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第4話 魔の森の瘴気

2日前に左手首が腱鞘炎になってしまいました。


利き腕じゃないだけ、まだマシですが…………片手だけだとキーボードを打つのが凄く不便です。

魔の森の外にあるという森の集落に足を進めながら俺は目の前の女性に色々と聞いてみることにした。


今現在で判明した事といえば、彼女が森の集落の『守り人』と言われる存在であることと、お互いに自己紹介をして女性の名前がリオーネだと分かった事ぐらいだった。


「『魔の森』というのは今から400年ほど前に、とある魔術師が森の中で何らかの実験をした際に生まれたと言われています。私の曾祖母から昔話のように聞かされた内容では、元は『賢者の聖域』と言われていて、貴重な薬草が採れていた綺麗な場所らしいのですが」

「その魔の森は元に戻すことは出来ないんですか?」

「過去に数多の魔術師達が森に放たれた術を解こうとして森の中に入っていったのですが、誰一人として生きて戻ってきた方はいらっしゃいません」

「でもリオーネさんと俺が此処に居るという事は、無事に森から出られたという事なんですよね?」

「魔の森は夜の時間から朝霧が出ている時間までは無害なんです。私達守り人はその時間に森へと入り、森に異常がないか調べるのが仕事なんです。それと私の事は呼び捨てで結構ですよ」


それで『間に合わなくなる』と言ったのか。

歩き出してから30分近くが経過したところで、高床式住居の建物が川の向こうに見えてきた。


リオーネは手で何らかの合図を集落の入口にある見張り台に立っている門番の男に送ると、何本もの丸太を組んで作られた跳ね橋がゆっくりと降りてきた。


「私は一足先に大婆おおばば様へと事の次第を説明して来ますので、ここで失礼します。集落から出なければ何をしていても構わないので、私が呼ぶまで見学でもしていてください」


リオーネと俺が、降ろされた跳ね橋を渡って集落に入った途端、何事もなかったかのように跳ね橋があげられる。


どうやら集落の入口ともいえる場所は此処だけのようで、他は集落を覆うようにして高い木の杭で覆われていた。

集落に住む人たちは皆同じような布の服に身を包んで畑を耕していたり、牛と豚を足して2で割った様な何とも言えない動物を世話したりと、まるで弥生時代にでもタイムスリップしたかのような風景が広がっていた。


「集落の住民はみんな布の服だけど、リオーネや門番の服装は皮の鎧みたいだったな。民と守り人の違いということなんだろうか? それにしても、森で目が覚めた時から何故か身体が重く感じるな。風邪でも引いたのかな?」


身体に感じられる不具合を気にしながらも、リオーネが言ったように集落の見学をしていると、不意に後ろから声を掛けられた。


「クロウさん、お待たせしました。準備が整ったので此方に来ていただけますか?」


準備って、俺は一体何をやらされるんだ?


そうしてリオーネの案内の元、集落の一番奥にある一際大きい建物の前へと連れてこられた。

建物の前では老婆が深い鍋で葉っぱや虫、草の根の様な物を次々と鍋の中に放り込みながら、グツグツと何かを煮込んでいる。

あまりこういう事は言いたくはないが、老婆の今の様子から見るとまさに『魔女』と言ってしまいそうな感じだ。



「大婆様、件の者を連れてまいりました」


俺を此処まで案内してきたリオーネがそういうや否や、鍋を木の棒でかき回していた老婆が顔をあげて射貫かれそうな鋭い視線で俺を睨み付けてくる。


「なるほど。リオーネの言った通りみたいだねぇ」

「えっと、何の事を言っているのか分からないのですが?」

「しかも本人がソレに気が付いていないとは…………余程、精神力が高いと見える」


大婆様と呼ばれた老婆は其れだけを言うと再び鍋へと視線を移し、蜥蜴の干物や何かの葉っぱなどを鍋に入れてかき回し始めた。


「っと、これで完成だ。さぁ飲みなさい」


老婆はそう言うと木の器で鍋の中の謎の液体を掬うと俺に飲むように言ってくる。

手渡された木の器に入っている液体を見ると、其処には赤茶色に染まった形容しがたい匂いの汁があった。


それ以前に蜥蜴の干物が入ったスープっていうのに凄く抵抗があるんだけど。もしかして異世界じゃ此れが普通なんだろうか?


「大丈夫じゃ、毒ではない。見た目の悪さだけは、何ともならないのじゃがの」


それでも俺が躊躇していると、俺を此処まで案内してきたリオーネが別の器を手に取って鍋の中身を掬うと、一気にソレを飲み干して見せた。


「このとおり、味と見た目に難はありますが毒ではありませんから大丈夫ですよ」


リオーネが目の前で飲み干した事を見て意を決して、眼を瞑り鼻をつまんで視覚と臭覚、味覚を絶って謎の不気味な液体を一気に胃へと流し込んだ。


「これで良いの…………ガァァァァ!?」


謎の液体をすべて飲み干し、空になった木の器を老婆に手渡そうとした途端、身体がまるでバラバラになるかのような激痛に苛まれた。


やっぱりあれは毒だったのかと思い、俺が飲む前に謎の液体を飲んだリオーネを見てみるも、彼女は何事もなかったかのようにケロッとしていた。


「此処まで苦しんでいる様子からして、余程強い瘴気を身体に受けたものと見える」

「聞いたところによれば魔の森で一晩過ごしたとの事でしたので、その時に瘴気を受けたんですね」

「しょ……う……き?」

「ほう? まだ喋るだけの余力があるとは驚きじゃのぉ。儂も150年生きてきて、此れほどの者に逢うのは初めてじゃ」


150年って、目の前の老婆こそ本当に人間か? 実は魔物に化かされてるとかじゃないだろうな。

かなり失礼な事を考えていると、老婆の横で俺に視線を這わせているリオーネが淡々と話し始めた。


「瘴気とは魔の森に蔓延っている呪いのような物です。私達守り人に限らず、魔の森に足を踏み入れたものは少なからず瘴気に侵されます。その瘴気を身体の外に出すために、大婆様が作られる薬湯を飲む必要があるんです」

「リオーネに感謝するが良いぞ。もし仮にリオーネに会わなんだら、オヌシの身体は次第に石のように動かなくなり、終いには死を待つだけの生きた死人と成り果てて居ったのじゃからのぉ」


この苦しむ元となった薬湯を作った老婆がそう口にした次の瞬間、止めとばかりに俺の身体は体験した事のない激痛に襲われた。


「ウグゥゥゥゥ…………!」


あまりにも尋常ではない苦しみ方に、リオーネも心配そうに顔を覗かせている。


そして俺が記憶しているのは此処までで、次に気が付いた時には何処かの室内にある茣蓙ござの上だった。


「あ、気が付かれましたね。体調は如何ですか?」


目を醒ますと、枕元にはリオーネが静かに佇んでいた。


「俺は如何して此処に? 確か不気味な薬湯とやらを飲んで苦しくなったとこまでは覚えているんだけど」

「はい。クロウさんが気を失った後、身体から抜け出た瘴気を大婆様が完全に祓いましたので、もう心配はいりません」

「そうか、何から何まで済まない。感謝しても感謝しきれないな」


俺は身を起こして頭を下げようとしたが、リオーネがそれを制した。


「まだ無理はしないでください。これを飲んで、もう暫く休んでいてください」


リオーネがそういって俺に手渡してきたのは、木をくり貫いて作られたコップに淹れられた毒々しい濃緑のとろみがある液体だった。


「これはまさか…………」

「大婆様特製の薬湯です。疲労回復の効果もありますので、グッスリ寝られますよ」


赤茶色の薬湯を飲んで激痛とともに気を失って、今また濃緑の薬湯か。

なんか延々と罰ゲームを喰らっている感じがしてきたけど、リオーネの表情を見ている限りではこれが普通なんだろうな。


よくよく考えてみれば、この世界に来てから薬湯しか飲んでいないな。

俺は薬湯をリオーネから受け取ると一気に飲み込んで、再び床についた。


最後に濃緑の薬湯もまた、赤茶色の薬湯に負けず劣らず酷い味だったと書き記しておこう。


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