第51話 精霊との契約
かくして色々な事が起きていた古代遺跡調査から無事にドラグノアに帰還した俺とジェレミアさん、散々怒られて涙目になっているアニエスの3人はそのまま報告に行くものと思っていたのだが、ジェレミアさん曰く『報告は私がしておく』との事で俺は一足早く馬車を下りて宿屋で休むこととなった。
俺は馬車の御者席から下りる間際、道を歩いている街の住人に聞かれない様に声を落として小声でジェレミアさんに話かける。
「くれぐれも古代魔術については秘密にしておいてくださいね」
「クロウに改めて言われずとも心得ている。安心して休むが良い」
ジェレミアさんが話し終わったところで、恐る恐る座席の窓からアニエスが顔を出し報酬の事を告げる。
「あと報酬の件ですが。明日の昼までには用意しておきますので、少しだけ時間を頂けませんか?」
「ん? あ、ああ、分かった。今日はゆっくり休むことにするよ」
アニエスは俺が頷いたのを見ると、余程与えられた罰が痛かったのか御者席にいるジェレミアさんに眼を合わすことなく座席内へと引っ込んだ。
俺は城の中へと入っていく馬車を見送ると、少し時間が早いとは思いながらも宿へと戻った。
「ただいま~~~っと!?」
扉を開けて宿屋に入ると、グリュードさんが腕や足、腹部など身体の至る所に包帯を巻いてイディアとエリスに介抱されていた。何故か宿の女将さんであるラファルナさんの姿は何処にも見当たらない。
「やっと帰って来た。お願い、グリュードを助けてあげて!」
「わ、分かったから、もう少し落ち着いてくれ」
俺はグリュードさんに駆け寄って回復魔法【ヒール】で傷を治しながら何があったかイディアに聞いたところ、俺が遺跡の調査依頼で出かけている間に街が謎の魔物に襲われたのだという。
しかもその魔物は剣や槍などの武器攻撃は殆ど通じず、辛うじて魔法が効いたとしても魔物の身体から別の魔物が出現して襲い掛かってくるという事だ。
そして魔物の身体から鋭い針状の物が伸びてきて周りに居る衛兵や冒険者達を攻撃し始めたのだが、咄嗟の事で反応しきれなかったイディアをグリュードさんが庇い、代わりにこのような怪我を負ったという事らしい。
その攻撃の後で何処からともなく『ピィーー』という音が聞こえてきたかと思えば、謎の魔物はまるで存在していなかったかのように姿を消したのだという。
っと此処まで聞いたところで、グリュードさんの身体の治療は一先ず完了した。
まだグリュードさんの意識は戻っていないが、命の危険は無くなったという事を心配そうに此方を見つめているイディアとエリスの2人に伝えたところで宿屋の入口が開かれ、宿の女将さんであるラファルナさんが肩を落として帰ってきた。
「駄目だね。薬草もポーションも売り切れだ。治療師に至っては冒険者嫌いで有名だからね『どうしても治してほしけりゃ、100,000G持って来い』って言われちまったよ」
「そんな金、払う必要ないですよ。グリュードさんは順調に快復に向かってますから」
「クロウ! 帰って来てたのかい?」
「つい今しがた到着したばかりです。帰って来て早々、グリュードさんが血塗れで倒れているのを見た時は驚きましたが」
「グリュードの身体は如何なんだい?」
「負っていた傷は全て治療し終えましたが、意識はまだありません」
「そうかい……そりゃよかったよ」
「グリュードさんの目が覚めたら、腹一杯食べさせてあげてください。傷の具合から見て、血を可也流したようなので沢山食べて血を増やさないと」
「此処からは私の仕事という訳だね。アンタ達も部屋に帰って休みな」
女将さんである、ラファルナさんはそう言うがイディアとエリスは首を横に振って其の場を動こうとしない。
イディアは自分の身を助けてくれたグリュードさんを看病すると言って聞かないが、ハッキリ言って目が覚めるまでは何もすることが無い。精々が額の汗を拭くことぐらいだろうか。
「アンタ達の気持ちは痛いほど良く分かる。だけどね、冒険者であるイディアやエリス、特に魔術師であるクロウは何時ギルドから緊急招集を受けるか分かったもんじゃないから、休める時に休まないと身体が持たないよ」
「緊急招集ですか?」
「詳しい事は良く分からないけど、知り合いに聞いた話では今回の事に帝国が関わっているんじゃないかって噂されてるんだよ。もし仮にそうだとすれば国から各街のギルドに、ギルドから冒険者に戦争の協力要請が来ると考えられるからね。クロウの様な治療魔法を使える魔術師なら、絶対と言っても良いほどに要請がくるだろうね」
戦争の道具として行動するなんて思っても見なかった。
だけど、いざとなれば猫の手……いや冒険者の手を借りたいのはよく分かる。
本当は国同士の戦争なんかに加担したくはないけど、そうも言ってられないか。
「さぁさぁ、此奴は私が見ててやるから、アンタ達はさっさと部屋に戻りな! 今回だけ特別に部屋に夕食を運んでやるから、ゆっくり休みなよ」
その後、ラファルナさんに追い払われるようにして部屋に戻った俺は、それから数刻後にノックの音と共に差し入れられた食事を摂ってベッドで寝転がっていると、不意に身体の中から声が掛けられた。
《主様、宜しいでしょうか?》
!? 吃驚した。そういえば居たんだっけ…………。
《一体如何したんだ?》
《このような時に申し訳ありませんが、私との魂の契約をして頂いても宜しいでしょうか?》
《古代遺跡から帰る途中のキャンプで、街についたら契約するって言ってたっけ。よく分からないんだけど、俺はどうすれば良いんだ?》
《主様はただ眠っていただければ結構です。後は私が契約に相応しい場所へと御連れ致しますから》
相応しい場所という意味がよく分からなかったが食事を摂ってお腹が膨れ、眠たくなっていたのは確かなので俺はそのまま夢の世界へと誘われた。
眠りに落ちてから、どれだけの時が経過したのだろう。
ふと流れ落ちる水の音を聞いて目を醒ますと、俺は厳かな雰囲気が漂う神殿の祭壇の前に立っていた。
祭壇には俺が立って居る場所から見て、中央に先が尖った菱型の白い水晶、向こう側には火を思わせるような赤い水晶、手前には水を思わせる青い水晶、更に右手には土を思わせる黄色の水晶、その逆の左手には緑色の水晶が微かな光を放っている。俺は誘われているかのように祭壇の水晶に手を伸ばしかけたところで、後方から声を掛けられた。
「主様、ようこそ契約の神殿に」
後ろから声を掛けてきた人物は真っ白なフードで顔を半分以上隠し、俺が立っている場所に向けて跪いている。
「俺を『主様』と呼ぶ貴女は一体何者ですか? それに此処は何処です?」
「それでは改めて名乗りましょう。私は遺跡にて主様の御身体に同化した宝石に宿りし無の精霊。そして此処は私達精霊が主となられた方と契約せし神殿でございます」
そういえば、宿屋のベッドで寝る前に契約に相応しい場所に移動するって言ってたっけ。
「確かに契約がどうとか言ってたな。俺は此処で何をすれば良いんだ?」
「主様の目の前にある水晶は火、水、土、風の精霊、中央にある白い水晶は無を意味しております。白色の水晶から順に主様の血を付けて行ってください。それで今できる事は一先ず完了した事となります」
「その事についてなんだけど、契約したら俺は如何なるんだ? 魂を寄越せとか言わないよな」
「精霊は悪魔とは違うのですから、そのような事にはなりません。逆に精霊と契約して、各種精霊と同化する事により様々な恩恵を得られます。例えば火の精霊との同化では火に属する攻撃を受けても火傷をしなくなり、加えて精霊魔法【インフェルノ】を使用できるようになります。風の精霊との同化では空を自由に移動する事と精霊魔法【ハリケーン】を使用することが出来ます。ただ、同化している間は身体の一部分が精霊に準ずる物になりますが」
「精霊に準ずるとは、如何意味?」
「平たく言えば瞳の色、もしくは髪の毛の色が主様の目の前に置かれている水晶の色になるという事です。火の精霊なら赤、水の精霊なら蒼といった風に」
俺個人の意見では髪の色を変えてほしいところだな。
まてよ? なら無の精霊との同化は水晶の色からして白い髪の毛=白髪頭という事になるんじゃないか!? これは流石にトラウマが……。
「1つ大事な事を聞きたい。無の精霊と同化すると、どうなるんだ?」
「私は娘達と主様との橋渡しと、基本的な契約する事が役目となりますので、残念ながら私は主様と同化しても主様の御力になる事はありません。主様の魔力値は他の生物が持てる魔力をはるかに超えてますから、あまり意味はありません」
魔力値が多過ぎるというのも逆に問題があるかもしれないな。
「それじゃ契約しよう。白の水晶から順に血を付けていけば良いんだったな」
「はい。よろしくお願いいたします」
俺は右手の親指を中央の白い水晶の尖った先端部に突き刺して傷を作ると、親指の根元を押さえて血を出して白い水晶に付着させる。それから時計回りに火、土、水、風の順で血を付着させた所、次の瞬間には白を除く4個の水晶から4色の光が天高く伸びていったかと思えば上空で其々の方向に散っていった。
「お疲れ様でございました。これで契約は完了し、娘たちは主様の元へ馳せ参じる事でしょう」
「さっきも言っていたけど、娘って一体誰の事?」
「火、水、土、風、それに草や木、植物、大地に宿る精霊はすべて私の娘でございます」
まさに精霊を生み出した存在。無の精霊=精霊王となってしまうのではなかろうか。
そして俺が契約した直後、各地の精霊が宿っているという神聖なる場所から其々1人ずつ、計4人の人間(?)が姿を現して1点に向けて歩き出した事が目撃されたという。