第43話 犠牲者
イディアが自分自身を囮に使ってゴブリン数体を誘き寄せてから凡そ30分後、俺達は態と道案内とばかりに深い傷を負わせた状態のゴブリンが流した血を追って、一つの洞窟の前へとやって来ていた。
洞窟の入り口手前には此処まで来て力尽きたのか、脇腹に出来た傷口から夥しいほどの緑色の液体を噴出して息絶えているゴブリンの姿があった。
「ここが此奴等の巣穴か」
「私たちの目の前で死に絶えているゴブリンが、其の身を犠牲にして騙そうとしていない限りはそうでしょうね」
「そこまで知能があるような魔物だとは思えないんだが…………入ってみれば分かる事か。それにしてもこんな場所に巣を作ってるなんてな。案内役が居なければ、一向に見つけられなかったな」
其処は最初に俺達が立っていた場所から山を1つ回り込んだところにある洞窟だった。
上から見れば何の変哲もない崖、下から見ても乱立する木々が邪魔で洞窟の入り口は見えづらい。
まさに秘密の場所とするには御誂え向きな場所である。
「さて此処からが本番だ。洞窟内は見たところ真っ暗闇だし、何処から襲ってくるか分からないから慎重にな」
俺は【ファイア】を唱えて、イディアが持っていたランタンに火を灯すと、比較的広い洞窟内を横に2人並んで進むことにした。
洞窟内の微かな物音、所々にある窪み等を過剰なほどに注意して進んでいくと、入口から約200m進んだ所でだだっ広い場所へと辿り着いた。
手に持っているランタンでは、とてもこの広い空間全部を照らすことが出来ないと思った俺はランタンを一旦イディアに預け、【シャイニング】の魔法を空間の中央付近に放り投げる。
「嫌な記憶が蘇りそうだわ……」
恐らく、俺がドラグノアギルドで『魔術師です』と言った時の事を思い出しているんだろう。
ギルドの時の様に強烈な光を直視しない様に腕で視界を遮りながら空間全体を見回すと、其処には岩肌でゴツゴツした地面に俯せに倒れている裸に近い恰好の女性が2人と、それに群がりながら目を抑えている緑色の生き物が20体前後。
更にこの空間に通じている道は俺達が進んできた道1本のみで此処を俺達が抑えている以上、ゴブリンの逃げ道は何処にもなかった。
俺は【シャイニング】の光が洞窟内を照らしている間にと腰から剣を引き抜くと、未だに目を抑えて蠢いているゴブリンを一体ずつ屠っていき、遠くに居るゴブリンを少し出遅れたイディアが手に持った弓で一体ずつ正確に打ち抜いてゆく。
「これで最後! っと倒れている女性の様子は?」
「暗くてよく分からないわ。もう1回、さっきの魔法を使ってみて」
「分かった。でも直視しない様に気を付けて」
光に注意するよう声を掛けると、俺は再度【シャイニング】の魔法を唱えた。
そして洞窟内に再度明かりが灯ると、イディアは倒れている裸の女性に、俺は来た道から他のゴブリンが襲ってくる事を考えてイディアに対し背を向ける格好となっていた。
「こ、これは! うっ!?」
やがて女性を抱き起したイディアから何やら吐き気を催すような声が聞こえてきたかと思えば、イディアは女性をそのまま地面に伏せて俺の方に歩いてくる。
「どうしたんだ?」
「2人とも既に亡くなっていたわ」
「くそっ! 俺達がもう少し早く来ていれば……」
「いいえ、死体の損傷から見ても大分前に亡くなっていたと思われるわ。それに此処に倒れているゴブリンの口元を良く見て。何かに気付かない?」
「そう言えば、ゴブリンの血は確か緑色をしていた筈なのに、奴等の口元は赤く染まってるな。まさか!?」
「そう……コイツ等は屍肉を食べていたのよ」
「糞が! それで如何する? 遺体を持って帰るのか?」
「いえ、あの状態から見て何処の誰かは分からなかったわ。ゴブリンの討伐証明だけ切り取って此処を出ましょ」
「分かった」
そう言って俺達は此処で倒れているゴブリン全てから耳を削ぎ取ると、既に亡くなっている女性2人に対して静かに手を合わせると洞窟を後にした。
そして洞窟の外で息絶えているゴブリンから耳を切り取って洞窟の中へと放り投げると、地盤が緩んでいたのか俺達が離れて数秒も経たないうちに洞窟全体が跡形もなく崩落した。
「ゴブリンは倒す事が出来たけど、攫われた人を助ける事が出来なかった。これは依頼失敗か?」
「いいえ、私達に課せられた依頼はゴブリンの討伐のみ。攫われた人の安否までは示されていない」
「そんな言い方って! あ、いやゴメン…………」
俺はそんな冷たい口調に納得がいかず、そっぽを向いていた彼女の肩を掴んで力任
せに振り向かせると、イディアの眼からは涙を流したような痕が白く薄らと残っていた。
「私の先輩冒険者だった人から、冒険者のランクが上がれば上がるほどに人の死に直面する確率が多くなると聞かされていたわ。私もこれで2度目になるけど、そんな割り切る事は出来ない」
「先輩冒険者だった?」
「グスッ…………わ、私がまだ駆け出しの冒険者だった頃に一緒にパーティーを組んでいたのだけれど、私を魔物から庇おうとして命を落としてしまわれて……」
「そうか。辛い事を思い出させてすまなかった」
「クロウが謝る事はないわ。私が勝手に話し出したんだし」
その後、すっかり辺りが暗くなったということで洞窟があった場所を背にして、今日は此処でキャンプを張って休むことにした。
翌朝、朝食を終えて街へ向けて出発する直前に、再度洞窟があった場所の前に来た俺は再度手を合わせた。
「自らを死に追いやったゴブリンと共に埋められてあまり良い思いはしないだろうけど、どうか許してくれ」
「何してるの?」
「いや、最後に犠牲となった人たちに間にあわなかった事を謝罪してから帰ろうかと思って。もしかしたら俺達が今の依頼を受ける前に既に亡くなっていたのかもしれないけど、せめて誰にも誰にも別れを告げられないままに天国に行くのは可哀想だと思ってね」
「優しいのね」
「さてと、それじゃ帰るとするか」
「あ、待ってよ~~~」
『ありがとう……』
俺は荷物を纏めて背中に背負い、歩き出そうとしたところで何処からともなく人の声が聞こえたような気がした。
「ん?」
振り返って見てみるも当然其処には誰もおらず、横に立つイディアが怪訝そうな顔を浮かべているだけだった。
「どうかした?」
「う~ん、きっと気のせいだろ」
その後、来た時と同じように1日半かけてギルドに戻った俺達は後味の悪さを味わいながらも無事に報酬を受け取り、俺はイディアと同じDランクへと昇格した。
因みにギルドで依頼完了の報告時に攫われた人を残念ながら救出する事は出来なかったと報告したが、ギルドの担当者は顔を一瞬顰めただけで、一言も俺達を責めるような事を言わなかった事にホッとした。