第38話 オークの集落
1日目のお互いの身の上話を暴露しあった日、俺とイディアは見張りと睡眠を交互に繰り返しながら朝を迎えた。
翌朝、日の入りとともに目覚めて簡単な食事を摂ると、討伐目標であるオークロードが出没しているという場所へと向けて歩き出した。
そして歩き出して3時間近くが経過した頃、歩んできた地面が平原から岩場に変わったところでオークの集団と出くわしたのだった。
俺よりも頭一つ分身長が低いオークは猪のような顔をした、ずんぐりむっくりな体型をしている。
それが所狭しと目で見える範囲に20体を超えるオークが、周囲を警戒するような動きで歩き回っているのだ。
「このオークの集団の何処かに、リーダー的存在のオークロードがいると思うんだけど…………」
「いないな。オークはいつも集団で行動してるのか?」
「ええ、それにオークはその見かけから予想も出来ないほどに知識のある魔物。恐らくは配下であるオークに周囲を巡回させて危険が無いかどうかを判断してるのね。もしもオークロードが出現する前にオークを1体でも倒してしまったら、此処に姿を現す事はないと考えて良いわ」
逆に周りのオークを放っておいてオークロードだけを倒した場合はどうなるのかと聞くと、俺の予想では頭が倒された事で散り散りになって逃げだすと思っていたのだが、思っていたよりも義理深い魔物のようで一斉に襲い掛かって来るのだそうだ。
加えてオークロードがいなかった場合は、此処に居るオークの数から言ってCランク相当の依頼になるという事も教えてくれた。
「鈍くて頭も悪そうなイメージがあるんだけど、意外だな」
「それと注意しないといけない事がもう1つ、接近戦になる時は充分注意して。オークロードの一撃は、並みのオークとは比べ物にならないほどに強くて危険だから。それに皮膚が固い事から、其れ相応の武器で攻撃しないと傷一つ付けられないし」
そんな事を話していると、岩場の奥から前後左右をオークで囲まれた、他のオークとは体格が一回り以上もあるオークが姿を現した。
他のオークたちも其れを見た瞬間、一斉に腰を下ろして土下座をするような形で平伏せた。
「出てきたわね。あれがオークロードよ。出来る事なら他のオーク達に気付かれないようにして、オークロードだけを倒すのが一番手っ取り早いのだけれど」
「別に一度に全てのオークを倒してしまっても構わないのだろう?」
「そんな事が出来るの?」
「まぁ、見てて【ウォーラレイン】」
俺はオークが集まっている場所を目で見ると広域型水系魔法【ウォーラレイン】を唱えた。
早い話が雨を降らすという事でしかないのだが…………すぐ隣で見ているイディアも俺が何をしているか分からないといった困惑した表情だった。
しかも都合が良い事に薄い雲が空に広がっている事から、実際に雨を浴びているオーク達もこれが自分たちを攻撃するための物だとは思っていないらしく、逆に恵みの雨として喜んでいる様子だった。
一部のオークは巨大な甕を手に持って、必死な表情で降り頻る雨を集めている。
「オークを濡らして如何するつもり?」
「まぁ流流仕上げを御覧じろってね。此れからする事は巻き込まれると可也危険だから、此処から絶対に動かないでね」
俺はイディアが何が何やら分からないという顔で頷いた事を確認すると、オークロードを含めてオーク全体の身体が雨で濡れた事を確認すると【ウォーラレイン】を解除した。
オークは雨が止んだ事で残念そうな顔をしているが、本番はこれからだ。
「さて、準備が整ったところで仕上げに取り掛かりますか【サンダーレイン】」
俺が【サンダーレイン】を唱えると、ついさっきまで雨を浴びて喜んでいたオーク達の所に雷が雨の様に降り注いだ。当然身体が濡れているので直撃を受ければタダでは済まないし、たとえ雷を避けれたとしても地面が先ほどの雨で濡れて水溜りが各所に出来てしまっている事から、雷の影響を避ける事は到底不可能だった。
目の前に居るオークから断末魔とも聞こえる悲鳴が耳を劈くが、実際に俺が行使している魔法で命を奪っているという事から目を逸らすことは出来なかった。
やがて雷によってオークロードを含めたオーク全体に、こんがり焼き色が付いた事を確認した俺は此処に来て漸く
【サンダーレイン】を解除した。
「これは一体どうなったの? さっきの雨も関係している事なの」
「一部例外もあるけど、水は基本的に雷(電気)を通しやすい物。全体的に先ほどの雨で身体が濡れた時に雷を浴びたところで効果が高まって全滅に至ったというわけ」
そう言いながら倒れているオークを見ていると軒並み黒焦げ状態のオークが倒れている中で、討伐目標であるオークロードだけが微かに身体を動かしていた。
「なんだ、まだ生きてたのか。流石にしぶといな」
俺は咄嗟に手に【マジックウェポン】でボウガンを出現させると、オークロードを後ろから撃って止めをさした。
事前に普通の武器ではダメージを与えられないと聞かされていたが、魔力で作り上げた武器は例外だったようでオークロードの胴体に丸い穴を穿つ事で完全に息の根を止めたのだ。
「魔術が使えるクロウが居る事でオークロードを倒しやすいとは思っていたけど、こんな短時間で終わらせてしまうなんて」
「まぁ長期戦に縺れこむよりは良いじゃない。さ、討伐証明である牙を折ってギルドに帰ろう」
「それはそうと、地面はもう大丈夫なの?」
イディアが恐る恐る濡れた地面に足を踏み入れようとしていたところで、悪戯心を思いついた俺は思わず『わっ!』と彼女を驚かすと…………『キャアッ!?』という可愛らしい悲鳴を上げて尻もちをついてしまった。
此処に来て漸く自分がからかわれていたことに気が付いた彼女は、俺の身体をポカポカと力がまるで入っていない手で叩くと、頬を膨らました状態で声を掛けても反応しないで黙々とオークの牙を回収していくのだった。
折った牙を回収後に数えてみると、オークロードの牙が2本(1体分)、オークの牙が52本(計26体分)と合計で27体ものオークが先ほどの雷で始末されたという事に自分でも吃驚した。
その後、今日のキャンプ時まで彼女が口をきいてくれることはなかった。
口元が微かに緩んでいる事から其れほど怒ってはいないようだったが、キャンプでの見張り交代時に『次にやったら許さないからね』と可愛らしい顔で笑いながら言われた事で何故か胸の鼓動が激しくなり、結局一睡も出来ないままで朝を迎える事となってしまった。
「この気持ちは一体なんなのだろう? 寝ないと明日が辛いのに変に胸がドキドキして眠れない…………」