第54話 石化の解除
遺跡調査依頼の報酬を貰いにギルドへ来た俺が聞かされたのは、俺とジェレミアさん達が街を離れている間に此処を襲って来た『謎の魔物』に国が懸賞金を掛けて情報を得ようとしている事。
そして部屋の中に置かれている石像が『謎の魔物』のブレスを其の身に浴びて石化したディアス本人である事。
更にはギルド内に漂う異様な緊張感だった。
俺がそう思っていると不意にジェレミアさんが話をしだした。
「クロウ、【ヒール】などの回復魔法で石化したディアスを元の姿に戻すことは出来ないか?」
「それはやってみないと分かりませんが、石化を解く回復アイテムみたいな物はないんですか」
RPGなどではそういう道具が数多くあるが、現実ではどうなんだろうか……。
「どんな病気でも治す事が出来るという神薬と呼ばれる物があるにはあるが、あれは我々庶民どころか成金貴族であってさえ、おいそれと手にする事が難しいとされている。理由はあまりにも高価な事だ」
「ちなみにどれくらい?」
「だいぶ前、どこぞの貴族が自身に箔をつけるために神薬を購入しようとしたらしいが、全財産を注ぎ込んでも手に入れる事は出来なかったらしい。噂では滴一滴で白金貨1枚とも言われている」
白金貨1枚……100万Gか。一滴だけでそれなら、丸ごと1個だとどれだけの値がつくのやら想像もつかない。
「其処でクロウの出番という訳だ。大した力も持っていない癖に魔法が使えるというだけで威張り散らしている並みの魔術師とは違い、クロウは古代魔術をも使う事が出来る選ばれし魔術師だ。どうか頼む」
ジェレミアさんはそう言うや否や、あろう事か両膝と両手を床につけて所謂土下座をするような形で俺に対して頭を下げてくるのだった。
「ちょっ!? 何をしてるんですか! 俺なんかの為にギルド長であるジェレミアさんがそんな事をする必要はありません」
「ギルド長などという肩書に何ら関係はない。治療の対価に身体を差し出せというのであれば喜んでこの身を捧げよう。だから頼む、ディアスを……この世でたった一人の弟を元の姿に戻してやってくれ」
ジェレミアさんに此処までさせるディアスは一体何者なのかと考えていたが、まさか弟だったとは。
確かに唯の上司と部下というだけでは此処までする理由が思いつかないか。
「分かりました。出来るだけの事はしてみますから頭をあげてください」
此処まで言って漸くジェレミアさんは立ち上がり、元の体勢へと戻った。
「俺が使う魔法でどれが石化解除に使えるのか考えたいので少し時間を頂けますか?」
俺のその言葉に対してジェレミアさんが頷くのを確認した後、目を瞑り心の中に居る精霊エストに話を聞く事にした。
ジェレミアさんには遺跡で精霊を宿した事を伝えたのだが『精霊なんて御伽噺で出てくるような物だ』との事で信じて貰えなかったし、学者であるアニエスに至っては生暖かい目で見られていた事が印象的だった。
《という事でエスト、石化解除の魔法って物はあるか?》
《……う~ん、でもアレがこんなところに居る訳がないし》
《エスト? お~~い、聞いてるか?》
《はっ!? な、なんでしょうか主様》
《石化を解く魔法に心当たりはないかって聞いたんだけど、何か考え事してるみたいだからさ》
《申し訳ありませんでした。石化なら【ディスペル】で解除することが可能です》
《【ディスペル】って魔法効果を解除する為の魔法だろ? 今回のは街を襲ったという【謎の魔獣】のブレスを受けて石化したって話だぞ》
《大丈夫です。一般的に毒や麻痺などの状態異常は【ヒール】で治す事が可能ですが、石化、身体操作などの呪い、魔力効果に対しては全て【ディスペル】で治療することが出来ます》
《そうか有難う。それとエストが考えていた事だけど、恐らくは今回の【謎の魔獣】騒ぎに関係している事なんだろ? 結論が出たら俺にも教えてくれよ》
《分かりました。ですが、まだ情報が少なすぎて確定に至りませんので、主様から色々な方に聞いてもらえませんか? 主様の耳に入った事は私の耳にも入ってきますので》
《りょ~かい。じゃディアスの治療があるから、一旦念話を切るぞ》
《はい》
そうエストに断わると、目の前で深長な趣で座っているジェレミアさんに石化を解くことが出来ると伝えたところ『すぐやってくれ』との事だった。
「ディアスの状態を見るに恐らくは逃げている最中に【謎の魔獣】のブレスを浴びて石化してしまったんでしょう。石化を解いた直後走り出してしまうかもしれませんので、正面から動かない様に抱きしめてくれませんか?」
「わ、分かった。少し恥ずかしい気もするが仕方ないな」
そう言って口では渋々と言いながらも、何処か嬉しそうな表情をしているジェレミアさんがディアスに抱き着くのを確認した俺は【ディスペル】を唱えようとした直後、態々抱きつかせなくても石化したディアスを床に寝かせて石化を解除すれば良かったのではないかと気が付いたのだった。
「どうした? 私の準備は整った。直ぐに解除してくれて構わないぞ」
「では行きます。『ディスペル』」
今更口にすると照れ隠しでジェレミアさんの鉄拳が飛んでくる恐れがあるし部屋の外に副ギルド長であるルディアが居る事からエルフ言語で【ディスペル】を唱える事にした。
発音が違う事で魔法が発動するかどうか心配だったのだが、問題なかったようだ。
その直後、古代遺跡でもエルフ言語で古代魔法を使っていれば、面倒な騒ぎにならなかったのではないかと心の中で大いに悔やんだ。
石化しているディアスの身体は【ディスペル】を受けた直後、目を開けられないほどの白い光を放ったかと思うと、まるで薄皮が剥がれ落ちるかのようにして徐々に灰色をした石の殻がパリパリという音を立てて床に落ちて行った。
まるでゆで卵の殻を剥くのを連想させるような光景だった。
そして最後の一欠けらがディアスの身体から剥がれ落ちた次の瞬間、ディアスは膝から崩れ落ちるかのようにして力を失くした。ジェレミアさんが抱き留めていたければ、そのまま固い床に倒れこんでいたところだ。
「ディ、ディアス! おい、しっかりしろ」
俺は必死に声を投げかけているジェレミアさんの横でディアスの手を取って手首の脈拍をみると、弱目でありながらもしっかりと脈を打っているのが確認された。
「大丈夫ですよ、脈はしっかりとしています。恐らくは石化している間にどんどんと体力を削られて行ったのでしょう。身体が石化していた事が支えとなって何とか立っていられたと思われます」
「ではディアスは気を失っているだけだと?」
「見たところ目立った外傷は見当たらないので、安静に寝かせておけば何れ目が醒めると思いますよ」
「そうか……良かった。では部屋の外に居るルディアを呼んでディアスを奥の休憩室に運び込もう」
そして部屋の外に居たルディアがジェレミアさんの呼びかけに応じて部屋の中に入ってきた時、石化が解けて床に横になっているディアスを見て一瞬目を見開いて驚いていたが、直ぐに冷静さを取り戻しディアスの腕を取って肩に担ぐと代わりに1枚の依頼書にも使われている羊皮紙をジェレミアさんに手渡して、こちらに丁寧に頭を下げて部屋を後にした。
そしてルディアがディアスと交換するようにして置いていった羊皮紙を、ジェレミアさんが親指と人差し指で目線近くまで持ち上げると不意にこう言い放った。
「荒稼ぎをするつもりはないか?」と…………。