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第2話 現代社会に別れを告げて

お待たせしました。

この次の話から愈々、異世界となります。

『自殺』『誤解』のやり取りから可也の時間が経過して、やがて地平線が微かに明るくなってきた頃、窓の外の少女が何かを思いついたかのように軽く微笑んだ。


「そうだ! どうせこの世界に飽き飽きしているなら、別の世界で暮らしてみませんか?」

「別の世界って?」


その発言があった後、流石にいつまでも20階の高さがある窓に座ってられないので、謎の空飛ぶ少女とともに自分の仕事場である個室スペースに移動して、インスタントコーヒーで少女を持て成した。


「ありがとうございます。頂きます」

「さっきの話に戻るけど、別の世界だっけ? ファンタジー小説で定番ともいえるアレの事か?」

「小説という物を読んだことが私にはないので其処の所は良く分かりませんが、恐らくは貴方の考えている内容でほぼ間違いないかと思います。それに今なら特典として幾つかの能力を持たせてあげれますが如何でしょうか?」


何処ぞのテレビショッピング的な物言いで『今なら此れらがセットでお買い得』な言葉を投げかけてくる謎の少女。


「そもそも、君は一体誰なんだい? 空中に浮かんでいる時点で普通の人間ではないと思うんだけど」

「あ、申し遅れました。私はこの世界を担当している、冥界案内人のヘルと申します」

「冥界案内人って?」

「簡単に言えば、死神ですね」


少女は猫舌なのか、両手で持ったマグカップにフゥフゥと息を吹きかけながら、とんでもない事を言い放った。


「死神ィィィィ!?」

「あーーーー! なんですか、その化け物を見たかのような顔は」


少女が自分の事を死神と自己紹介した時は大いに驚いたが、先ほどのやり取りを思い出す限りでは俺の魂を迎えに来たという事ではないようだな。


「さっきの俺が自殺しようとしていると勘違いして、止めようとしてくれた事を考えると俺を迎えにきたという訳ではないんだな?」

「勘違いした事は謝罪いたしますが、あのような事をなさっていれば誤解も已むなしかと思いますが?」

「だから俺は何度も言っていただろ。窓の外に悪戯で貼りつけられていた定期を剥がそうとしていただけだと」


その問題の定期はヘルと名乗った目の前の少女によって窓から剥がされ、テーブルの上に置かれている。


「それはそうと、さっきの話の『別の世界に行かないか?』というのはどういう事なんだ?」


俺は少女の目の前にあるカップに、新たなコーヒーを注ぎながら先ほどの事を聞いた。


「其れを説明するには、少し話が長くなるのですが宜しいですか?」


さいわいにも今日は土曜日で会社は休みなので時間は腐るほどある。

家に帰って眠りたいところだけど、始発の電車まではまだ可也の時間があるし、強いて言えば一晩中起きていたので酷い眠気があるという事だけだな。


「あ、ああ、頼むよ」

「分かりました。私も人伝に聞いて来たことなので、それほど詳しくはありませんが。事の始まりはこの世界の神様と別次元の神様達との会合にありました。その席で、この世界を管理しているゼウス様が……」


と少女が話し出して暫くしたところで俺の身体も我慢の限界が訪れたのか、凄まじい眠気が襲いかかり、俺を強制的に夢の世界へといざなわれた。


「…………っという訳で異世界に行ってくれる方を探しているんですが……って人が一生懸命説明しているっていうのに、なんで寝てるんですか!?」


死神の少女ヘルが説明しだしたところで強烈な眠気により意識を飛ばしてしまった俺だったが、彼女の話は睡眠学習という形で俺に伝わっていた。


「あ~~あ、よく寝た。それで? その異世界行きの返事は直ぐにしないと駄目なのか?」

「あ、聞いてらしたんですね。出来れば返事が早い方が私的には嬉しいのですが、突然の事で考える時間が必要でしょうから、1日だけ時間を差し上げます」

「もし1日考えて、異世界行きを断ったらどうなるんだ?」

「その時は貴方の昨夜の記憶を此方の都合の良い様に書き換えて私に出会った事を忘れさせ、此れまでと何も変わらない生活を延々と寿命が尽きるまで続けていくだけですね」

「そうか……」

「決心がつきましたら、此方まで御電話してください」


少女はそう言いながら、懐から11桁の番号が書かれた紙を取り出して俺に手渡すと『良い返事を待っています』と言い残して空間に溶け込むかのようにして姿を消した。


「偶然手に入れた、異世界への片道切符か。とりあえず、後片付けをして帰るとするか」


俺は定期入れを探すために散らかしてしまった社内を1時間かけて綺麗にしたあと、社員証兼カードキーで戸締りをして家路についた。


それから最寄りの駅から電車に乗って30分、俺は10畳一間のボロアパートに帰ってくると、部屋の片隅にある仏壇に手を合わせてから、遅めの昼食としてカップラーメンを作って啜っていた。


両親が交通事故で亡くなる前までは、ごく普通の50坪ほどの庭付き一戸建ての家に住んでいたのだが両親が亡くなった途端、自称母の古い親戚と名乗る中年男に土地と家の権利書を奪われてしまったため、小さい頃から貯めていた貯金を使ってアパート暮らしを始めたのだった。


「なぁ親父、お袋、俺は如何したらいいと思う?」


ラーメンを食べ終えた俺は仏壇の位牌と一緒に飾ってある両親の写真に問いかけていた。


「俺は正直、こんな世界には何の未練もないんだ。親父たちが交通事故でこの世を去ってから、名前も顔も知らない自称『遠い親戚』達から親父が折角俺のためにと残してくれた財産も土地も根こそぎ奪われてしまったし、会社の上司も自称『遠い親戚』以上に腐っている奴等ばかりだし…………って考えるまでもない事か、親父もチャンスはモノにしろって何時も口癖のように言っていたしな」


俺は会社で死神の少女から渡されたメモを手に、携帯電話を操作した。


「唯一の心残りは二度と墓参りが出来なくなることだけだな。まぁ、それは海外に居る親父の親戚が何とかしてくれるだろ」

「はぁ~い、死神ヘルです」

「あ、俺だけど、異世界に行くことにしたから手続きよろしく」

「えっと、さっき別れてから5時間ほどしか経ってないけど本当にいいの? もう2度とこの世界には戻って来られないんだよ?」

「ああ、分かってる。もう決めたんだ」

「…………分かった。じゃあ、今夜零時丁度に其処に迎えに行くから待ってて。あ、それと、その時に異世界に持っていく特殊能力を決める事になるから考えておいて」

「特殊能力?」

「そう、例を言うとすると身体能力の向上とか、そういう物ね」

「その能力とやらは何個まで決めれるんだ?」

「えっと、一寸ちょっと待ってね。…………人選の資料によると、5個までなら可能という事らしいわ」

「分かった。今夜零時だったね? それまでに決めておくよ。家の場所は分かる?」

「うん、それは大丈夫。この電波を逆探知すれば住所が割り出せるから」


少女がとんでもない事を言っていたような気もするが、俺は其れだけを確認すると電話を切り、次に固定電話で海外に居る親父の親戚に国際電話を掛けて、もう二度と墓参りが出来なくなる事を伝えた。

当然、その理由を問い質されたが何も口にしないままで電話を切り電話線を切断、更に携帯の電源もOFFにする。


そして、やる事をやり切ったところで特典内容を決めるべく、確実に300冊以上のファンタジー小説が置かれている本棚へと足を進める。

300冊以上もの本の中から各シリーズの1巻だけを抜き取ると、最初のページであるプロローグから第1章までだけを限定して目を通してゆく。


「異世界に必要な能力か。ファンタジーの定番ともいえる『不老不死』とか『不死身』の能力は流石に危機感が持てなくなるから却下するとして。どうせ異世界に行くなら魔法を使いたいから1番目は『魔法』だな。長々と詠唱している時に魔物とかに襲われると厄介だから『詠唱破棄』が2番目で、後はゲームの世界じゃないけど、20Kgの鎧を身に纏って片手に10kgの盾を持ちながら、30kgの剣を振り回せなんて無茶苦茶な真似は出来ないから『身体能力の強化』も必要か。それと…………」


俺は約束された零時を迎えるまで、部屋の中で買い置きしてあった菓子パンを片手に持ちながら只管ひたすら本の虫と化していた。

そして、時は運命の午前零時を迎える。


「約束通り迎えに来たよ♪ って何やら凄い事になってるね」


零時丁度に何処からともなく現れた、死神の少女ヘルは脇に小型のノートパソコンを持って、数百冊の本に生き埋めとなっている俺を呆れたような表情で見下ろしている。


「はぁ、異世界に送る前に本に潰されて圧死して死後の世界に送られるなんて、笑い話にもならないから」

「反省してます」

「それで? 持っていく能力を聞きたいんだけど、考えは纏まった?」

「ああ、俺が欲しい能力は【魔法】、【詠唱破棄】、【身体能力の向上】、【その世界に存在している、ありとあらゆる言語能力】、【記憶能力】の5つにした」

「【魔法】はわかるけど【詠唱破棄】っていうのは何?」

「【詠唱破棄】は発動スペルさえ分かれば、使えるという物だよ。魔物に襲われている最中に長々と詠唱している余裕はないからね」

「【言語能力】と【記憶能力】っていうのは?」

「別世界に転送されて、言葉が通じない物ほど不便なものはないから。出来れば、自分に都合が良い翻訳と問題なく其の言葉を発言出来るようになれば良いかなと思って。【記憶能力】は一度見た本の内容を忘れないようにする為かな」

「なるほどね。【不老不死】とか【不死身】とかの能力は要らないの?」

「其処までしたら、冒険する楽しみが無くなってしまうから要らない」

「そう」


少女ヘルはそう言うと、見たこともない文字をパソコンの中へと打ち込んでいく。

時折、『あ、打ち間違えた』とか『魔力の設定はこんな物で良いかな』っていう言葉が聞こえてくるが、多分大丈夫だろうと思いたい。


「これで完了っと。キミの望んだ能力は無事に認証されたから、何の心配もなく向こうに行けるよ」


俺的にはアンタのさっきの行動が一番心配なんだけど…………。


「世界を繋ぐ準備はもう出来てるけど、直ぐに出発する?」

「ああ、頼む」


俺は午前零時を迎える前に、動きやすい衣服ジャージに着替えていたので二つ返事で頷いた。



少女は俺が肯定した事を確認すると、何処からともなく取り出した黒い鎌で目の前の空間をおもむろに切りつけたかと思えば、次の瞬間には七色に輝く空間の裂け目が出現していた。


「此処から別世界に行けるよ。この裂け目を抜けた向こう側に別世界の事を説明してくれる人がいる筈だから、詳しくはその人に聞いてね」


俺は最後に、慣れ親しんだ部屋と、本棚の上に置いてある家族の写真に別れを告げて、意を決して七色の裂け目へと飛び込んだ。


「あ!? そんなに急いで行かなくても…………って行っちゃったか。それにしても凄い数の本だね。持ち主もいない事だし、貰っちゃってもいいかな? 良いよね、ね?」


そして俺はこの世界から完全に姿を消した。


何故か、部屋に置かれていた327冊の小説本も無くなっていたが。


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