閑話 ゲイザムの野望
クロウが悩んでいる頃、城の中にある一室……防衛大臣ゲイザムの部屋で良からぬやり取りが行われようとしていた。
「親愛なるファルズ陛下、貴方様の忠実なる僕ゲイザムより重大なるご報告が御座います。どうか其の華麗なる御姿をお見せくださいませ」
ゲイザムは部屋の中央に置かれている、縦幅4m×横幅2m×奥行1m程もある巨大な姿見の鏡に対して膝を折って両手を組み、まるで神に祈るかのような姿勢で何者かを呼び続けている。
そして自身が映りこむ巨大な鏡に祈り続ける事、5分。
鏡の表面に波紋状の物が現れたかと思うと、目の前の鏡にはゲイザムではない黒いフードを頭の天辺から足元まで覆った、只事ならぬ威圧感を持った何者が映りこんだ。
「おおっファルズ陛下、ご機嫌麗しゅう」
「挨拶など無用。態々其の方から我を呼びだすとは、余程の事がドラグノアで起こっておるのであろう? 遠慮はいらん。申すがよい」
「陛下が御国より、この地に送り込んだ闇獣レギオンについて是非お耳に入れたいことが御座います」
「ふむ、レギオンか。アレに取り込ませた、我の最高傑作キメラの石化ブレスがあれば無血開城も夢ではあるまい」
「それが驚いた事に先の襲撃に於いて、ブレスを浴びて石化した騎士どもを治療する魔術師が現れました」
ゲイザムのその言葉を聞くや否や、静かに玉座に座していた鏡に映る何者かが身を包む黒きローブを脱ぎ捨てて鏡へと詰め寄った。
ローブを脱ぎ捨てたその姿はまるで蛇を思わせるかのように眼、鼻、口以外のすべての部分が黒光りする鱗によって覆われていた。
「そのような馬鹿な話があるものか! どんな魔力の持ち主であっても【ヒール】で石化を解く事は出来ぬ。石化を解く魔法は遥か昔に潰えたとされる古代魔法【ディスペル】以外にはありえぬ。貴様は当然、その場に居合わせたのであろうな?」
ゲイザムに『ファルズ陛下』と呼ばれた全身が鱗に覆われた男は、巨大な姿見を通して手が届けば即座にゲイザムを殺しかけない表情で睨み付ける。
まさに蛇に睨まれた蛙かのように。
「い、いえ、残念ながら宰相クレイグの妨害にあい、医務室へと立ち入ること
適いませんでした。代わりと言ってはなんですが、陛下よりお借りしていた『聞き耳』の魔道具を医務室へとそっと忍ばせておきました。どうぞ、ご覧ください」
ゲイザムはそう言うと鏡面へと黒い芋虫の様な形をした奇妙な物体を近づけていく。
すると奇妙な物体はまるで鏡に取り込まれるかのようにして鏡を通り抜け、驚くべきことに鏡の向こうにいる陛下と呼ばれた者の手の中に納まった。
鏡の中に居る猊下と呼ばれた男は手の中にある物体をそっと耳に近づけて、魔道具に記録されている内容を聞いていたかと思えば、何を思ったか魔道具を握りつぶしてしまった。
「この魔術師はエルフ族の者か!?」
「いえ、見たところに因ると耳が尖っておりませんので、人間に違いないかと」
「人間が発動時に高魔力も消費する『あの魔法』を使えるなど……そのような馬鹿な事あるはずがない!」
「へ、陛下?」
「ゲイザムよ。これより我が帝国グランジェリドは開戦準備へと取り掛かる。貴様は事に巻き込まれぬよう。いや、防衛大臣たる地位を利用して1つ頼みたいことがある」
「何なりとお申し付けくださいませ。我が身は陛下の御心のままに」
「ならば宰相クレイグ、ならびに解呪魔法の使い手である冒険者クロウなる者をドラグノアの地より追放させよ。その方法は貴様に任せる。この任務を見事遂行し、儂が忌まわしいドラグノアを打ち滅ぼし、世界を統一した暁には貴様に宰相としての座を与えよう」
「は、ははぁ! その任務、しかと賜りまして御座います」
そのやり取りが終わった瞬間、鏡は元の状態へと戻り蝦蟇面の男を映し出していた。
「ぐふふ……私が宰相か。悪くない」
醜い顔をした、人間とは思えない歪な生き物が野望を燃やしていた頃、ドラグノアのゲイザムの部屋との接続が切れた場所にて、猊下と呼ばれていた者の部屋でとあるやり取りが行われていた。
「陛下御言葉ではありますが、あのような約束をして大丈夫なのでしょうか?」
ゲイザムから姿が見えない様に鏡の裏にて息を顰めていた、全身を返り血を浴びたかのように、真っ赤な鎧で固めた何者かが陛下と呼ばれた者の前で膝を折って質問を投げかけてくる。
「ふふふ、儂があのような人としての失敗作に期待しているとでも? あのような地位にしがみ付いているような愚か者、成功しようが失敗しようが宰相の椅子には座れんよ。奇跡的に成功したなら、何か考えてやらんでもないが」
「全ては陛下の手の中という訳ですね」
「そう言う事だ。開戦準備を急がせよ! 実験生物及び魔物の調整はどうなっておる」
「今現在、全体の70%近くが動かせる状態となっております。もう少し時間を頂けるならば、残りの調整が出来るのですが」
「ふむ、無い物ねだりをしていても仕方あるまい。持てる戦力で準備を急がせい!」
「はっ、了解いたしました。全てはグランジェリド皇帝、ファルズ陛下の御心のままに」
そう言い残して赤い鎧の騎士は床に片膝を折って、玉座に座るファルズ皇帝へと頭を下げたまま、床に沈み込むようにして姿を消した。