第47話 炎の罠
遺跡に入って直ぐの、多数の犠牲者を出した槍が飛び出る仕掛けを解除した俺達はその後、2時間ほどかけて通路の端から端までを隈なく調べながら、地の底まで続いているんではないかと思われる長い螺旋階段を1歩ずつ慎重に歩んできた。
因みに俺が古代魔法である【マジックウェポン】を使用できた事に関しては、本を読み漁っていく間に何時の間にか覚えていたという事にしてある。
当然、こんな言葉で古代専門の学者であるアニエスが納得するはずもないのだが、ジェレミアさんの『隠したがっている事を根掘り葉掘り聞くものではない。アニエスとて聞かれたくない事はあるだろう?』という窘める言葉によって何とか事態の悪化は免れることが出来た。
そのジェレミアさんも罠を解除させるために使用したロングボウを消す時に残念そうな顔をしていたが。
やがて螺旋階段を下りてきた俺達の目の前には5m四方ほどの大きさがある、壁に幾つものランタンがぶら下げられている、それ以外に何もない空間が広がった場所まで残り5段という位置にまで辿り着いていた。
そして目の前の空間から10mほどの、床に水が張ってある細い通路を抜けた先に目の前の空間より更に広い場所にある本棚に沢山の書物と、壁に光るものが埋め込まれているのが見受けられる。
どう贔屓目で見ても何らかの仕掛けがある事は明白なのだが、興奮したアニエスが俺やジェレミアさんの静止も聞かずに一足早く床に降り立つと、何の躊躇もなく怪しげな通路へと足を踏み入れてしまったのだ。
「ま、待てアニエス! 何処にどんな罠が仕掛けられているか分からないのに、1人で先に行くな」
『ゴオオォォォォーーーー』
アニエスは俺の声に反応して通路を2mちょっと進んだところで足を止めたが、時既に遅く、侵入者を探知した恐ろしい罠が動き出し始めていた。
アニエスが立っている場所を挟むようにして前後に火柱が立ち上がり、侵入者を焼き殺そうと迫ってきている。
「えっ! えっ!? えーーーー!! 助けてくださぁい」
「ちっ」
アニエスの助けを求める声に俺の隣で事態を見守っていたジェレミアさんが逸早く躊躇なく炎の中に飛び込むと、次の瞬間には身体が所々燃えている2人が床を転がりながら目の前に飛び出してきた。
2人が外に出た途端に通路を埋め尽くしていた炎は瞬く間に消えて、其処には以前と同じように床に水が張ってある状態に戻っていた。
「クロウ! すぐにアニエスの治療を」
「は、はい。其処に寝かせてください」
全身を鎧で固めているジェレミアさんは顔とむき出しになっている手にほんの少し火傷を負っただけで済んでいるのだが、問題はアニエスの方で顔や腕、足などが見るも無残に焼け爛れていた。
「先ずは熱を帯びている身体を冷やさないと【ウォーラ】」
俺は水の魔法を使って10分近くルディの身体を万遍なく冷やすと、次にジェレミアさんに協力してもらって、アニエスが着ている服を慎重に剥いて行く。
「アニエス、ゴメン。服を脱がすよ」
俺は最初に倒れて意識のないアニエスに謝ると、既に灰になりかかっている学者服を脱がせて患部を露わにする。
その結果、服に覆われていた胴体部分の火傷は大した事がないものの、両腕両足が関節の付け根から黒く焼け焦げていたのだった。
「【ヒール】」
アニエスは女性なんだからという事で痕が残らないようにしたいと思いながら高魔力で治療呪文を行使した結果、魔法を使い始めてから1時間近くが経過したころには遠目で見る限りではあまり痕が目立たないまでには治療することが出来た。
次にジェレミアさんを治療しようとしたのだが、ジェレミアさん曰く『こんなもの怪我の内に入らない』との事で治療を受けてはもらえなかった。一言に小さな火傷とはいっても細胞が壊死したら大変な事になってしまうと、口を酸っぱくして説得を続けた結果、渋々といった表情で何とか治療に応じてくれた。
その後、1時間ほどして目が覚めたアニエスをジェレミアさんが『迂闊な事をするな』と叱りつけると、自分でも反省をしているのかショボンとした表情で素直に謝罪していた。
因みにアニエスは既に下着姿ではなく、ジェレミアさんが鎧と素肌の間に身に着けていたローブを着込んでいる。
アニエスは当然、気を失う前と現在とで服装が異なっている事に気が付いて説明を求めてきたが、火傷を治療するために俺が脱がした事を伝えると、頭から湯気が出るんではないかと思うほどに顔を真っ赤にして俺の目を見る事のないまま、感謝の言葉を口にして来た。
「火傷の治療をしてくれた事に関しては素直にありがとうと言わせて頂きます。それと何かあったら責任を取っていただきますからね?」
「何の責任だ。何の…………」
「はははっ、責任重大だなクロウ」
「ジェレミアさんまで、そんな事を言うんですか?」
そしてそんなやり取りから30分が経過したところで、改めて炎が噴き出す通路の前へと立った俺達は入口の槍の罠の時と同様に、何処かに罠を解除する仕掛けが無いものかと隅々まで調べたが、何処にもそのような物は見つけられなかった。
ただ調べて分かった事といえば、この罠は通路に足を踏み入れた何者かの体温に反応して炎が噴き出る仕組みになっているようだ。
従って罠を調べようとして、其処らへんに転がっている石を通路に放り投げても罠は作動しなかった。
「一気に走り抜けられると思うか?」
「入口の罠と比べて範囲が狭いので出来なくはないと思いますが、通路を抜けた先に別の罠がないとも限らないので此処は慎重に行った方が良いと思います」
「別の罠ですか?」
「たとえば、炎の罠を無事に抜けて安心しきったところで床が抜けたりとか、天井から槍が降ってきたりだとか、将又俺達が考え付かないほどに悲惨な罠が待ち受けていないとも限らない」
「そ、それは怖いです」
「かといって慎重に炎の中を歩いて行くわけにも行かないだろ? それとも何か手立てがあるのか?」
「ない事も無いのですが……」
「なんだハッキリしないな。方法があるのであれば試してみれば良いではないか」
「先に使っていた【マジックウェポン】と同様の古代魔法である、属性呪文から身を守る【マジックシールド】という魔法があるにはあるのですが、身の回りに俺以外の魔術師が居なかったことから本当に防げるかどうか、炎の罠にも対応できるかどうかが心配なんです」
「対応できなかったら?」
「先ほどのアニエスと同じように、重度の火傷を負うと考えられます」
「だが、こうしていても始まらないだろう。一か八かやってみたらどうだ? 思い起こせば槍の罠を解除するためにも古代魔法を使わねば成らなかったのだから、此処でも古代魔法を使わなければ先に進めないのではないか?」
まぁ、確かに説得力はあるか。遺跡も古代に作られた物なら、罠を解除するのも古代の魔法が必要という事か。
「分かりました。やってみますので、もう少し俺の傍に来てください」
俺がそう言うと、ジェレミアさんとアニエスの2人は、もう少しで肌が密着するというところまで近づいてきた。
アニエスの興奮した息遣いが何とも…………って何を考えているんだ俺は!?
「じゃ、じゃあ行きます。【マジックシールド】」
そう唱えた次の瞬間、俺を中心として半径1m程の虹色をした膜が周囲に出現した。
「これがあれば、槍の罠も潜り抜けられたのではないのか?」
「残念ながら、そう上手い話では無いんですよ。罠の炎に対応するかどうかは分かりませんが、剣や槍といった物理攻撃に関しては何の防御力もないんです。それどころか、対象を目視する事に可也難があるので、そのままでは危険です」
「なるほどな。では改めて行こうか」
「覚悟を決める時ですね。3人揃って黒焦げの焼死体になるか、無事に通り抜けられるか2つに1つ」
「ひっ!?」
アニエスが俺の言葉に拒否感を示したが、ジェレミアさんが俺から距離が空かないようにと抱きしめているので逃げられない。
俺はその様子に苦笑しながらも意を決して炎の罠の中へと飛び込んだ。
その瞬間、何処かから炎が噴き出る『ゴォッ』という音が聞こえてくるが、【マジックシールド】の結界の中に居る俺達には何の熱さも息苦しさも感じられなかった。
そして炎の罠の通路を通り抜けられたところで、何者かに切りかかられるといった事態に遭遇しているのであった。