第64話 魔法騎士隊長デュランドル
戦争にあたって魔法騎士隊とともに訓練することになった俺だったが、最初の挨拶の段階から、もめにもめていた。
彼等曰く、貴族に対して挨拶は土下座が当然として強要してきたのだった。
俺が其れを『非人道的だ』と貶すと、5人の魔法騎士全員が掌に【ファイア】を浮かべて脅して来た。
その気になれば力でどうとでもなる存在なのだが、此処で俺が手を出すことが後々どういう事態を引き起こすのか其れが一番の心配事だった。
「さて、どうする? 此処で二目と見られない顔になるか」
「それとも泣いて跪いて俺達の奴隷になる事を認めるか」
何時の間にやら存在が『奴隷』に成り代わっているが、どちらにしても俺は土下座する気はない。
そう考えている間にも男たちは【ファイア】を持ってジリジリと俺に近づいてくる。
にしても俺があれだけ練習しても中々使えなかった、掌の上に魔法を固定するという方法をこんな腐った奴らが軽々と熟しているのは実に腹が立ってくる。
あの古代遺跡に行くまでは何とか奇跡的に使えたのだが、精霊と契約してからは何故か使えなくなってしまった。
この事でエストから心の中で何度も謝られてしまったが、俺は精霊の所為ではなく俺の実力不足だという事で時間がある限り、練習するようにしているが其れでも上手くいってなかった。
唯一の逃げ道である部屋の扉は、俺をこの部屋に招き入れた男によって既に封じられている。
俺は致し方ないと思い、扉を塞いでいる男を殴り倒してでも此処から脱出しないとと考えて拳を握りしめると、不意に扉が急に外側から大きく開かれた。
この拍子に扉の前に陣取っていた男は、まるでヘッドスライディングでもしているかのように頭から床に倒れこんだ。
「何をやっておるか、貴様等!!」
扉を大きく開けて部屋の中に入ってきたのは玉座の間で良く目にする宰相のクレイグ様だった。
その脇には俺を此処まで連れてきた騎士ともう1人、部屋の中に居る5人を凄い形相で今にも殴りかかりそうな表情で睨み付けている年配の男性と、その横に控えている一人の女性。
俺を魔法で脅していた5人の魔法騎士は年配の男性が部屋に入ってきた途端、明らかにその顔に怯えの表情が浮かんでいる。
その事態に付いて行けずに壁際に立って事を見ていると、不意にその男性が声を発した。
「俺は貴様らがこの部屋に入る事を許可した覚えはないぞ! 即刻此処から出ていけ、愚か者どもが」
「えっと? この状況は一体何がどうなっているのでしょう?」
独り言のようにボソッと呟いた言葉はクレイグ様によって説明が為された。
「要は此奴等5人は魔法騎士として認められていないにも拘らず、魔法騎士隊の居室で踏ん反り返っていたという訳です。戦争に向けて各種騎士隊隊長を始めとする幹部が会議をしていたのですが、その隙をついての行動だったのでしょう」
「でも彼等は明らかに魔法を行使していたようでしたが?」
「魔法騎士隊という役職には違いありませんが、彼らの場合は魔法騎士隊の後に見習いという言葉が付きます。見習いと言っても魔法は行使できますが、初級魔法5~6発程度の行使で魔力切れを起こすような輩は戦場では何の役にも立ちません」
そう聞かされて5人の魔法騎士『見習い』に目を向けると、此れまでの横暴さが嘘だったかのように大人しくなり青い顔をして、年配の男性の傍に控えていた女性に連れられるまま、部屋の外に出ていく後姿が見受けられた。
「さて、お恥ずかしいところを見せてしまいましたな。ギルド所属の魔術師クロウ殿ですな、改めまして魔法騎士隊を任されているデュランドルと申します」
「此れは御丁寧に。ギルドランクCのクロウです。初めまして」
俺は今度こそ間違わないようにと、目の前の魔法騎士隊隊長に頭を深く下げて挨拶する。土下座して挨拶しろと言われない事を頭の中で祈りながら。
「其処まで固くならずとも良い。俺は奴等、貴族崩れとは違うからな。それにクロウ殿の魔力値は我等魔法騎士隊をも大きく上回ると、クレイグ殿に事前に知らされておりましたから」
そう言ってデュランドルと名乗った年配の男性は、5人が出て行った扉を忌々しそうに睨み付ける。
「それはそうと早速、魔法騎士隊の訓練所へと参ろうか。皆、首を長くしてクロウ殿が来るのを待っていたのでな」
デュランドルさんはそう言いながら俺に付いて来るように言うと、部屋を出て廊下を少し奥に進み『魔法関係者以外立ち入り禁止』と書かれている重い金属製の扉を『ギィーー』と音を立てながら開いて俺を中へと招き入れた。
先の部屋から付いてきていた宰相のクレイグ様も一緒に訓練場へと足を踏み入れる。
俺が訓練場の中へと足を踏み入れると其処はバスケットボールのコートが、ゆうに2面は取れるほどの広さで、中には男女合わせて約100人前後が訓練をしていた。
床に胡坐をかいて座り、宙に浮く水晶に対して手を翳している者。
5人一組となって透明なカプセルのような物の内部で同じく水晶に一人ずつ右手を翳している者。
掌の上に魔法を浮かべたまま眼を瞑り、微動だにしない者など……。
「皆、一旦手を休めて、こっちに集まってくれ」
デュランドルさんが声を発した直後、訓練をしていた人たちが一斉に足並み揃えて目の前に集合した。
普通、此れだけの人数が居れば無駄口を叩く者や、視線が定まらない者がいそうなものなのだが、皆が皆一堂にデュランドルさんから目線を外そうとしていなかった。
「訓練中にすまんな。既に知っている者も居ると思うが、今日から冒険者ギルドと合同で訓練をすることになった。俺の隣に居る者は冒険者にして魔術師でもあるクロウ殿だ。此れより10日間と短い間ではあるが、共に帝国を倒すため訓練に励んでほしい」
デュランドルはそう言うと一歩後ろに下がり、俺に自己紹介するように促してきた。
「先ほど御紹介に預かりましたギルド所属、Cランク冒険者のクロウです。人並みに魔術を扱う事が出来ますが、今までに魔法の師を持ったことがありませんので自分の使っている魔法が正しいのか良く分かりません。なので御手数ではありますが、どうぞ御教授をよろしくお願いいたします」
少し早口でありながらも何とか噛まずに言い切った俺は、最後に頭を下げて挨拶を終わらせた。
「皆、聞いての通りだ。事前に聞いていた話によるとクロウ殿は冒険者にしておくのが惜しいほどの逸材だそうだ。今日は適性検査の為に訓練はさせられないが、明日からよろしく頼むぞ」
デュランドルさんがそう言いきった途端、騎士隊の面々は一人を残して訓練へと戻った。
「隊長、今朝から見習い5人の姿が見当たらないのですが何か御存じありませんでしょうか?」
「そ奴等なら俺の許可も得ずに居室でサボっておったわ。今頃はサミュエスから説教を受けている頃であろうな。アヤツはおっかないからのぉ」
デュランドルさんはそう言ってハハハハと笑っているが、見習いの5人が見当たらないと報告してきた騎士は目を泳がせながら必死に背後を視線で指し示している。
「誰がおっかないのですか、隊長?」
俺とデュランドルさんの間に何時の間にやら、居室で5人を連れて部屋を出て行った女性が眉間に皺を寄せて胸の前で腕を組んだ状態で仁王立ちしていた。
「ぬぉ!? 何処から湧いてでおった」
デュランドルさんは驚いているが、後ろの壁に背を預けていたクレイグ様は如何やら知っていたようで俺達の反応に対して口に手を当てて笑いを堪えている。
というか、訓練場の扉は外から開ける時に音がしたはずなのだが、この女性はどうやって音も立てずに此処にやって来たのだろうか?
「湧いて来たって人をスライムみたいに言わないでください。全く人聞きの悪い」
「丁度いいところに来た。クロウ殿、コレが魔法騎士隊副隊長サミュエスだ。サミュエス、彼は……」
「先ほどの自己紹介は私も聞いていたので、それ以上の説明は要りません。クロウ殿、先程の見習い5名の行い、彼らに代わってお詫びいたします」
「いえ、気にしないでください。自分もデュランドルさん達が入ってくるのがもう少し遅かったら、殴り飛ばしているところでしたから」
見習いとはいえ、陛下に仕えている騎士を殴り飛ばした日には俺に反逆罪がかけられても可笑しくはないだろうからな。
「してサミュエス、奴等は今何処に居る?」
「とりあえず、罰として城の周りを走らせています。途中でサボらない様に見張りの衛兵に時間を測らせていますが、後程様子を見に行ってみようと思います」
「分かった。ではサミュエスは騎士達の訓練を見てやってくれ。俺は此れからクロウ殿の魔法の適性を調べて、此れからの訓練内容を決めねばならんのでな」
「了解しました。あと隊長、後で話がありますので時間をとって貰えますか?」
「お、俺も忙しいのでな。じ、時間が取れるかどうか……」
サミュエスさんは射殺すような視線でデュランドルさんを睨み付け、デュランドルさんは顔中にビッシリと脂汗を掻きながら、俺に『計測があるから向こうの部屋へ』とクレイグ様を伴って移動する。
因みに視線でサミュエスさんの事を教えようとしてくれていた騎士は何時の間にやら姿を消していた。