第49話 死者を冒涜する者
古代遺跡の最奥で壁に埋め込まれていた宝石が、激痛とともに俺の身体に入ってきた事で、自分を『主様』と呼ぶ何者かが俺の心の中に住み着いた。
心の中の存在に聞くところに因れば、ソレはこの世が創造された頃からの記憶を持っているらしく、それは目の前に広がっている多量の本とは比べ物にならない知識量だという事らしい。
《此処にも700年前までは1人の魔術師の方が住んで居ましたが、残念ながら私と波長が合わなかったことから、どうすれば良いのかと研究に研究を重ねて居たのですが、とうとう私を手にすることなく天に召されてしまいました。私は主様に会うまで此処で長い時を待ち続けていたのです》
「……クロウさん、クロウさんってば。如何したんですか?」
と謎の存在と心の中で話をしていると、アニエスが俺を呼んでいた。
「ん? どうしたんだ?」
「それはこっちの台詞ですよ。独り言を言っていたかと思えば、急に黙っちゃうんですから」
「見た感じでは壁に埋まっていた石がクロウの身体に入っていったかのように見えたのだが、身体に異変はないのか?」
「俺にも何があったかは良く分からないんだけど、どうやら壁に埋まっていた宝石に宿っていた意識体が俺に同化したらしい」
「『宝石に宿っていた意識体』ってなんですか?」
「詳しく話していないから、よく分からない。でも凄い記憶を持っている事だけは確かだと思う」
「お伽噺で聞いていた『賢者様』みたいな話ですね。本当の事なら嬉しいんですが、私はおいそれと騙されませんよ?」
騙すも騙さないも本当の事なんだけどな。
まぁ、当の本人じゃないと信じられないというのは分る気もするが。
現代でこんなことを言い出した日には即精神病院行だろう。
「それはそうと早く此処を出ないか? 何時までも遺跡に籠っていれば、周りが心配してしまうだろう」
「そうでした! 早く皆を此処に連れて来て本を運び出さないと」
「アニエスは本を持っていく気、満々だな」
「当然です。なんとしても持って帰って研究しないと」
「だが、私たちが乗ってきた馬車には此れだけの本を積み込むと座る場所がなくなるぞ。それ以前にどうやって此れだけの量を外まで運ぶつもりだ」
《主様、其方の女性は此処に有る本を持っていきたいと考えて居るのですか?》
《あ、ああ、何でも貴重な財産らしくって外から応援を呼んででも運び出す気らしい》
《それならば良い魔法があります。異空間を倉庫代わりにする術です。目の前に扉を出現させるよう想像しながら【ディメンション】と唱えてください》
《【ディメンション】?》
《主様達が古代魔法と称している魔法のの一種です。次元扉を開く鍵と思ってくだされば結構かと。詠唱は……》
「ん? アニエス? 何してるんだ?」
俺が宝石に宿っていた存在と心の中で会話をしていると焦っている表情のアニエスが俺の身体に密着していた。
「クロウさん、早く【マジックシールド】を使ってください。一刻も早く外から衛兵を連れて来て書物を運び出さないといけないんですから」
如何やらアニエスは来た道を戻るために俺に【マジックシールド】を使ってもらい、炎の罠を逆に突っ切って行きたいらしい。
「いや、アニエス。心の中に居る存在に聞いたところに因ると、俺達3人だけで此処の本を全て外に持ち出す事が出来るらしい」
「えっと、まだそんなお伽噺の様な事を言っているんですか?」
「お伽噺じゃないって! 見てろよ【ディメンション】」
そう唱えた途端、目の前の何もなかった空間に大きな扉が出現した。
《無詠唱で古代魔術を発動なされるとは!?》
「えっ? 此れは一体何の魔法なんですか?」
アニエスは見た事も聞いた事も無い魔法に驚いてるし、何故かこの魔法を教えてくれた存在も驚いてるな。
「何でも別次元を倉庫代わりに使うための古代魔法の一種らしい。これを使えば、此処に人を呼んでこなくても多量の本を外に持ち出すことが出来るだろ」
「何だか訳が分からんが、この中に本を運び込めば良いのか?」
「俺が好きな時に空間の開閉が出来るらしいから此処に本を積めて、城に戻ってから再度開けば荷物にならないし。何度も往復をしなくて済むから良いかなっと」
「それもそうだな。ならさっさと積み込むか」
遺跡に入ってから俺が散々、古代魔法の【マジックウェポン】やら【マジックシールド】を使っていた事から慣れてしまったのか何も突っ込まなくなっていた。
学者のアニエスだけは未だに睨み付けるかのような鋭い視線を向けているが。
俺が【ディメンション】で作り上げた次元倉庫(今命名)には入口の扉が無いため手に大量の本を持っていたとしても何の問題もなく出入りすることが出来る。
その後、呆けていたアニエスとジェレミアさんと俺の3人で1回につき、1人10冊前後を8回往復して計232冊を無事に異次元空間へと収納することが出来た。
序にアニエスの願いで研究対象にするべく、俺とジェレミアさんが打ち倒したリビングアーマーの死体(?)も持っていくことになった。
で、今度こそ【マジックシールド】を使おうとしたところで、再度心の中の存在が話しかけてくる。
《手っ取り早く此処から外に出たいのであれば、本棚の後ろに隠し通路がある筈ですよ。700年前に此処に居た研究者も、其処から頻繁に出入りしていたようですし》
「クロウ、どうした?」
「なんでも本棚の後ろに隠し通路があるみたいんだけど…………これか?」
俺は本棚から本を退かした場所に出っ張りを見つけると、それを手で押した。
すると本棚は静かに横に動き、金属でできた扉が出現した。
「こんな仕掛けになっていたのか。この扉を抜けた先がどうなっているのか分からないけど、前に此処に住んでいた人物も頻繁に利用していたそうだから」
「誰が此処に住んでいたかは兎も角として、通ってみる価値はあるか」
そう言って壁に掛けられていたランタンを手に取ったジェレミアさんを先頭にして、アニエス、俺の順で本棚の隠し通路を抜けると、眼も眩むような高さにまで繋がっている螺旋階段が目に入ってきた。
途中、力尽きそうな表情をしているアニエスに手を貸しながら、3時間かけて螺旋階段を一番上まで登りきると、目の前には石で出来た扉があった。
「「「せ~の!」」」
持っていた剣で何とか石の扉の隙間を削り、力任せに3人で扉を開くと其処は最初の槍の罠があった場所に繋がっていた。
ジェレミアさん、俺、アニエスが外に出たという事で、石の扉を元通りに閉めると其処には何の変哲もない石の壁が広がるだけの空間と化していた。
実際に通らないと扉がある事すらわからなかっただろう。
俺達が最初此処に来た時にあった沢山の白骨死体は、アニエスの指示により外に居る衛兵たちの手によって逸早く遺跡の外へと運び出して、地面に穴を掘り丁重に埋めてある。
俺達もまた遺跡から外に出ようとしたところで、ジェレミアさんから静止する声がかけられた。
「待て、外から風に乗って血の匂いがする。私が様子を見てくる。クロウは此処でアニエスを守ってやってくれ」
「分かりました。気を付けて」
ジェレミアさんは俺の言葉に対して首を縦に振る事で了承すると、両手に2本の斧を構えて外に飛び出してゆく。
《外に何が居るか分かるか?》
《波動から読み取るところに因れば、人であって人ではない者が20……いえ、40体は居そうですね》
《人であって人ではない者? じゃあ、逆に人間の数は?》
《つい先ほど、外の様子を見に行かれたジェレミアさんと呼んでいた女性と主様、其方に居るアニエスという方以外では生きた人間は一人もいないようです。あっ! 主様、気を付けてください。その内の1体が此方に向かって来ています》
心の中の存在にそう言われた直後、遺跡の入口に居た俺達を何者かが襲ってきた。
瞬時に攻撃を剣で受け止めながら襲撃者を見てみると、それは顔の半分を潰されて生きているのが可笑しいと思われるほどの大怪我をしている衛兵の姿だった。
「何故だ! 何故アンタ達が俺に剣を向けて来るんだ」
だが、目の前の衛兵は執拗に剣を振るってくるばかりで俺の言うことなど聞こえていないようだった。
《主様、この者達は屍人使い《ネクロマンサー》に操られているようです》
《なんとか此れ以上、傷つけずに倒すにはどうしたら良いんだ?》
《屍人使いが魔力によって死体を操っているのであれば、魔法効果を消滅させる古代魔法【ディスペル】が有効になります》
《分かった。【ディスペル】だな》
俺は未だ向かってくる元衛兵に向かって、剣を持ってない左手で【ディスペル】と唱えると次の瞬間には糸が切れた操り人形かのように地面に倒れたまま動かなくなってしまった。
「クロウさん、これは一体何があったんですか? どうして衛兵たちが私達を?」
「どうやら何者かに殺された挙句、屍人使いに死体を操られていたらしい。魔法解除呪文である【ディスペル】の効果で動きが止まった事から間違いないと思う」
「死人を冒涜するだなんて…………なんて酷い事を」
「此処で待つようにジェレミアさんに言われたけど心配だ。こんな奴等にやられるほど、弱くはないと思うけど」
「私も行きます。逆に此処で待っている方が怖いですから」
「分かった。俺から離れるなよ」
「はい!」
そしてアニエスを連れて衛兵たちがキャンプしていた場所まで行くと、其処にはジェレミアさんが左肩から右足に、右肩から左足に其々黒い紐のような物でX字になる様にして地面に縫い付けられていた。
傍には俺達を襲って来た衛兵のようにどう見ても生きてはいないだろうと思われる大怪我を負っている衛兵や、遺跡の入口に転がっていた白骨死体などが虚ろな目で地面に縫い付けられているジェレミアさんを見下ろしている。
更に其処から少し高いところには魔術師のローブを着こんで、杖を手にしている白骨死体が、カラカラと音を立てて笑っている。
《主様、アレがこの方達を操っている屍人使いのようです。あの者を無力化すれば、事態は収まります》
《よし、分かった》
俺は他の死体兵に見つからない様にして瞬時に骸骨ネクロマンサーに近づくと【ディスペル】でネクロマンサー自体に掛かっている魔力を打ち消した。
すると途端に骸骨ネクロマンサーや骸骨兵、ジェレミアさんの動きを封じていた衛兵の死体などが一斉に地面に倒れ伏してゆく。
更にジェレミアさんを縫い付けていた黒い紐も消滅した。
「クロウがやってくれたのか。正直助かった」
「怪我は…………無いようですね」
「倒しても倒しても起き上がってくる相手に為す術もなく、反対に倒されてしまったんだ。此奴等は一体なんだったんだ?」
「どうやら其処の骸骨が屍人使いだったようです。その本人(?)も何者かに操られていたようですが」
「では、その事も含めて報告せねばな。馬車は使えそうか?」
「えっと……はい。御者は既に殺されているようですが、馬車は使えそうです」
「では御者席には私が座ろう。用意が出来次第、王都に向けて出発だ」
そうして、その30分後に野営地を出発した俺達は王都に向かって馬車を走らせるのだった。