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第53話 遺跡探索の報酬と……。

夢と現実の狭間にあるという神殿で各種精霊との契約を果たした俺は翌朝、宿の食堂で朝食を食べている時に女将さんからグリュードさんの目が覚めた事を聞かされた。


一刻も早くグリュードさんの元に駆け付けたい気持ちで一杯だったのだが、食事を摂っている最中に席を離れるといったマナー違反や、女将さんを納得させられる理由もなしに食事を残したり食べなかったりすると、罰として宿代の増額を言い渡される為、俺は走っていきたい衝動を抑え込みながら食事を続けていた。


前にこの事でイディアに聞いた話によると、女将さんに対して無謀にも別の冒険者から『なんで金を払ってる俺がたかが(・・・)食事で其処まで言われなければならない』と喧嘩腰に言葉を投げつけたそうなのだが、次の日から宿に出入り禁止という処分を言い渡されたのだという。


その後、スープ、野菜サラダ、固い黒パン2個、野菜と何かの炒め物という朝食を十数分で一滴の汁も残さずに平らげた俺は、宿の使用人の休憩室から目が醒めた事で自分の部屋へと移されたグリュードさんの元へと駆けて行き、部屋の前に立つと興奮する気持ちを押さえて深呼吸した後で声を掛けた。


「グリュードさん、クロウです。入っても良いですか?」

「…………ハァハァ……クソッ」


幾ら男同士とはいえども急に入室すると不味いことになるかと思い、扉をノックして数秒待っているのだが一向に返事は帰って来ずに、それどころか荒い呼吸の息遣いが聞こえてくる。


「失礼します!」


俺はグリュードさんの怪我が悪化して苦しんでいるのではないかと疑問を抱くと不躾ではあるが、無断で扉を開けて室内へと入室した。


「グリュードさん…………って一体、何をしてるんですか!」


部屋の中に足を踏み入れて最初に俺が見たのは、上半身裸になってベッドの縁に両足を掛けて左腕一本で汗だくになりながら片腕立て伏せをしているグリュードさんの姿だった。


「なんだ? クロウじゃねえか。そんなに慌てて一体どうしたっていうんだ?」

「『どうした』というのは此方の台詞です。意識不明の状態から漸く目が醒めたという事で心配してきてみれば、何を無茶な事をしているんですか!」


病気や怪我などをして筋力が衰えてリハビリをするというのは間違ってはいないのだが、それにしたって……。


「そういや、俺の怪我を治してくれたのはクロウなんだってな。感謝してるぜ」

「こんな無理をするくらいなら完璧に治療しなければ良かったかと、今になって後悔していますよ」

「なんだそりゃ?」

「まぁ、元気そうで何よりでした。後でイディアとエリスにも御礼を言っておいてくださいね。意識のないグリュードさんを交代で必死に看病していたんですから」


俺はそう言いながら今後の事と遺跡での報酬をもらうために、ギルドへ向かう事にして部屋をあとにした。

その途中で宿の食堂を横切ったところで、食器の後片付けを手伝っているイディアに話しかけられた。


「あ、クロウ。グリュードの部屋に行ってきたんでしょ? アイツの様子どうだった?」

「…………元気そうだったよ」


元気すぎるのも困りものではあるのだけれど。


「じゃあ私も様子を見に行って見る事にするわ。あんなのでも一応は命の恩人だしね」


イディアはそう言うと、グリュードさんの部屋に行くのか階段を足早に上がっていく。

俺はグリュードさんの様子を見たイディアがどんな行動を起こすのか、大よそ分かり切っているので騒ぎに巻き込まれないためにも急いでギルドへと向かうのだった。


それから数分後、ギルドに足を踏み入れた俺が見たのは異様な風景だった。

何時もは数えきれないほどに沢山の冒険者で賑わっているはずのギルドが、今は片手で数えられるだけの人数しかいない。依頼があまりないのかとも考えたが、掲示板には溢れかえるほどの依頼書が所狭しと貼られている。


俺は窓口で欠伸をしながら、暇そうに頬杖をついているエティエンヌに話しかけた。


「何時もより冒険者が少ない様に見えるけど、何かあったのか?」

「クロウさん! お待ちしてました。ギルドマスターからお話があるそうなので奥の部屋に入ってください」

「い、いや、だからな?」

「良いから奥の部屋に行ってくださいってば!」


まるで取りつく島もないほどに奥の部屋に行くことを強調しているエティエンヌと、俺のやり取りをギルド内に僅かに残っている冒険者たちが興味深そうに見つめている。


「分かった。行けばいいんだろ行けば」

「はい。其処の扉を開けて直ぐの部屋に入ってください」


まるでエティエンヌに追い払われる様にして奥の扉を開けて進み、指定された部屋の前へと辿り着いた俺の前に副ギルドマスターと呼ばれていたルディアが立っていた。


「えっと、エティエンヌに此処に来るように言われたんだけど」

「クロウさんですね。少々お待ちください」


ルディアはそう言うと、背にしていた部屋の扉を開けて中へと声を掛ける。


「マスター、クロウさんがいらっしゃいました。中へお通ししてもよろしいでしょうか?」

「ああ、直ぐに通してくれ。ルディアはそのまま部屋の前で待機して、何かあったらすぐに私に報告しろ。どんな些細な事でもだ」

「了解いたしました。では中へどうぞ」


俺は2人のやり取りから尋常ではない何かが起こっている事に気が付き、緊張した表情で指定された部屋へと入っていった。


ルディアに言われるままに部屋の中へと足を踏み入れると、其処にはギルドマスターであるジェレミアさんが入口に背を向けて座り、壁際に置かれているディアスに酷似した石像を注視していた。


石像は見れば見るほどにディアスそっくりで今にも走り出してしまいそうなほど、躍動感がある物だった。


「クロウ、良く来てくれた。ギルド内の違和感に気付いたかと思うが、まずは遺跡調査の報酬の件からだ」


ジェレミアさんはそう言うと、俺に四角形の銀色のコインを1枚手渡してきた。

依頼を受ける前に聞いた報酬は丸銀貨6枚(60,000G)だが、ジェレミアさんが差し出してきたのは角銀貨1枚(100,000G)だった。


「ちょっと待ってください。確か俺の報酬の取り分は丸銀貨6枚だったはずです。でもこれは角銀貨、報酬の全額じゃないですか」

「ああ、今回は治療要員として加わって貰ったのに対して遺跡の罠の解除、リビングアーマーの討伐、屍人使い(ネクロマンサー)の討伐と契約内容とは余りにもかけ離れた危険な目にあわせてしまった。その事についての謝罪も含めて報酬の増額を決めた次第だ」

「でも、そうなるとジェレミアさんはタダ働きという事になってしまいますよ?」

「構わないさ。私が今最も欲しているのはGP(ギルドポイント)なのでな」


ああ、確かに前に言ってたよな。Sランクであるジェレミアさんが次のSS、SSSランクに昇格するためにGPを溜めていると。


「どうしても納得できないというのであれば、これからクロウに頼むことへの依頼料、及び口止め料という事にしておいて欲しい」

「依頼と口止めですか?」

「クロウも見ただろう? このギルド内に漂う違和感を。そして部屋の片隅に置かれているディアスの姿を模した石像を」

「確かに……依頼の多さに反比例して、ギルド内に居る冒険者の少なさに違和感を感じました。そして何故此処にディアスに似た石像が置かれているのかも良く分かりません。確か前に此処に来た時には、このような物は置かれていなかったと記憶していますが」

「その事も含めて説明するが。この現状に共通しているのは、私達が遺跡に行っている間に街を襲ったという『謎の魔物』についてだ。聞いたことがあるか?」

「同じ宿屋に泊っているグリュードさんが『謎の魔物』と対峙して重傷を負ったみたいです。今は治療の甲斐もあって異様なほど元気になりましたが」

「そうか。国はこの『謎の魔物』について懸賞金をだしてまで調べている。名前、弱点、生息地域などなどだな」

「一部では帝国からの攻撃ではないかと噂されているようですが?」

「ああ、それは私も聞いた。だが帝国の攻撃と位置付けるには確証がない。帝国との国境に調査隊を派遣したとの噂も耳にしたが、此処から国境まで行って帰ってくるまでには馬でも4日はかかる。もし悪い予感が当たって国境が帝国側から破られでもしたら、噂されている帝国との開戦が現実となりかねん」

「その他に現状で『謎の魔物』について分かっている事は無いんですか?」

「強いて言うのならば『謎の魔物』の息吹ブレスを浴びた人間は、其の身を石に変えられてしまうという事だけだ」


ジェレミアさんはそう言いながら、心配そうな眼で部屋の片隅に置かれているディアスの石像を見た。


「じゃ、じゃあまさか……」

「そうだ。この石像はディアス本人だ」


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