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第59話 風と火

ドラグノア城からギルドに対して依頼された【謎の魔物の攻撃によって石化した騎士達の治療】が無事に完了し、報酬である角銀貨を受け取った俺は今世間を大々的に賑わせている『謎の魔物』について、先ほど内なる精霊エストによって齎された事を意を決して陛下に話すことにした。


「陛下、この場をお借りして是非お伝えしたいことが御座います」


そう口にした事で踵を返し、今まさに謁見の間の扉へと手を掛けようとしていたジェレミアさんが立ち止まった。


今この場には陛下はもとより、騎士や衛兵達を束ねる近衛騎士が10人、陛下の兄であるヴォルドルム卿と宰相のクレイグ様、ギルドマスターのジェレミアさんと各業界のトップともいえる方々が一様に勢ぞろいしている。


赤い髪の女性は会った事は無いと思うが、陛下やヴォルドルム卿と親しげにし、周囲の近衛騎士も女性に対して敬意を表しているので恐らくは彼女も国の関係者だろう。


でも、この女性が纏う雰囲気……ほんの少し前に何処かで会ったような気がしないでもないのだけれど、一体どこで会ったんだっけ?


何時も何時も妨害ばかりしてくる防衛大臣のゲイザムが珍しく居ないが、これはどうでもいい。


「伝えたい事? なんだ、申してみよ」

「先ほど医務室に於いて石化を治療して目を醒まされた騎士の方々より、情報を得た結果、今世間を騒がせているという【謎の魔物】の正体が判明いたしました」


そう口にした瞬間、見るからに謁見の間の空気が緊迫した雰囲気になったかのように感じられた。


「自分自身【謎の魔物】をこの目で実際に見たわけではありませんが、医務室で得た情報が我が一族に口伝で伝わっている、とある魔物と特徴が類似している事から確定に至りました」


この世界に俺の一族が居るはずもないし、口伝で伝えられてもいないが心の中に居る精霊に事の次第を聞いたと言っても納得してもらえないので、此処は有りもしない物語を作り上げて説明する事にする。


「して【とある魔物】とは何の事を指しているのだ?」

「遥か古の時代に於いて、世界を滅ぼしたとされる召喚獣が内の一体。闇の召喚獣レギオンが皆様方が噂されている【謎の魔物】の正体だと思われます」

「召喚獣?」

「あの御伽噺のか?」


俺が放った一言に対して周囲はあまり緊張感のない顔をしているが、此処に居る唯一の人間族ではない人物が目に見えて動揺していた。


『バタッ』っと何かが床に落ちるかのような音が聞こえてきたことで視線を音のする方へと向けると其処には顔から滝の様に流れる多量の汗を掻きながら、床に両膝をついて虚空を見ながら涙を流して振るえている、宰相クレイグ様の普段からは想像がつかない姿があった。


「ば、馬鹿な。レギオンだと!? 此れは何かの間違いに決まっている!! そうだ、そうに違いない」

「ク、クレイグ殿!? 如何為されました?」


玉座へと繋がる階段を挟み、丁度クレイグ様の反対側に立っていたヴォルドルム卿は涙を流して身体を震わせているクレイグ様の目線と同じ高さになる様に膝を折ると、クレイグ様の肩に手を置いて頻りに声を投げかけているが、その甲斐もなく、どんどん前のめりになっていき、やがて糸が切れた人形の様に床に伏してしまった。


「クレイグ殿!? 近衛兵、直ちにクレイグ殿を医務室へお運びしろ! 急げ」


ヴォルドルム卿の命によって壁際に控えていた2人の近衛騎士がそっと倒れ伏しているクレイグ様の両脇を支え謁見の間を後にする。


「どんな時でも冷静沈着をクレイグがあそこまで動揺するとは……レギオンとは如何なる魔物なのだ?」


玉座に座る陛下は近衛騎士2人に支えられて謁見の間を退場したクレイグ様が出て行った扉を何時までも見ていたが不意に視線を此方に戻し、レギオンの事を聞いてきた。


「小さい頃に口伝にて聞いた話によると、レギオンの身体は如何なる武器も攻撃魔法も通用せず、倒すためには特定の魔法を高魔力で打ち出さねばならないそうです」

「その魔法とは?」

「現在では照明魔法として知られている【シャイニング】を高い魔力で打つことにより、闇に所属する生物は消滅すると言われていますが、レギオンが真の意味で脅威となるのは此処からだと伝えられています」


そして俺はレギオンは攻撃能力を持たない代わりに自身の身体の中に、その体積の10倍近い量の魔物を取り込めることを説明し、逆にレギオンを倒さずにそのまま放っておいた場合は外部からの攻撃が全く通じないレギオンの身体を盾にして内部から魔物が攻撃してくることを伝えた。


此処まで説明する事で陛下たちもクレイグ様の気持ちが理解できたのか、終始俯いた状態となっていた。

途中退場してしまったクレイグ様はレギオンの事を何処まで知っていたのだろうか?


人間よりも遥かに長命であると言われるエルフ族の民。

実際にどれだけの時を生きているのかは分からないが、近しい者が召喚獣が居た時代を生きていても何ら可笑しくはないか……。


そしてレギオンに関する全ての事を説明し終えた俺はそろそろ宿屋に戻ろうと、謁見の間を後にしようとしたのだが、其処に待っていたのは予想だにしない怒涛の質問ラッシュだった。

陛下曰く、俺が何故『伝説上の存在ともいえるレギオンを知っているのか?』という問いに対しては、『この話を口伝で伝えてくれた父の話によれば、遠い遠い先祖が実際にレギオンと戦い、運よく弱点を見つけたという話だった』と嘘八百で説明し、ヴォルドルム卿からは『レギオンに関する資料が残っていないのか?』と聞かれた時には『両親と共に暮らしていた辺境の村が賊に襲われた際に火を放たれ、全ての物が瞬く間に灰と化してしまった』と説明。


その後も『いい加減にしてくれ……』と叫びたくなるのを我慢して質問に答え続け、やっと解放された時には既に日は落ちて、外は夕焼けの赤い空に包まれていた。


因みに謁見の間において、俺の話を静かに聞いていた赤い髪の女性は陛下の御息女であり、王位継承者でもあるリュカローネ姫様だと紹介された。

そして疲れ切った足取りで宿屋へと戻った俺に女将であるラファルナさんから驚くべき言葉を掛けられたのだった。


「あ、アンタ! やっと帰って来たね」

「えっと……何かありましたか?」

「アンタの妹さんが2人、此処に訪ねてきたよ」

「俺の妹!? その2人がそう言ったんですか?」


馬鹿な! 前に居た世界に於いても此方の世界に於いても、俺には妹など存在していないはずだ。

だとすれば、その2人は一体何者なんだ?


「今は出かけて居ないって答えたら『街の中をまわって時間を潰してから、また来ます』って言ってたから、其処ら辺を探せば見つかるんじゃないかね」

「ちなみに其の2人はどのような容姿でした?」

「そうさねぇ~~~2人ともアンタと瓜二つな顔をしてたっけね。何処が違うかと言われれば、性別と髪の色ぐらいしか思いつかないね。見るからに活発そうな娘の方は赤髪だったし、物静かな娘の方は緑髪だったね」

「分かりました。放っても置けないので少し探してみます」

「あいよ」


ラファルナさんにそう言うと、宿の外へ出た。

っと此処で内なる精霊エストから念話が届いた。


《主様、少し宜しいでしょうか?》

《如何したんだ? 何か気になる事でもあったのか?》

《主様の妹と名乗ってきた2人なのですが、もしかすると私が招集を掛けた4体の精霊のうちの2体かもしれません。現にそう遠くない場所から、私に似た魔力を感じますから》

《でも精霊って……「見つけたーーー!」


精霊は身体を持たないんじゃないかとエストに聞こうとしたところで、何処か俺に雰囲気が似ている赤い髪をした女性が手を振って元気一杯で此方に走り寄ってくる。


その後ろから緑髪の女性が物静かに歩いて来るが、此方も髪の色は異なるものの容姿は俺にそっくりだった。


「やっと、お会い出来ました。この日をどれだけ待ち望んだ事か……」

「ねぇねぇ、貴方が私たちのご主人様で良いんだよね」


ぶっ!? 幾らなんでも『ご主人様』って此処で知り合いにでも見つかろうものなら何を言われるか分かったもんじゃないな。


《主様、此処からは私が……》

《あ、ああ頼む》

《さて、貴方たち。私の事が聞こえますね?》


無の精霊エストの、俺の身体の中から呼びかける声が目の前に居る2人に届くのか……と思っていると、不意に第3者の声が何処からともなく聞こえてきた。


《はい。お母様の呼びかけに応じ、風の精霊此処に参上いたしました》

《同じく、火の精霊此処に》

《2人とも、その姿だと話しづらいでしょう。仮初の身体を脱ぎ、此処に其の御霊を現しなさい》


エストがそう言うや否や目の前に立っている赤髪と緑髪の女性は、まるで初めから其処に居なかったかのように其の肉体は消え、代わりに20cmほどの赤くぼやけた球体状の物と緑色の球体状の物が目線の高さに浮かんでいた。


《えっと? これは一体……》

《主様、詳しいお話は後程契約の神殿にて。今は仮契約という形で、目の前に佇んでいる精霊2体を主様の御身体に同化させることを許可して頂けませんか?》

《同化って何?》


前にも聞いたような気がするけど、念のためにもう1回聞いておこう。


《私達精霊が主となられた方に同化する事で強大な魔力を保持することが出来、尚且つ人間には使う事が出来ない精霊魔法を使用する事が出来るようになります。まだ精霊神殿で契約前ですので完全なる同化は出来ませんが、どちらにしても主様に危険が及ぶことはありません》

《そうか。なら良いよ》

《ありがとうございます》


火と風の精霊は俺が同化する事を了承とみると、一際輝いたかと思うと次の瞬間には何処にも姿は見えなくなっていた。


《あれ? 何処に行ったんだ? まさか、同化とやらに失敗して存在が消滅してしまったとかじゃないよな》

《ご心配なく、ちゃんと主様の御身体と同化する事が出来ましたから。後は前回のように、夢の中から精霊神殿に行くことで契約完了となります》


俺は何処か疑問を残しながら宿へと戻った。


「おや、御帰り。妹さんには会えたのかい?」

「はい、無事に会えました。自分の住んでいた村が賊に襲われた事で、連絡がつかなくなって俺の事を探していたようです」

「それで妹さんたちは如何したんだい?」

「俺が無事ドラグノアで暮らしている事を一刻も早く家族に知らせたいと言って、街を出てしまいました」

「アンタの家族だってんなら部屋は空いてるから、泊まっていっても良かったのに」

「次に機会があったらお願いします」


俺は其れだけを言い部屋に戻ると、夕食の用意が整えられるまで戦争の事について考えていた。


『戦争に参加して敵とはいえ、人を殺してしまうのは抵抗があるな。かといって参加しないで見ているだけというのもちょっと……』


そして考えが纏まらぬままで夕食を食べ、そのままベッドに寝転がっていると何時しか眠りに落ちてしまっていた。


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