第62話 ギルドとして
帝国グランジェリドのドラグノアに対する宣戦布告が書かれていた羊皮紙が街中でばら撒かれた日の昼頃、冒険者ギルドに所属する俺達冒険者はギルド長であるジェレミアさんからの招集を受けてギルドへと集まっていた。
俺とイディアがギルドに到着してジェレミアさんがギルドの奥の部屋から姿を現すまでの間に、謎の魔物と呼ばれているレギオンに大怪我を負わされて、復讐する事を誓っている脳筋馬鹿と言い争いに発展してしまった。
誰が何を言っても納得しなかったグリュードさんだったが、ジェレミアさんからの一睨みでまるで借りてきた猫を思わせるかのように、それまでの事が嘘だったかのように大人しくなってしまった。
「さて皆も既に聞き及んでいるかと思うが、今朝街の中でこのような物がばら撒かれた」
そう言うジェレミアさんの手には、宿でイディアから見せられた羊皮紙の束が握られている。
「国に雇われているギルドとしては、当然の事ながらドラグノア側として帝国との戦争に協力するつもりでいる。ただし此れは強制ではない。自身の実力が足りてないと思うのであれば、速やかに此処から立ち去るが良い。因みに本日この時より帝国との戦争が終結するまでの間、ギルドの業務を凍結する事とする」
「1つ質問してもよろしいか?」
ジェレミアさんが言いきった直後、2階から下りてきた男が高々と腕を上げて声を発した。
「1つと言わず、己が納得するまで聞きたい事を聞くがいい」
「では遠慮なく……まずは1つ。我等冒険者の立ち位置を説明して貰いたい。冒険者という立場で帝国の兵に立ち向かっていくのか、将又城の騎士達と協力して戦うのか」
「陛下からの要請では、我々と騎士達が協力して戦地に赴くという形を取りたいのだそうだ。更に開戦予定日となる10日後まで、城の訓練場にて騎士や衛兵を相手にしての訓練を執り行いたいという事らしい」
成る程、このままでは単なる烏合の衆である冒険者達を、騎士が統率して戦うという事か。
「では2つ目だ。此処に居る皆は其々が剣や槍、斧、弓など使用武器は多様だ。戦場に於ける配置は何か考えているのか?」
「それは此れから決める事だと聞いている。まずは其々、得意な武器を使う者達が何人いるか把握する事から始めるのだそうだ。まぁ剣や斧、槍といった直接武器を持つ奴等は最前線に、弓が得意な奴等は後方部隊、魔法が得意なら回復役として支援部隊という風な感じだと思うが」
ジェレミアさんは最後の『魔法』という綴りの所で俺に視線を合わせてきた。
「では此れで最後だ。先日此処を襲って来たという『謎の魔物』について、何か分かった事があれば聞かせてくれ」
『謎の魔物』……古よりの闇の召喚獣にして、今現在最も危険な存在。
城の謁見の間に於いてジェレミアさんや、宰相でありエルフ族でもあるクレイグ様の目の前で、俺が知っている事を全て説明したけど、謁見の間を退出しいた後で何を話し合っていたのか。
「此方側に情報を齎せてくれた者の話によるとアレは古き時代に於いて闇の召喚獣と呼ばれていた、とんでもない存在なのだそうだ。確か名称はレギオンとか言っていたな」
良かった。ジェレミアさんが自分の事を如何話すか心配だったけど誰でもない事にしてくれた。
「その者の話によれば、そのレギオンという魔物は弱点というものが無いばかりか剣や斧などの物理攻撃や特定の魔法以外での攻撃は全くと言って良いほど受け付けないらしい。目の前に出現したとしても決して手を出すな。此れはギルドマスターからの絶対的な命令だと思え!」
レギオンという綴りの辺りからギルド内は冒険者同士の会話でざわつき始めていたのだが、最後のジェレミアさんの命令という一言で一気に場は静まり返った。
「『情報を齎した者』というのが気のなるところだが、そいつは信用できるのか? 其処までの情報を持っているのであれば、帝国の手の者と考えた方が良いのではないか?」
「その者には恩義があるのでな、もし此処に居る者達とその者を秤りに掛けろと言われれば、私は間違いなくその者を選択するだろうな」
「お前に其処までの事を言わせるほどの人物か、俺も会って話をしてみたいものだ」
正確には貴方の斜め後ろに居るんですが……。
「それに私に限らず、陛下にも一目置かれている人物だ。此処まで言っても信じられぬのであれば、行ってレギオンとやらに無残に殺されて来い。他に質問のある者は?」
そう言ってジェレミアさんは周囲を見回すが誰一人として手を挙げる者はいなかった。
「いないようだな。ではお前達にはこれより、帝国との戦争が始まるまでの10日間、城の衛兵等に混じって訓練を執り行ってもらう。尚さっきも言ったと思うが、ギルドは帝国との戦争が終結するまで、その業務を休止する」
ジェレミアさんはこう言うと、俺達に付いて来るように言ってギルドを出て城へと足を向けた。
その間にも口々に文句を言っている冒険者や、ギルドの建物を出た瞬間に街の門に立っている衛兵の静止を振り切って街の外へと逃げる冒険者が多く見られたが、ジェレミアさんは何もいう事はなく、城への道を只管に歩んでいた。
そしてギルドを出発して約5分後、街と城とを繋ぐ吊り橋を渡って城の中へと入った俺達が見たものは訓練所のスペースに5個の机と椅子を並べて待ち構えていた、青い全身鎧を身に纏った5人の近衛騎士の姿だった。
更に冒険者全員が吊り橋を渡って城の中へと入った瞬間、別の青い全身鎧を身に着けた5人の近衛騎士達がまるで逃げ道を塞ぐようにして壁となり、街へと戻る事が出来なくなった。
先頭に立っていたジェレミアさんは左から2番目の机の前で立ち止まると、皆には聞き取れない声で俺達の方に顔を向けながら近衛騎士の一人に話しかけている。
するとその内の一人がジェレミアさんと何らかの会話を終えて立ち上がると、此方に声を掛けてきた。
「よく来たな、命知らずの猛者どもよ。既にジェレミアの口から説明が為されていると思うが、お前達はこれよりランク別に分かれ、各々の力量にあった相手と訓練をして貰う。時間が惜しいのでな、直ぐに面接を執り行う」
そう言って先ほどまで喋っていた近衛騎士が椅子に座ると、変わってジェレミアさんが声を発した。
「ではお前達は5列に並び、それぞれの机の前でギルドカード、得意武器を見せて案内の騎士に従って訓練を始める様に! それから城に入ったこの時より冒険者であるお前達はギルドの管轄より、国軍の管轄へと移動した。よって逃亡、もしくは上官(騎士)への反抗には其れ相応の罰が下されるという事を肝に命じておけ」
なるほど、ギルドから此処に来るまでに逃げ出した冒険者たちに何も言わないわけだ。既に最初の面接は始まっていたという訳か。