第40話 愚か者再び……
ギルドでディアスの行動について叱りつけ、尚且つ最後は半ば笑い話として終わらせた俺とイディアだったが、ギルドから外に出て少し路地裏に入ったところで、デリアレイグの時以上の愚か者と出会うことになるのだった。
「おぅ兄ちゃん、随分と羽振りがよさそうだな。俺達に少し恵んでくれや」
「少しと言わず、持ち金全部と隣に居る姉ちゃんで良いぜ」
「お前みたいな弱そうな奴がオークを倒せるわけねえだろうし。あの討伐部位もどうせ、どっかで拾って来たもんだろう? 黙っててやるから分け前よこしな」
思わず出会った瞬間に魔法をぶっ放してやろうかと思うほどの、下卑た笑いを浮かべるツルピカ禿げ頭の髭面の男と、その取り巻きである如何にも的なチンピラが2人。
恐らくは、俺とイディアがギルドでオーク討伐の報酬を受け取ったのを見ていたのだろう。
通りを歩く、街の人たちも『また、あの穀潰し共が騒ぎを起こしてる』といった風な目で男たちをみているが、禿げた男に付き添っているチンピラ風の男が睨み付けながら近寄って行くと、我関せずと言った具合にそそくさと立ち去ってしまった。
俺はこの3馬鹿に聞こえないようにして隣で顔を顰めているイディアに、小声でそっと話しかけた。
「こいつら俺が魔術師だって事、知らないのかな?」
「鎧着て剣を装備してる魔術師なんていないからね。もし魔術師だって分かっててこんな真似をしてるんだったら、救いようのない馬鹿だとしか思えない」
「何、こそこそ喋ってんだ! 金を渡すのか渡さねえのか、どっちだって聞いてんだよ!」
「渡さねえってんだったら、こっちにも考えがあるぜ。ジェレミアに事の真相をぶちまけるだけだしな」
「ギルドを騙して報酬を毟り取ったんだしな」
俺はイディアに被害が及ばない様、背中に隠してもう黙っていられないとばかりに声を大にして言い放った。
「そんな事をすれば、逆にお前達が罰を受けることになるんじゃないのか? それが嫌ならとっとと消え失せろ。そしてもう二度と俺の前に姿を見せるな」
「ちっ、餓鬼がいきがりやがって! 黙って金をだせば良いようなものを」
そう言って髭面の男は背にしていた大槌に手を伸ばし、取り巻きの3人もナイフを手に持った。
俺は傍にいるイディアに『此れから奴等の動きを封じるから、その隙をついて街の門に行って衛兵を呼んできて』と小声で言うと、低姿勢で男たちの足元に狙いを定めた。
ただ、その姿勢を男たちは自分たちに都合よく解釈したのか、にやけながらこう言い放つ。
「なんだ? 今更、謝罪する気か?」
「俺達3人に100,000Gずつ払った上で、地面に手と頭を付けて謝罪するなら許してやっても良いぜ」
「そうか。なら、金の代わりに此れを差し上げよう【ブリーズ】」
俺は低姿勢のままで3馬鹿の膝から下を凍らせるように【ブリーズ】を放つ。
「なっ!?」
「魔術師だなんて聞いてねえぞ」
魔法はほぼ狙い通りに取り巻き2人の膝から下を凍らせて動きを封じ、禿げ頭の髭面の男はしゃがみ込んで俺の事を見ていた為に、腰から下を凍らせる結果となってしまった。
イディアはこの隙に男たちの脇をすり抜けて、俺の指示通りに街の門の方向へと走っていった。
「さて、俺に散々くだらない事を言ってくれたよな…………覚悟は出来てるか?」
腰の剣に手を添えながら近寄っていくと先程までの威勢は何処に消えたのか、氷漬けにされて動かない足を叩いたり引っ張ったりしながら何とかこの場から逃れようとする3人が目に入る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺たちが悪かった、何でもするから見逃してくれ」
「ん~? さっきまでの威勢は何処に行ったんだ? 目の前に居るのは、お前らが言っていた弱そうな餓鬼だろ」
「あんたが魔術師だなんて俺たちは知らなかったんだ」
「だから? それで許してくれなんて言わないよな?」
「ヒイッ!?」
「そういえば、俺ごときにオークが倒せるわけないとか言ってったけ。なら、オークを倒した魔法をその身に受けてみるか?」
俺はそう言うと【ファイア】を唱えて掌に火の玉を浮かび上がらせると、それを維持した状態で男に近寄る。
実際にオークを倒した時は【ウォーラ】と【サンダーレイン】だったのだが…………。
髭面の男はその瞬間に、下半身を凍らされているためか恐怖からかは知らないが、身体をガタガタと震わせて目を見開いて涙を浮かべていた。
俺とて街の中で人を焼き殺したくはないので本当に打ちたくはないのだが、今まで散々暴言を吐いてきた男たちを懲らしめてやりたい気持ちで一杯だった。
が、タイミングを計っていたかのように丁度そこに2人の衛兵を連れたイディアが到着してしまった。
連れてこられたこの衛兵も事態をあまり理解できなさそうな顔をして互いに顔を見合わせていたが、イディアからの証言もあって男たちは後ろ手で縛られて城に連行となってしまった。
男たちは手に縄を掛けられる際も特に暴れる事はなく、逆に衛兵が命の恩人とばかりに涙を流して喜んでいたという。
その後、俺達も関係者との事で城で一寸した聴取を受けて宿に帰ると、早速グリュードさんにからかわれる事となってしまった。
「クロウ、奴等を魔法で痛めつけたんだって? あ~あ、俺も見たかったぜ!」
「今さっきの事を如何して知っているのかは兎も角として、なんであんな奴等をのさばらせて置くんだか」
「奴等みたいに街のモンを脅すだけなら、罰金だけで済ませられるんだよ。脅された方も後の仕返しが怖いから、大っぴらに証言が出来ないってことだな」
「今回は相手が悪かったとしか言えないわね。知らなかったとはいえ、魔術師に喧嘩をうってしまったんだから」
と此処で奥の調理場で作業をしていた宿の女将さんも、俺たちの話に加わってきた。
「それに聞いた話じゃ、それまで泣き寝入りしていた街の連中も挙って証人になったって言うんだから、其れ相応の罰金刑が科せられるだろうね」
「もし罰金が払えない額だったら?」
「鉱山で罰金分の強制労働ってことになるわね。ただ凶悪犯罪者ってわけじゃないから、魔法の刻印はうたれないけど」
「誰かから金を借りるって事も出来る事は出来るが、アイツらに金を貸す奴等なんて居ないだろうしな」
その後、これを機に泣き寝入りする事となってしまった街の住民、約30人ほどからの証言で髭面の男に罰金として500,000Gが、取り巻きの2人は其々250,000Gが科せられた。
そんな大金を持ち合わせていない男達は、街中を駆け回って金を貸してくれそうなところを探すが、当然自分達を脅していた奴等に金を貸してくれるところは何処にもなく、金を貸す商売をしている者でさえも返す当てのない男に金を貸すほど馬鹿ではなかった。
そして期日までに罰金を払えなかった男達は、犯罪者護送用の馬車に乗せられて鉱山送りとなってしまったのだ。
鉱山についてからも幾度となく脱走を試みた男達は、その都度罰金を加算されて長い鉱山生活となってしまったとイディアの知り合いの騎士から人伝に耳に入ってきた。