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第69話 神子

訓練3日目の午前中の訓練を終えた俺は魔法騎士隊の訓練場を後にして城の食堂で昼食を摂り終えると、宰相であるクレイグ様の命で迎えに来たという近衛騎士に連れられてクレイグ様の執務室へと足を進めた。


「失礼します。魔術師クロウ殿を御連れ致しました」

「中へ通しなさい。君は部屋の前で待機し、何人たりとも取り次がぬよう警備についてください」

「了解いたしました! ではクロウ殿、中へとお進みください」


俺は一冒険者であるのも拘らず、まるで貴族のお偉いさんになったかのような近衛騎士の対応に違和感を覚えながら、執務室内へと足を踏み入れるのだった。


執務室に足を踏み入れて最初に目に飛び込んできたのは、クレイグ様が魔力を使って深緑のカードへと何やら紋様の様な物を掘り込んでいる姿だった。


「魔法訓練に励んでいるところ、申し訳ない」

「いえ、それで俺に話とは?」

『此処からは訳あって、エルフ言語で話す事を了承して頂きたい』

『分かりました』


俺が了承した返事を返すと次の瞬間、クレイグ様は椅子に座った状態から床に両膝、両掌、両手、額をついて、まるで土下座をするかのような格好で俺へと頭を下げた。


『ちょ、ちょっと何をしているんですか!?』

『神子様、お忙しいところを御足労頂きまして誠にありがとうございます。本来なら私の方から出向かねばならない所なのですが何処に耳があるか分からぬため、この部屋にお呼び立て致しました』

『なんで俺なんかに其処まで畏まる必要があるんですか? それに神子様って一体何のことですか』


俺は未だに床で土下座しているクレイグ様に急ぎ足で駆け寄ると、そのまま元の通り椅子へと腰かけて貰った。自分よりも身分が上の存在に土下座されながらの話というのは正直言ってやり辛い。


『神子様というのは貴方様のように、創世の頃より世界に生き続けている精霊様と契約された存在の事を指します。エルフの民から言えば、精霊様は神と同様に崇めるべき存在。其の神と契約している貴方様は神の子という形で神子様とお呼びするのです』

『俺はたまたま、運よく精霊と契約しただけなので其処まで敬われる存在ではないです。従って俺の事は今まで通り、クロウと呼んで頂けませんか?』

『しかし……それでは、あまりにも』

『お願いします。それに俺自身は何の変哲もない、一冒険者に過ぎないので』

『ではせめて二人きりの時のみ、クロウ様と呼ばせて頂きたく』


この分だと此れ以上、引いてくれ無さそうだな。ま、しょうがないか。


『ハァ分かりました。もう其れで良いです』

『ありがとうございます!』

『ところで話があるという事でしたが、それはやっぱり俺と契約している精霊に関係する事ですか?』

『それもありますが……いえ、まずは一つ一つ消化していきましょうか』


クレイグ様は其処で一先ず言葉を置いてから、椅子へと座り直した。

因みに俺に与えられた椅子は先ほどクレイグ様が座っていた豪華なアンティーク椅子の方だった。


『じゃあ、まず俺から説明を。最初に言っておくと、現エルフ族のクレイグさんに対してクォーターエルフを名乗ってしまい、誠に申し訳ありませんでした』


此処で俺は『クレイグ様』ではなく『クレイグさん』と言ったのは、当の本人から待ったが掛かったからだった。


本人曰く『神子様から様付けで呼ばれるとは、なんて恐れ多い』と、まるで時代物の芝居を見ているようなやり取りをされたからだった。


『最初に精霊と契約している事を話せれば良かったのですが、精霊の存在自体が伝説級の代物ですから。それに実際に同化した姿を見せないと納得してくれないどころか、下手をしたら神子様の名を語る愚か者として処罰を受けても可笑しくはないですからね』

『それは確かに無かったとは言えません。先日訓練所の個室にて『精霊と契約』という言葉を聞いた時には、頭に血が上る思いでしたから』


此れを聞いて本当に言わなくてよかったと感じさせられた。


《それにしてもエスト達は、精霊と契約して神子様と呼ばれる様になるなんて知ってたか?》

《確かに今まで契約した方の中には、実際にエルフに『神子』と呼ばれる方は数多くいらっしゃいました。1000年前の契約者であった方は人間以外の種族を見下していましたから、あの方を『神子』と呼ぶ方はいらっしゃいませんでしたね》

『あのクロウ様? 何か御気分を害されましたでしょうか?』

『あ、いや契約している精霊と心の中で会話していただけです。古い歴史の中で俺以外に『神子』と呼ばれる契約者がいたかどうかという事を』


そしてエストから、今より1000年前の契約者は人間以外の種族を見下していたが為に『神子』と呼ばれていなかったという事を話した。


『そうでしたか……崇めるべき方に敵対されていたというのは、何とも悲しげなものです』

『先日はエルフ族が風精霊を神として崇めると言ってましたけど、他の種族は如何なんですか?』

『そうですね。風の精霊様はクロウ様が仰っていた通り、我がエルフ族が。水の精霊様は滅多に人前には姿を現さない水棲族が。火の精霊様は竜人族。土の精霊様はドワーフ族が崇めています。ですが精霊様と契約された方は皆一様に『神子様』とお呼びします』


で、その各種族は今何処に居るのかと聞いたところ、空を飛びでもしない限り絶対に行きつくことが出来ないとされている場所に4種族全てが住んでいるという事らしい。


『基本的に私達は人族と友好を持つべきと考えているのですが、反対に人族、特に帝国に住んでいる人族は私達を排除すべき敵、もしくは研究対象と見ているので居場所が特定されると何をされるか……』


確かに城の地下にいるエルフは帝国で酷い目に遭わされたんだもんな。

って、そういえば彼はその後どうなったんだろ?


『そういえば地下に居るエルフ……エルヴェは今如何していますか?』

『彼は今から10日ほど前に永遠の眠りに就かれました。別段苦しまれることなく、静かに。御遺体はエルフ族の掟に従いて御遺体に魔力封じを施したうえで城の地下深くにある王族の墓所へ、陛下と私の立会いの下で静かに埋葬されました』


聞いてはならないことを聞いてしまい、何とも遣る瀬無い思いだ。


『と暗い話は此処までです。次の話題に移りましょう』


誰よりも悲しんでいるのは、ずっと世話をしてきたクレイグさんの方だろうに……。

一瞬ではあったが、彼の事を思いだしていたのか、目尻に光るモノが見えた。直ぐに服の袖で拭っていたようだが。


『クロウ様にお話ししたい事がもう一つ御座います。それは最近、城の中、街の中に於いて、何やらキナ臭い事が起ころうとしているようなのです』

『キナ臭いこと?』

『現に街の各所に放っていた私の手の者が、何者かによって次々と始末されているようなのです』

『街の外壁には魔物避けの結界が張られているんじゃ無かったんですか?』

『私もそれを心配して魔力結界炉の調査に出かけたのですが、何処にも綻びは見当たらなかったのです。結界が発動するのは魔物に対してのみ。さすれば結果として、人間がこの件に絡んでいるものと考えられます。或いは結界を通らずに何らかの方法で直接街の中に入ったとしか考えられません』

『そんな裏ワザみたいな方法があるんですか?』

『私が知ってる限りでは、そのような方法など有り得ない筈なのですが』


俺に対して反感を持つ者といえば真っ先に思いつくのがゲイザムなんだけど、証拠もなしに犯人と決め付けるのは逆に俺の首を絞める事になってしまいそうだから慎重にならないとな。


そんなこんなで日が沈み、俺が此処に居る刻限が来てしまった。

そろそろお暇しようとしていたところで最後にクレイグさんから緑色のカードの様な物を手渡された。


カードの表面には見た事も無い複雑な文様が描かれており、裏面には俺の名前とクレイグさんの名前がエルフ言語で彫られていた。彫られた文字の辺りからは微かに魔力も感じられる。


『これは?』

『エルフの聖域に於いて、私の身分とクロウ様の存在を示すための物です。使わずに越したことはないと思うのですが……これから先、もし必要とあらばドラグノアの地より遥か北方に位置する亜人達が住まう『聖域』へ行き、森の門番にこのカードをお見せください。さすればエルフの民を始めとする亜人達は全て神子様の御力になってくれることでしょう』


クレイグさんは最後にくれぐれもお気をつけてと言いながら深々と頭を下げて、俺を部屋の外へと見送った。


キナ臭い事に、結界を通り抜けた悪しき存在、更にナリを潜めているゲイザムの存在か。


少なくとも周りに居る貴族出身の騎士から見て、俺達冒険者があまり良い印象を受けてない事は確かだな。

食堂で食事を摂っている時に感じる、見下されている様な視線は特に。



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