第41話 エリスのその後
俺とイディアを脅した男たちが捕縛されて鉱山送りとなった日の夜、夕食を終えて部屋で休んでいる俺の元へエリスを連れたイディアが訪ねてきた。
聞けばエリスが何やら俺とイディアに相談したことがあると言うので、一緒に食堂に行こうと言うとエリスは首を横に振って否定を示し、部屋に入れてくださいと言ってきた。
男の部屋にしかも夜に来るという事に抵抗があったが、食堂に行こうという俺の言葉に対して頑なに拒否を示したエリスによって、半ば無理矢理に部屋で話を聞くことになってしまったのだ。
イディアが自身の部屋から持ってきたランタンと俺の部屋に元からあるランタンで、何時もより明るくなった部屋のベッドに左からエリス、イディア、その向かいにある椅子に俺が座って話を聞くところに因ると、エリスがこのままの生活ではいけないとの事で、未だ震えが来ている身体に鞭打ってギルドで自分でもできる簡単な依頼を受けて街を出ようとするも、いざ街の外に出ようとすると足が竦んで動けなくなるんだという。
しかも自分を心配して声を掛けてきてくれる街の人たちでさえも怖いと感じてしまうらしい。
「このままお姉ちゃんに甘えてばかりでは駄目だと思ってるんですが、どうしても街から出られないんです」
「この前の出来事がトラウマとなって響いているという事か」
「とらうま?」
「目には見えない心の傷って意味だ。過去にあった出来事で身体が拒否反応を示し、物事を受け付けなくすると言った一種の病気だと思えばいい。目に見える傷とは違い、治すのは難しいとされている」
「それで私は如何すればいいんだろうと思って、お姉ちゃんと私を助けてくれたクロウさんに話を聞こうと思いまして」
「う~ん、解決策と言えなくはないけど街の中で出来る簡単な依頼を熟していくか、冒険者を諦めて街の何処かで働かせてもらうかするしかないと思うけど」
「私も街の中で出来る依頼をと考えて先日、Fランクの街の掃除という依頼を受けて依頼人の元に話を聞きに行ったんですが、どうしても声を掛ける事が出来なくて逃げ帰って来てしまったんです」
「自分以外の街の人たちを怖いと思っている以上は依頼を受ける事が出来ないか。あれ? そうなると俺やギルドの面々はどうなるんだ?」
「日頃から顔を合わすことが多い、商店街やギルドの人たちは怖いと思わないんです。後はお姉ちゃんとグリュードさん、ラファルナさんと私を助けてくれたクロウさんは怖いと思いません」
ん? 聞きなれない名前が出てきたぞ。誰の事なんだ?
「そのラファルナって、誰の事だ?」
「此処の女将さんの事よ。皆、あまり名前で呼ぶ事はないから知らなくても無理はないかもね」
「じゃ明日の朝、俺とエリスとイディアの3人で街の外に出てみようか。それでも駄目だった場合は街の中で依頼を熟すか、冒険者を辞めて何処かで働くしか手は残ってないな」
「ちょっと待って。それじゃエリスと私達3人でパーティーを組むっていう事?」
イディアはそう言って行き成り立ち上がると、何処か心配するような眼差しで妹を見た後、俺に詰め寄った。
「一緒に街の外に出られればの話だけど、エリスをパーティーに加えるのは反対か?」
「エリスにあまり危険な事をしてほしくないという気持ちと、一緒に戦えて嬉しいっていう気持ちが半々に分かれてる」
「エリス自身の気持ちは如何だ? 俺達とパーティーを組みたいと思ってるか?」
「わ、私も、このままじゃいけないって思ってるから…………その時は私とパーティーを組んでください」
エリスは意を決したように両手を膝の上で固く握りしめると、そう言い放った。
「良し。それで、肝心のイディアの考えは?」
「お姉ちゃん……」
イディアはそんな俺とエリスを立ち上がったままの姿勢で見ながら、額に手を当てて溜息をついている。
「もう! 此処で反対なんて言ったら、私が悪者になっちゃうじゃないの。ただし、絶対に無理をしない事が1つと、クロウが言った事を守ることが絶対条件よ。まぁ無事にエリスが街の門を潜る事が出来たらの話だけどね」
「お姉ちゃん。ありがとう」
その後、夜も更けてきたという事で、イディアとエリスの2人が部屋に戻るというので廊下まで見送った際にイディアが『忘れ物』と言い、顔を真っ赤に染め上げながら俺の左頬にそっと口付けをしてきた。
「な、何を!?」
「か、勘違いしないでよね、エリスが立ち直った御礼をしたまでよ。あんな嬉しそうなエリスは久しぶりに見るから。それじゃ、また明日…………」
彼女は其れだけを言い残すと、右手で顔の下半分を隠すようにして先を歩くエリスに追いつくようにして走っていった。
翌朝、エリスとともに朝食を摂っているイディアに挨拶をすると、昨夜の事が未だに尾を引いているのか此方に顔を向けることなく挨拶をして、黙々と朝食であるスープを啜っていた。
時折、『なんであんな恥ずかしい事したんだろ……』という独り言が聞こえてくることから余程堪えていると見える。
当の本人であるエリスもまた、そんな姉の様子を見て首を傾げながら食事を続けている。
それから1時間後、身支度を終えた俺とイディア、エリスは街の門まで後10歩と言うところに立っていた。
エリス自身が街の門から先には出られないと信じ込んでいる事もあり、宿を出たところからずっと目を瞑らせてある。
ごく単純に視覚で今自分が何処に居るかを感じさせないためでもある。
でもま、小さい頃からこの街に住んでいるというエリスからしてみれば意味はないのかもしれないが。
街の門を警備している衛兵にも事前に訳を説明して、声を発しない様にお願いしてある。
俺みたいな一冒険者のいう事を聞いてくれた事自体が怪しいのだが、この街にヴォルドルム卿の馬車で入った事で関係者だと思われているようだ。
現に話しかけようとした時に敬礼されたしな。これにはイディアも吃驚して『クロウは何者!?』って聞かれたし。その後、衛兵とイディアに誤解だと説明して難を逃れたのだが…………。
そして俺もイディアも一言も声を発しないままで、エリスも目を瞑ったままで街の外へ向けて、これまで通りの足取りで歩いて行くのだった。
「ねぇ、まだ目を開けちゃ駄目なの?」
「あともうちょっとだから我慢して。そうだな、30数えたら目を開けて良いよ」
「ホント?」
「ホントホント。ただし不正行為をしない為にも、ちゃんと言葉に出して30数える事。良いね?」
「分かった。1~2~3~4…………」
と此処で俺はイディアに口に出すことなく視線で街の外に出る事を伝えると、何も知らされずに数を数えているエリスと共に街と外とを繋ぐ境界線まで来たとき、其れは何の前触れもなく訪れた。
「……22~23~2……!?」
目を瞑った状態のエリスが街の外に足を1歩踏み出した途端に、いきなり息苦しそうにして苦しみだしたのだ。
「ハァハァハァ……。駄目、これ以上は進めない」
「ごめん、エリス。目を瞑っていれば何とか誤魔化せると思っていた俺が愚かだった」
イディアもそんなエリスの様子を初めて見たのか、手を震わせながら動揺している。
協力を申し出た門を守護する衛兵たちも突然の事で、自分たちが何をすればいいか戸惑っているようだった。
俺は咄嗟に苦しんでいるエリスを御姫様抱っこの要領で抱きかかえると未だ茫然となってしまっているイディアをその場に残したまま、広場のベンチへと連れて行き介抱していると、次第にエリスの呼吸も安定して来た。
その数分後には我に返ったイディアも駆けつけて来た。
結果として『俺とイディアとエリスの3人でなら外に出られるかも』という目論見は泡と消えたのだった。