第65話 俺の正体?
魔法騎士隊長デュランドルさんと副隊長サミュエスさんとのやり取りから数分後、訓練場にある周囲を窓が無い壁に囲まれている小部屋へと移動した俺と宰相のクレイグ様、それにサウナにでも入って来たかのように異常なほどの脂汗を掻いているデュランドルさんは部屋の中央に置かれているバスケットボール大ほどの大きさがある2個の水晶球の前に座っていた。
水晶球に手の届く位置に俺が座り、向かって右側にクレイグ様、左側にデュランドルさんが陣取る。
「これよりクロウ殿の魔力検査を執り行う。立会人としてクレイグ殿、お願い致します」
「承知した」
「ではクロウ殿、水晶球に手を」
「その前にちょっと宜しいでしょうか?」
厳かな雰囲気を壊すようで何なのだが、俺は少し言いたいことがあって場を中断させた。
「適性検査の事に関してならば気にしなくていい。ただ魔力の属性と魔力値を量るだけなのだからな」
「それもあるのですが、デュランドルさんは先程から自分を呼ぶときに『クロウ殿』と敬称を付けて呼んでますが俺はそんなに偉い立場でも、ましてや貴族でもないので如何か呼び捨てにしてください」
俺がそう言った直後、場は沈黙してしまった。
言ってしまってから『たかがそんな事で中断したのか!』と怒鳴られてしまうんじゃないかと身を縮めていたのだが、予想に反して沈黙を破ったのはデュランドルさんの笑い声だった。
「ワハハハハッ! いや失礼、前にクレイグ殿に聞いていた通りの人物だったのでな。正直笑ってしまった」
「これ、デュランドル。それは儂とクロウ殿に対して、あまりにも失礼ではないか?」
「えっと、これはどういう事なのでしょう?」
此れまでの緊張した趣から一転して、何処か和やかなる雰囲気になった事に戸惑っていると、不意に笑い転げていたデュランドルさんが真面目な顔をして声を発した。
「いや、済まなかった。クロウ殿……いや、敢えてクロウと呼ぼうか。比べられたら迷惑だと思うが件の馬鹿5人の様に、ただ単に人より多く魔力を持っていると言うだけで天狗になっている奴等が多いからな。安心した」
その後も3人で和やかに笑いあった後、漸く当初の魔力検査と相成った。
というか中断させたのは俺なんだが……。
「では改めて魔力検査だが、最初は得意な属性を確認する」
そう言ってデュランドルさんが、俺から向かって左側の水晶球に手を触れると先に赤く強く輝いたかと思うと次に黄色に光り、最後に微かに白く光って水晶球は元の何の変哲もない透明な球へと戻った。
「今の発光色から俺の得意属性魔法は火、次に雷、最後の白は回復魔法を現している。次に」
その次に右側の水晶球に手を乗せると水晶球の下半分が速いスピードで黒くなった。
「右側にある水晶球は魔力値を測るための物だ。水晶球の色が変わる速度、何処まで色が変わったかによって其の値が分る。この場合の俺の魔力は5000強……といっても数字じゃ分かり辛いか」
「そうだな、丸々5日間を休憩も食事も摂らずに魔法を使い続ける事が出来るほどの魔力量だな」
幾らなんでも魔力切れ以前に疲労感でぶっ倒れそうな気がする。
「さすがに俺も其処までする気はないがな。さてそれではクロウの魔力を見てみる事にするか」
そう言って俺に左側の水晶に手を乗せる様に促してくる。
「なんかこういう事したことないからドキドキしてきた……」
そっと手を乗せると、ある程度は予想していたが部屋全体が眼が眩むような光で赤、青、黄、緑、水という全属性の色と回復魔法の白が輝いた事で、改めて俺は反則的な力の持ち主だと痛感させられた。
此れには最初ニコニコと笑っていたクレイグ様とデュランドルさんも目を点にして黙り込んでしまっていた。
2人が黙ってしまって10分近くが経過したところでやっと意識が戻ってきたのか、大きなため息とともに第一声を発した。
「……まさか、此れほどのものとは考えもせなんだ」
「ますます冒険者としておくには惜しい、いや惜しすぎる存在だ。どうだ? 今からでも魔法騎士にならぬか? 此れなら見習いを通り越して、今すぐにでも魔法騎士として迎える事が出来る」
「それは考えさせてください。それじゃ次は右側の魔力値を量る水晶球ですね」
自分的には左側の水晶球よりも、右側の水晶球の方が怖かった。
この世界に来る時に最大限にまで増やされた魔力値が果たして水晶球で測り切れるかどうか。
が、ある意味予想通りとなり、右側の水晶球は指先がわずかに触れた瞬間、1秒かからずに一瞬で真っ黒になったかと思うと、すぐに破裂して欠片も残さないほどに粉々に砕け散った。
2人も幾らなんでも此れはないだろうという事で水晶球が不良品だという事にして新品状態の水晶球を持ち出してきて再度測ったのだが、これもまた先程と同様の結果となってしまった。
この結果には流石のクレイグ様も膝に頬杖をついたまま、時折俺に視線を合わせてまた唸るという事を何度も繰り返している。
時々小声で『仮に多種族の血が混じっていたとしても此れは……』と無意識にかエルフ語で呟いている。
デュランドルさんに至っては完全に先ほど違って、魂そのものが抜けかけているといっても過言ではないほどに真っ白になっている。
もしかしてこの水晶球って自分が思っているよりも高価な物だとか?
俺の全財産は676,000G
銀貨にすると角銀貨6枚と丸銀貨が7枚に角銅貨6枚
弁償できるかどうか……。
俺がどうでもいいことを考えていると不意にクレイグ様が立ち上がり個室を後にすると、直ぐに2人の魔法騎士を連れて戻ってきた。
何をするのかと思いきや、2人が両側からデュランドルさんの脇を支えるようにして小部屋から外に連れ出すと、2人の魔法騎士に対して誰も此処に近づかない様にと言付けると念のためにと中から扉に閂を嵌めて出る事も入る事も出来なくした。
「クレイグ様!? 一体何を」
こうして粉状となった水晶球が足元に散らばったままの小部屋に俺とクレイグ様だけが残される。
『これで邪魔者はいなくなった。安心して会話できます』
クレイグ様は何故か本来の種族であるエルフの言葉で俺に問いかけてくる。
『さてクロウ殿、貴方は一体何者なんですか?』
『えっ? 前にも説明したと思いますが』
『多種族の血を引いているという話ですか? 今日のこの結果を見た後では其れだけでは説明できません。それに四分の一、八分の一でもエルフの血を引いていれば耳の形が人間のままでは居られません。一般的にエルフ族以外には知られてない事なので、私以外なら納得したかもしれませんが』
それじゃあ、最初の説明の時から俺の事を疑っていたと?
まてよ? これはクレイグ様のツリかもしれない。此処は何より物知りな存在に聞くしか。
という事で精霊に聞いてみる事にした。
《エスト、聞きたいことがるんだけど》
《先程仰られていた事に関してならば、その通りであるという事しか申し上げられません》
《じゃあ、クレイグ様が言っているように何代重ねたとしても耳は人間の物とは違ってくる?》
《はい。マスターの言葉を借りるとするならばハーフ(二分の一)、クウォーター(四分の一)、ワンエイス(八分の一)、ワンシクスティーンス(十六分の一)エルフになったとしても耳の形は変わります。更にいうと人間とエルフ間で子を為すことは大変確率が高く、マスターの言うようにクウォーターエルフとして生まれてくる確率は其れこそ限りなくゼロに近いという事になります。更に申し上げますと、混血エルフになると人間の身体にエルフの魔力は合わないのか、生まれて5年ほどで90%以上の確率で命を落とします》
じゃあクレイグ様の言っている事は本当という事になるのか。
何も知らない人間相手ならまだ口八丁手八丁で言いくるめられたかもしれないけど、他の誰よりもこの事に詳しい純粋なるエルフ族のクレイグ様には本当の事以外をいう他、説明することが出来ない。
当のクレイグ様も目を瞑り、無言で座っている俺に対して何も言って来ようともしていないが、それがかえって俺が針のむしろに座っているかのようにプレッシャーを与えてくる。
《一つ案があるのですが、かなり前に私達精霊と契約したという事にでもすれば納得させられるのではないでしょうか?》
《でも本人を前にして言うのも何だけど、精霊の存在自体も伝説級の代物だろ? そう簡単に信じて貰えるとは思えないけどな》
《ですが現に無の精霊である私と同化する事によってマスターの魔力は飛躍的に増加しますし、彼等エルフ族や亜人種が住んでいる森は『精霊の森』と呼ばれ、四大精霊の恩恵を何処よりも多く受けています。もしそれでもあの方が納得できないと言うのであれば、此処でマスターが風の精霊と同化する事で風の精霊の言葉を伝えれば信用すると思いますが》
《そうだな……もうそれしかないか。やるだけやってみるよ》
『クレイグ様、長らくお待たせして申し訳ありませんでした。そして先に騙していた事を謝罪します。申し訳ありませんでした』
俺が一息にそれだけを言うとクレイグ様は何も口にすることはなく黙って首を縦に振った。
『これから話す事は嘘偽りのない本当の事です。俄かには信じられないか事とは思いますが、最後まで聞いてください。では始めます』
そう言って俺は静かに語りだした。
嘘偽り無きと言っておきながら半分は嘘なのだが、其処は大目に見てほしいところだ。