば充分だ。此処からは障害物を立てて練習するか」
俺はこの言葉が信じられなかった。5発中3発が的に当たるという事は残りの2発は何処に命中するか見当もつかないという事だ。下手をしたらというか、下手をしなくても同士討ちになってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください。先に進めるのは俺にとっても嬉しい事ですが、やっと的に当てている状態で先の段階に進んでも良いんですか!?」
「だが、後の2発は自分では当たっていないと思っているようだが、実際は的の淵を掠めているんだ。自身を持て。それに敢えて課題を難しくすることで、腕前が上がるという事もある」
「隊長……流石に無理矢理過ぎませんか?」
隊長の横で、白い眼で睨み付けるかの如く眼を細めているのは副隊長であるサミュエスさんだ。
「ふむ。確かにデュランドルのいう事にも一理ある事にはあるが、少し急ぎ過ぎではないかな?」
更に何故か魔法騎士隊の訓練視察という名目で、宰相のクレイグさんも訓練場に足を運んでいた。
「俺が良いって言ってんだから、それで良いんだよ。おい、お前ら準備は任せたぞ!」
「…………分かりました」
それにもまして驚くべき事に、魔法騎士見習いの件の5人も訓練の手伝いという事でデュランドルさんの命令で、この訓練所にいる。
しかも無表情で文句の一言もなく、せっせと的の交換や案山子の設置などを行っている。
初日の5人の態度からして、俺とサミュエスさんは信じられないものを見たとばかりに驚いているが、デュランドルさんは『やっと心を入れ替えて真面目にやりだしたか』と腕を組んで笑っている。
しかも丁度、喉が渇いてきたところにコップに水を淹れて渡してくるなど、心遣いも気持ち悪いほどに徹底している。
「私もこうなるように常日頃から指導してきましたが、普段の様子からは変わり過ぎてますね。何か裏があるのでしょうか」
「たとえば油断しているところに、後ろからブスッととか?」
そう言って俺は訓練で破壊された案山子の一部分を手に取って、刺す真似をする。
「それは流石に考えすぎでしょう。もしそうするつもりならば、今までに数えきれないくらいの機会があったでしょうから」
俺も最初は水に毒でも入っているんじゃないかと思っていたのだが、取り越し苦労だったようだ。
まぁ本当に毒が入っていたとしても、此処に居るほぼ全員が回復魔法を使えるので別段問題はないが。
そんなこんなで、目の前に3体の完全に地面に固定されている案山子と、風でユラユラと絶え間なく動き続ける2体の案山子が的の前に設置された。
風で揺れ動く案山子は嫌な事に、的の目と鼻の先に設置されている。
「さて用意が整っところで訓練再開だ。言うまでもないと思うが案山子は味方、的は敵だ。本当は訓練をサボった罰として、案山子の代わりに此奴等を立たせたかったんだが、流石にそれは拙いとサミュエスに怒られちまったんだよな」
そう言ってデュランドルさんは彼方此方で手伝いの為に走り回っている、見習い騎士の5人を指さす。
「当たり前です! 普段から馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、本当の大馬鹿だったようですね」
「おい、サミュエス。それは流石に言い過ぎじゃねえか?」
この2人のやり取りもある意味、名物となりかけているが。上司に対する不敬罪には当てはまらないんだろうか?
「おいおい、何時まで笑ってんだ。さっさと訓練を始めて第四段階をクリアしてくれよ。俺は次の第五段階を楽しみにしてるんだからよ」
「わ、分かりました」
俺はそう言って訓練を開始するも……。
一発目、一番手前の案山子(味方)に直撃。身体の部位に例えると首元。
二発目、一発目の案山子の頭部に直撃。確実に致命傷
三発目、動かない案山子を躱して的付近に入り込んだものの、風でユラユラと動く案山子に直撃。
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十発目、なんとか的に命中したものの、全ての案山子に僅かに掠って行った為『味方を巻き込んでどうする!』と思いっきり怒られた。
七発目の時にも地表を這って案山子を避けつつ攻撃するのではなく、一度天高く打ち上げて的に向かって隕石のように落下させたらどうなるかと実験したのだが、その時にも屋根があったり、木の枝が垂れ下がったりして使いどころが難しいとの事で却下された。
そんな事をしているうちに日が暮れて今日の訓練は此れまでとなった。
「クロウ、ちょっと良いか?」
他の騎士隊員とともに訓練所の後片付けをしていると、忍び足でこそこそと歩いてきたデュランドルさんに話しかけられた。
「えっと、何でしょう?」
「今日で5日が過ぎたわけだが、自分から見て手応えはどんな具合だ?」
「初日にも言いましたが、魔法関係で誰かに学ぶというのは此れが初めてなので何となく新鮮な気持ちです。残り5日で何処まで行けるか分かりませんが、一刻も早く第五段階もモノにしたいです」
「そうか。頑張ってくれ。それと今やっている第四段階だが、此れは魔力譲渡でも可能だ」
デュランドルさんは最後に『言っている意味が分かるな?』という一言を残して、箒を持ったサミュエスさんに追いかけられるながら城の方へと走って行った。
属性をもたない魔力譲渡の業であれば室内でも練習可能か。
これは帰って宿屋で練習しろと言っているのかな?
そうして他の魔法騎士と喋りながら訓練所の後片付けは終了し、騎士に見送られながら城を後にしようとしたところで、同じように騎士に連れられて入口付近にやってきたイディアと久しぶりに顔を合わせ、宿までの道すがら話をしだした。
「あ、久しぶり。訓練はどんな感じなの?」
「う~ん、何と言って良いか。1つだけ言えるとしたら予想も出来なかったくらいに複雑な訓練だね。そういうイディアの方は?」
「私の方は来る日も来る日も的当ての練習。今日までに1000本は確実に射ったと思うわ。それに正確さも求められるから、ただ射るだけじゃ怒られちゃうし」
弓隊の方も似たかよったかという事か。
「ねぇ、そっちにも変なの居た?」
「いや、一律に変なのと言われても意味が分らないんだけど」
「あっゴメン。弓騎士隊の中に何人か『貴族だから』『平民だから』って言ってくるのが居たんだけど、そっちは如何なのかなって」
「そう言う意味でなら確かに居たよ。初日に行き成り愚民呼ばわりされて『小間使いになれ』『奴隷になれ』って言われた。後から入ってきた隊長さんに怒られて出てったけど」
「そう、そっちも大変だったのね。こっちにも貴族だ冒険者だって散々馬鹿にした挙句に的に矢が当たらないのを道具の所為にして喚き散らしているのがいたわ。ほんと貴族って、くだらない人ばっかり」
その後もイディアの愚痴を延々と宿に到着してからも聞き続けた俺は、適当に相槌を打ちながら『疲れてるから』と言い残して自身の部屋に逃げ込むと、デュランドルさんが言っていた魔力譲渡のやり方で2時間程訓練した後、眠りについた。