第66話 精霊と契約せし者
魔力検査、及び魔力値測定で異常な数値をたたき出してしまった俺は、クレイグ様に魔力に対する説明を求められていた。
最初クレイグ様に出会った時にはエルフの血を始めとする多種族の血を引いている為と説明したのだが、純粋なるエルフを騙しとおすことは出来なかった。
そして内に宿す精霊に相談した結果、クレイグ様に会った日より遡った日に精霊と契約した事を話したのだった。
『俄かには信じられぬ話だ。いや、クロウ殿の表情を見る限りでは嘘をついているとは思えないが』
確かに精霊なんてお伽噺やフィクションの本の中でしか知る由のない存在だからな。
『流石に精霊と契約したと言っても、そう簡単に信用できませんよね。それじゃこれが最後の説明となりますが、その前に一つだけ確認を。クレイグ様たちエルフ族が住んでいる森は精霊の森と呼ばれ、風の精霊の恩恵を受けている。この事に間違いはありませんか?』
『どうしてその事を人間族であるクロウ殿が知っているのです? 確かに仰られる通り、精霊の森は風の精霊が住まうとされている大樹、世界樹ユグドラシルに守られて外敵や悪しき者が近づく事は出来なくなっていますが』
『その風の精霊ですが、既に契約を済ませて俺の身体の中に居ますよ。此れから証拠を見せますので待っていてください』
『えっ? 一体、何を言って……』
俺は其れだけをクレイグ様にいうと目を瞑り、身体の中に居る風の精霊フィーへと言葉を繋いだ。
《すまない。記念すべき最初の同化がこんな事になってしまって》
《いえ、気に為さらないでください。理由がどうであれ、マスターの役に立てるのですから》
《それはそうと同化ってどうすれば良いんだ?》
《まずは心の中で同化する精霊の属性魔法を使用するように魔力を集めてください。次に心の中に居る精霊と身体を重ねる様にイメージしてください》
今同化しようとしているのは風の精霊だから【ウィンド】を使うようなイメージで、そしてフィーと身体を重ねる……ハグするようなイメージで良いのかな?
《マ、マスター!?》
なんか身体の中でフィーが慌てふためいているような気もするが、これで良いのかと思った次の瞬間。
『おおおぉぉーーーー!! 此れぞまさしく!』
突然、何やら大興奮しているクレイグ様の声を聴いた俺は瞑っていた目を開けると、今の今までトラウマだった銀髪は鮮やかな緑色へと変化しており、更に窓もなく密閉された部屋の中であるにも拘らず何処か心地いい風を身に纏っていた。
此処には鏡のように反射する物が無いので、目の色がどうなっているのかまでは把握できなかった。
《ご安心を変化したのは髪の色だけで、目の色はそのままです》
《ありがとう。少し不安だったんだ》
エストに心の中で御礼を言ってから改めてクレイグ様を見ると、何時の間にやら床で俺に対して土下座していた。
しかも両膝、両掌、両肘を床に付けた状態で、更に額をも地面につけていた。
『ちょ、ちょっとクレイグ様、何をしているんですか!?』
『此れまでの無礼を何とお詫びして良いか……』
『顔を上げてくださいよ! 国の宰相様が一冒険者の俺に対して土下座しているなんて、周りが見たらなんと思われるか』
と言ってもクレイグ様が頭を下げているのは、俺の中に居るエストやフィーに対してなんだろうけど。
そう考えていると、同化しているフィーより念話が届いた。
《マスターそれは違います。確かにエルフ族は風の精霊である私に対し祈りをささげ敬う、神と同一視する存在ではありますが、それ以上に精霊と同化できるマスターのような存在を神子として崇めているんです》
《じゃあ、クレイグ様のこの行動はやっぱり……》
《間違いなくマスターに対してですね》
フィーと念話している間にもクレイグ様は決して頭をあげようとはせず、只管平伏している。
『そのままでは話が出来ないので、どうか頭を上げてくれませんか?』
『神子様、私の事を許して頂けるのですか。なんと慈悲深い』
『駄目だこりゃ』
如何すればクレイグ様が分かってくれるのか考えていると、不意に閂を掛けた扉が外側からドンドンと叩かれた。
「おい、2人とも! 中で何をしているんだ。俺も混ぜやがれ」
「た、隊長、中にはクレイグ様がいらっしゃるのですよ? あまり失礼な事は」
「じゃあ、お前は此れだけの魔力量を感じて平然としていられるっていうのかよ」
「た、確かに異常だとは思いますが……」
どうやら魔力検査結果に於いて、半ば意識が飛んでいたデュランドルさんが完全に目を醒ましてしまったようだ。
風精霊と同化して髪が緑色に変化した俺と、今だ床で平伏しているクレイグ様、このまま力任せに扉を抉じ開けられようものなら一言二言で説明がつかない状況だ。
そう考えた俺は即座に精霊との同化を解除して、元の銀髪へと戻ると平伏しているクレイグ様の隣で膝を落し、立ち上がるよう促した。
『クレイグ様、こんなところを何も知らない第三者に見られるのは非常に拙いです。立ち上がって椅子に座り、普通に会話しているように姿勢を整えてください』
『神子様……承知致しました。ですが、後程お時間を頂きたく』
『そんな物、後で幾らでも用意しますので、今は』
と言ったところで扉が外側から破られた。
室内には壊れた扉の残骸である木片とともにショルダータックルのような姿勢のデュランドルさんが飛び込んでくる。
「おいおい、幾ら魔法騎士団の施設とはいえ流石に乱暴ではないか?」
この頃には既に俺とクレイグ様は向かい合うように椅子に座り、飛び込んできたデュランドルさんを冷ややかな目で見ているという描写が出来上がっていた。
「デュランドルさん、大丈夫ですか?」
「た~い~ちょ~う、何をしているんですか。まったくもう」
副隊長であるサミュエスさんも腰に両手をあてながら、呆れ顔で床に倒れこんでいるデュランドルさんを見下ろしている。
「そんなこたぁどうでも良いんだよ。俺は・此処で・何をしていたのかと聞いているんだ」
「何をって水晶玉で測りきれなかったクロウ殿の魔力を、儂が身を持って測っていたところだが?」
「こんな部屋の中でするような事か? それにさっきの魔力の奔流はどう説明する」
「クロウ殿の得意属性がハッキリしなかったものでな。実際に魔法を使ってもらって判断していたのだよ。まさか此処までのものとは思いもしなかったがな」
「それで結果は?」
「今のところ、風と火属性が極めて高いと思われる」
「よっしゃ! 火なら俺が教えることが出来る」
「なら、風は私ですね。楽しみです」
「え、えっと、よろしくお願いします?」
何故か最後に疑問形になってしまったが、その後は訓練の内容や時間配分を決めて解散となった。
訓練所を出る帰りしな、クレイグ様から『明日の昼にでも御時間を』と小声で話しかけられたが、やっぱり『あの事』だろうな。
そして空が微かに赤くなっている頃に宿屋へと戻った俺は、宿の食堂でイディアやグリュードさんと訓練についての世間話をした後で翌日からの訓練を楽しみにしながら床についたのだった。
一方その頃、勝手な真似をした罰という事で城の周りを走らされている5人の見習い魔法騎士はというと。
「ゼェゼェ……」
「ハァハァ……」
「フゥフゥ……」
「ヒィヒィ……」
「…………」
魔法騎士隊副隊長サミュエスによって与えられた、街の外壁に沿って日没までただ走り続けるという罰を熟していた。
4人は息も絶え絶えに城の裏手にある陰になっている場所で尻餅をつき、残る1人は喋る気力すらないのか死んだように俯せで地面に横になっている。
日没まではまだ数時間あるはずなのだが、5人は所々に立っている見張りの衛兵に僅かばかりの金を与えて、協力者に仕立て上げてサボっていたのだった。
因みに5人が真面目に走ったのは、僅か1周にも満たなかった。
にも拘らず、今にも死にそうな顔をして地面に座り込んでいる男達。
丁度そこへ近衛騎士が身に纏っている青い鎧とは正反対に、全身を血に塗れたかのような赤い鎧を着た4人の騎士を従えた蛙面の男ゲイザムが静かに歩み寄ってきた。
「疲れはてているようだな。大丈夫か?」
「こ、此れはゲイザム卿。御見苦しい醜態を晒してしまい、誠に申し訳ありません」
ゲイザムの姿を目にした5人は姿勢を正そうとしているものの、疲労によって身体がいう事をきかないのか、震える手足で必死に立ち上がろうと四苦八苦している。
「いや良い良い。そのまま休んでおれ」
連れていた4人の騎士のうちの2人は所々に立っている衛兵達から、この場所を目隠しするようにして5人に背を向ける様にして立つと、それが合図だと言わんばかりにゲイザムが動き出した。
ゲイザムは5人のうち、もっとも近い人物の前へと膝を折ってしゃがみ込むと不意に小声で話し出した。
「実はな? お前たちに大事な用事があるのだが、どうか儂の願いを聞き入れてはくれぬだろうか?」
「私達がゲイザム様の御役に立てると!? 我が身で良ければなんなりとお申し付けくださいませ」
「そうか、そう言ってくれると肩の荷が下りるというものだ。では早速で悪いが……死んでくれないか?」
「はっ? 今なんと仰いました? 申し訳ありませんが、今一度お聞かせ願えませんでしょうか」
「貴様等5人全員、今この場で死ねと言ったのだ」
ゲイザムはそう言いながら連れて来ていた、見張り役とは別の赤い鎧を着た残り2人の騎士に合図を出すと、騎士達は無言で腰の剣を引き抜きながら5人へと静かに歩み寄っていく。
「ゲ、ゲイザム卿、何をするのですか!?」
「貴様らの様な落ちこぼれが私の何の役に立てるというのだ? 死して其の身を私とファルズ様に捧げよ!」
5人は今だ体力が戻っていないのか、赤い鎧騎士から逃げようとも身体がいう事をきかず。為す術もなく一人、また一人と悲鳴も上げられないままに喉を剣で突かれ息絶えてゆく。
「ゲイザム卿、助け……」
そして最後の一人もまた、他の誰にも助けを呼べずに首から血を流して物言わぬ躯へと変わってゆく。
「ふん。いらぬ色気を出しおって……だが此れで用意は整った。後は戦争が開始されるのを待つだけだ」
其れから数十分後、サミュエスが5人の様子を見に来ると無表情で息も切らすことなく外周を走っている見習い5人を確認したのだった。
「絶対サボっていると思ったのですが、どうやら珍しく真面目に取り組んでいるようですね。私の取り越し苦労でしたか」
其れだけを確認すると、サミュエスは見張りの衛兵に話しかけた後で来た道を戻って城の中へと入っていった。
これには金に目が眩んで5人から其々、丸銀貨1枚を受け取った衛兵達も怪訝そうな顔をしていた。
地面に僅かにしみ込んだ赤黒い塊と、踏まれて消えかけている『たすけて』という文字に誰も気付くことなく。