第58話 闇の獣
《》は精霊との会話だと思ってください。
ゲイザムの妨害があったものの、石化した騎士達の治療を終えた俺は陛下に報告すべく医務室からを出て、謁見の間へと続く通路を歩いていた。
街を襲って来たという『謎の魔物』の情報を、回復した衛兵達から聞いた俺は内なる無の精霊エストにその正体を聞いてみる事にした。
《なぁ、世間を賑わせている『謎の魔物』の情報が得られた訳だけど、前にエストが危惧していた事に関係していそうか? 皆同じ魔物に遭遇している割には、聞いた話がチグハグ過ぎるんだけど》
証言内容は片や『氷のブレスを吐いてきた』だの『魔物の身体から剣が生えてきて斬られた』だの『蜥蜴みたいな頭の魔物が出現した』だのと何処をとってもまるで信憑性が窺えなかった。
そして俺がエストに疑問を投げかけた数秒後、彼女は重い口どりで静かに語りだした。
《……残念では御座いますが証言を聞く限りでは、皆さんが『謎の魔物』と呼んでいる正体は闇の召喚獣レギオンの可能性が大であると言えるでしょう》
遥か昔に世界を滅ぼしかけたという召喚獣か。
《そのレギオンっていうのはどんな存在なんだ? 召喚獣っていう事は強大な力を持っているんだろ?》
《いえ、レギオン自体には攻撃力はありません》
《でも其れだと、ブレスによって石化した衛兵やグリュードさんを襲った針状の攻撃が説明つかないだろ》
《其れこそが危険視される所以です。レギオンは自らの体内に他の魔物を取り込むことが出来ます。取り込まれた魔物はレギオンが消滅しない限り、剣も槍も効かない場所で一方的な攻撃を加えることが出来るのです》
なるほどな。衛兵達はレギオンの体内に取り込まれた魔物に良い様に痛めつけられたという訳か。
《『レギオンが消滅しない限り』っていう事は倒す術があるという事だな。剣や槍といった物理攻撃が無効という事は魔法を使えば倒せるという事か?》
《一言に魔法とはいっても、火や風の魔法で生半可な攻撃を加えても逆にレギオンを活性化してしまうだけです。レギオンを完全消滅させるには光属性魔法【シャイニング】を用いねばなりません》
《【シャイニング】って暗い場所で灯り代わりに使う魔法だろ? あんな魔法が召喚獣に通用するのか?》
《言い換えると、高魔力を込めた【シャイニング】です。回復魔術である【ヒール】が使用者の魔力に応じて、毒や麻痺などといった状態異常を治す事が出来るのと同様に【シャイニング】もまた込める魔力に応じて強大な武器と成り得ます》
《じゃあ出現した途端に【シャイニング】で消滅させてやれば、残るはレギオン内に取り込まれていた魔物を倒せば其れで終了という訳だな》
《ところが、そう簡単にはいかないのです》
《まだ何かあるのか?》
《安心してください。これで最後です…………と言っても此れが一番厄介なのですが》
なんか聞くのが怖くなってきたな。物理攻撃を完全無効化できるうえに高魔力を込めた【シャイニング】以外の魔法攻撃で更に活性化。此処まででも明らかに存在が反則だというのにまだ何かあるっていうのか。
《レギオンは自身の体積よりも多くの魔物を取り込むことが出来るんです。レギオンという入れ物を10とすると、その中に入れる事が出来る魔物の量は100となります。なので下手に混戦状態となっている場所に出現したレギオンを倒してしまうと、中から大量の魔物が溢れかえり此方は瞬く間に敗北を期してしまうでしょう》
《それじゃ、レギオンに襲われても下手に倒すことが出来ない。更に面倒な事にレギオンの中に取り込まれている魔物から、一方的な攻撃に晒されてしまうということか》
闇獣レギオンを倒したら、内部に取り込まれている魔物が解放。
逆に放置すればレギオンの物理攻撃無効という身体で守られた魔物から一方的な攻撃を受ける。 それじゃ一体どうしたら良いんだ!?
精霊エストによって齎された、闇の召喚獣レギオンの驚異的な情報に頭を悩ませていると不意に俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「……ロウ……クロウ!」
「え? えっと、如何したんですか?」
「それを聞きたいのは此方の方だ。医務室を出てからというもの幾ら話しかけても、まるで心此処に有らずといったような状態で心配していたんだぞ」
どうやらエストとの心の中での会話に集中していたがために、外部の事について頭が回っていなかったようだ。
「心配をおかけして申し訳ありません。医務室に於いて聞き及んだ情報から、この街を襲って来たという『謎の魔物』について考えを纏めていました」
「という事は『謎の魔物』の正体がわかったというのだな?」
ジェレミアさんとクレイグ様は『謎の魔物』に対抗する事が出来ると喜んでいるようだけど、果たして『謎の魔物』の正体が嘗て世界を滅ぼしたとされる闇の召喚獣レギオンだと分るとどんな反応を示すのか…………。
この事をどう掻い摘んで説明すれば良いものかと悩みながら、謁見の間へと続く扉を前にして溜息をついていた。
「失礼いたします。石化した兵士たちの治療にあたられていた、魔術師のクロウ殿が参られました」
扉の前で立ち止まった俺、ジェレミアさん、クレイグ様の姿を確認した扉の前に控えていた騎士は此方に一礼をした後で背後の謁見の間へと続く扉へと声を張り上げた。
「よし、入室を許可する」
「では皆様方、どうぞこちらへ」
門番の騎士に先導されて謁見の間へと足を踏み入れると玉座に座っている陛下を筆頭に、久し振りに顔を合わせるヴォルドルム卿と、その傍らに赤い髪をポニーテールのように纏めている何処かで見たような気がする女性、更に壁際には各々の剣や斧、槍といった武器を構えている10人の近衛騎士の姿があり、何故か居るだけで邪魔な存在である蝦蟇面男の姿だけが見当たらなかった。
赤い髪をした女性には出会った記憶はない筈だが、何故か俺を微笑ましい表情で見つめてくる。
何処か居心地が悪く感じていると、一番最初の謁見から医務室での治療時まで行動を共にしてきたクレイグ様が陛下に頭を下げて石化治療の旨を伝える。
「ご報告いたします。『謎の魔物』によって身体が石と化した騎士、衛兵を含む26名、無事に元の姿へと戻りまして御座います」
「そうか! 良くやってくれた。クロウ殿、礼を言う」
この国で一番偉い地位に就いている陛下に頭を下げられて恐縮していると、近衛騎士の一人が金属製のトレイに角銀貨を5枚乗せて俺の前へと歩いてきた。
「此れは此度の報酬だ。受け取ってほしい」
俺は差し出された角銀貨を1枚ずつ振るえる指で丁寧に拾うと、陛下に頭を下げながら腰につけている袋へと大事に仕舞った。
一緒に来ていたジェレミアさんは『用が済んだ』とばかりに陛下に一礼し、謁見の間を出ようと扉のある方へと歩き出していたが、俺は意を決して精霊から聞いた『闇の召喚獣レギオン』の事を話す事にした。
次話にとある人物に関する閑話を挟む予定です。