第56話 謁見の間での騒動
城から発行されたという、『謎の魔物』に石化させられた人達を治療する依頼を受けた俺と、付き添いとして一緒に来たジェレミアさんは謁見の準備が整うまでの間、応接室で待たされていた。
本当は石化を解除出来る魔法は現代では使い手が居ないとされる古代魔法の分類に当てはまる為、その魔法が使える事を秘密にしておきたい俺は断るつもりでいたのだが『謎の魔物』についての情報収集をしたいというエストの願いによって渋々この依頼を引き受けたのだった。
そして応接室にて待たされること十数分後、漸く謁見の準備が整ったという事で、部屋に呼びに来た衛兵に先導されるまま俺達は陛下が待っている謁見の間へと足を進める。
何時かのように城内を歩くこと数分、俺とジェレミアさん、先導して歩く衛兵を含む合計3人は2m近くもある斧槍をX状に交差して巨大な扉を護っている騎士の目の前へと到着した。
「この扉の向こうが謁見の間となっています。部屋の中には近衛騎士の方々もいらっしゃいますので、あまり軽はずみな行動、及び言動はなさらぬよう」
目の前の衛兵は此方に視線を向けてそう言うと、扉を守護する騎士に事情を説明して巨大な扉を開いた。
「失礼いたします! ギルドマスタージェレミア殿、ならびに石化解除依頼をお受けになられた冒険者クロウ殿を御連れ致しました」
そう発言した衛兵を先頭に、俺とジェレミアさんが謁見の間へと足を踏み入れると、前にヴォルドルム卿と共に此処に来た俺を憶えてくれていたのか、ヴィリアム陛下と宰相のクレイグ様は目玉が零れ落ちるのではないかと思えるほどに目を見開き驚愕の表情を浮かべていた。
その宰相クレイグ様の横には、『ゲイザム』と呼ばれていた太っちょの男が此方を面白くないといった表情で親の仇かのように殺気立った視線で睨み付けている。
「その方は確か……前に兄上と共に参ったクロウとかいったか。石化を解除することが出来るというのは誠か?」
「お待ちください、陛下! 魔道騎士にも解けなかった石化がこのような下賤なる者に解けるはずがありません。恐らくは高額な報酬を目当てにして来た輩でございましょう」
人の事を理解することなく『下賤な輩』って何様のつもりだ、この豚は?
そういえば、前回のヴォルドルム卿を交えての謁見の時も俺の事を『何処ぞの平民』とか、セルフィの事を『下劣なエルフ』とか好き放題にほざいてくれてたな。大体前回の事は記憶に残ってないのか?
「ゲイザム殿、御言葉ではありますが謁見する前に衛兵や騎士の方々と同様に『謎の魔物』の攻撃によって石化した、当ギルドの職員であるディアスを見事治療いたしました。実力のほどは確かと思われます」
「そうか! ならば、すぐにでも治療に取り掛かっていただこう」
「ですが、陛……「申し訳ありませんが、治療するに至って、1つお願いしたいことが御座います」……」
「なんだ? 申してみよ」
此処に居る豚の皮を被った蝦蟇面男がくだらない事を言い放つ前に、応接室で密かに考えていた古代魔法【ディスペル】に拘る設定を言ってみる事にする。
「依頼にあった石化を解除する魔法は我が一族に伝わる、門外不出の秘術でございます。その為、秘術が外部に漏れださぬよう、出来れば必要最小限度人数での立会いの元で実行したいと考えております」
「ついに本性を現しおったな! 少人数で治癒したいと言っておきながら、陛下に仇為すつもりであろうがそうはいかぬ。即刻ひっ捕らえてくれるわ」
「では、この話はなかった事とさせていただきます。では此れにて失礼を……」
というところで踵を返し謁見の間から立ち去ろうとしたところで、腕組みをし今まで固く口を噤んでいた宰相のクレイグ様が重い口を開いた。
立ち去ろうとはしているが、これは事前にジェレミアさんと打ち合わせていた芝居だ。
ゲイザムの妨害を予測して、結果的にはジェレミアさんが何とか言いくるめて治療に踏み切るつもりだったが、此処で予期せぬ人物から助け舟がだされた。
「待たれよ、そう易々と結論付けるものではない。ゲイザム殿も同様だ。貴殿も自身の発言が場合によっては取り返しが付かないという事ぐらい考えられぬのか!」
「幾らクレイグ殿とはいえ、言って良い事と悪い事がありますぞ」
「では言うが此処でクロウ殿を完全拒否した上で、新たに石化を治療できる者が見つからなかった場合、貴殿はすべての責任を負う事が出来ると申すのか?」
「そ、その場合は神薬を使用するという手も……」
「石化した衛兵、騎士総勢26名の治療を出来るほどの量を貴殿が揃えられるとでも?」
このゲイザムという男、自分より身分の低い者に対してはズバズバ言えるのに宰相のクレイグ様が相手だと何も言えなくなるんだな。
「してクロウ殿、必要最小限の人員と言っておったが指名したい者は居るかの?」
「はい。自分の願いが聞き届けられるならば一人は此処に居るジェレミアさんを、もう一人は宰相のクレイグ様でお願いします」
「ふむ。ギルドマスターばかりか、クレイグをも選ぶとはな。よかろう、その条件で治療する事を許す」
「ありがとうございます。それと治療後の事なんですが…………」
「心配せずとも報酬は依頼書に書いてあった額を支払うつもりだが?」
「いえ、そうではなく治療を終えて意識が戻った衛兵、もしくは騎士の方から『謎の魔物』と呼ばれている存在の情報を聞きたいのです。もしも『謎の魔物』の正体が此方が危惧している存在と同一であるならば」
「あるならば?」
「最悪、この世界が滅亡する事になってしまいます」
「な、なんだと!? 言うに事欠いて世界が滅ぶとは戯言も大概に致せ! 陛下、やはりこの者、信用に値しない者に御座います。即刻拘束して知っている事を洗いざらい吐かせようと……」
「いい加減黙れ! 私が何時貴様にそのような事を命じた? それ以前に、何故この件に何ら関わり合いのない貴様がデカい面をしてこの場に居る。近衛兵、即刻ゲイザムを退出させよ!」
「はっ!」
俺とジェレミアさん、宰相のクレイグ様と豚蝦蟇男がどんなやり取りをしていても笑顔を絶やさずに話を聞いていた陛下が突然怒りを露わにしたかと思うと、同じくまるで動揺する素振りを見せなかった近衛騎士にゲイザムの強制退出を命じたのだった。
この事には俺の隣で跪いているジェレミアさんでさえ、驚きの表情を浮かべている。
「ええい触るな、自分で歩ける! 陛下、私の言葉を聞かなかった事、きっと後悔いたしますぞーー!!」
その後も散々喚き散らしながら陛下の命を受けた近衛騎士2人によって謁見の間から連れ出されていった。
「やれやれ、やっと五月蠅いのが消えたか。全く誰だ? あのような者を此処に呼んだのは」
「てっきり陛下が呼び寄せたものだと思っておりましたが?」
「兄上に対して殺気立った目を向ける奴を私が? あり得ん」
クレイグ様と陛下のやり取りを聞いている限りでは誰からも嫌われているとみて間違いないな。
部外者である俺とジェレミアさんが目の前にいるにも拘らず、こんなやり取りをしているのは、かなり問題があるような気もするけど…………いや既に手遅れかも。