第1話 謎の少女と遭遇
この話の終盤でプロローグ【後編】の最後と繋がります。
少し(?)分かり辛い話の内容になってしまいました…………。
俺の名は鷲塚 躯櫓鵜。身長175cm、体重75kgという普通体型だ。
母の古い友人が経営している保険会社に勤務する19歳のサラリーマンで、趣味はファンタジー小説を読むこと。
中でも最強物や異世界召喚物というのは大好物で、何回読んでも読み飽きないほどに好きだ。
家族構成はというと、アメリカ人の祖父にイギリス人の祖母、その間に生まれたハーフの親父に純日本人の母がいるのだが、4人とも運が悪いことに俺が高校を卒業したその日に交通事故で他界している。
祖父母と父親が外国人という事もあってか、何処が如何混ざり合ったのか俺の容姿は金に限りなく近い銀髪に対して両目は黒という可也、日本人離れしたものとなっている。
俺の名前である『躯櫓鵜』という漢字は、亡くなったハーフである筈の親父が異常すぎるほどの漢字マニアだったため、無理矢理画数の多い漢字になってしまったという。
その所為で小・中・高校時代のテストでは名前を答案用紙に書くたびに父を恨んだものだ。
こんな中途半端な容姿の所為で学生時代はもとより、社会人になった今でも一寸した……いや酷い虐めを受けている。
仲の良い同僚から聞いた話によれば俺の顔は女性社員の受けが良いらしく、周りは其れを妬んで俺を虐めているようだと教えてくれた。別に好きでこんな容姿に生まれたわけではないんだけど。
その同僚はというと妻一筋なため、周囲の女性にはまるで興味がないらしい。
そして今日も後10分ほどで定時である17時を迎えるという所で、気持ち悪い薄ら笑いを浮かべた上司が大量の書類を持って俺の仕事部屋を訪れた。
俺の職場は社員個人個人が仕事をし易いようにと個別にスペースが区切られ、各々の机の上には個人用としてプリンター1台、スキャナー1台、ノートパソコン1台と内線電話が置かれているのだ。
「鷲塚君、ちょっと良いかね? この書類に書かれているデータの打ち込みを今日中に終わらせて欲しいのだよ」
上司はそう言って、俺の机にA4用紙でパッと見で50枚はあるであろう書類をドンと机の上に積んだ。
「係長、御言葉ではありますが後10分ほどで定時を迎えますよ?」
「だからなんだね? 残業してでも終わらせてくれたまえ」
「しかし、今日は用事があって残業はできないと申し上げたではありませんか!」
係長は俺の言葉にいつものように、腕を組んで考えるが…………。
「う~ん、そんな事を聞いた覚えはないね。じゃ、あとは宜しく。しっかりと戸締りをしてから帰ってくれよ?」
「そんな!? 係長!」
悪びれた様子もなく、後ろ手を振りながら部屋を出ていく。
「くそっ! あの太鼓腹の係長め。地獄に堕ちろ!」
此処5日間、連続して定時10分前の大量のデータ打ち込みが続いている。
しかも、そのうちの2回はなんとか日付が変わる前に終わらせたものの、当日になって必要なくなったとしてクリック一つで削除されている。
「愚痴を言っていても始まらないか。さっさと終わらせて帰らないと…………」
これまでに何回も退職届を書いて、直属の上司である係長に渡しているが何故か社長のもとに届かなかった。
それならと思い、直接社長に退職願を渡そうとしたのだが、俺のような平社員からは直接受け取る事が出来ないと言われ、受理されなかったのだ。
そして残業開始から6時間余りが経過して日付が変わった頃、漸くデータ打ち込みが終了した。
「やっと終わった。明日は休みだし、久々にゆっくり寝れるな」
俺は椅子に座りっぱなしで凝り固まった腰を揉みながら席を立つと係長に言われた通り、すべての部屋を回って戸締りを確認して自分の私物が置いてあるロッカーへと足を運んだ。
だが、そのロッカーで見たものは信じられないものだった。
鍵がかけてあったロッカーは非常時以外持ち出し禁止の合鍵で開けられ、着替えはズタズタに切り裂かれていた。
合鍵がロッカーの扉に刺さったままになっていたのは態となのか、忘れていったのかは分からないが。
内ポケットに入れてあった財布からは中身が抜き取られ、代わりに『ちょっと借りるよ』と書かれた紙が入っている。
更に電車の定期が入っていたポケットには、ワープロ文字で『定期はこの会社の何処かにある。頑張って探してくれたまえ』と書かれた紙が入っていた。
給料前だったので、財布には千円ちょっとしか入っていなかったので被害は少なかったのだが、定期がないと帰る事も翌週の月曜日に出勤する事も出来ない。
「普通、此処までするか? 此れは犯罪だぞ!」
しかも俺のタイムカードは定時で勝手に押されていて、残業はなかったものとされてるし。
俺はやりきれない怒りを心に抱きながら乱暴にロッカールームのドアを閉めると、社内に隠されているというワープロ文字を頼りに定期を探し始めた。
この会社は地上40階、地下5階建ての高層ビルの20階の高さにある一室で、空間自体はそれほど広くはない。
仕事部屋も俺の居た場所を含めて10部屋ほどしかなく、さっきのツルッパゲも同じような部屋で仕事をしている。
俺は手始めに給湯室にある4つのヤカンを調べ、次に清掃用具入れ、ツルッパゲ(係長)や同僚の机、床、壁、引出し、壁に無数に立て掛けられているファイルを虱潰しに探したものの、一向に定期は見つからなかった。
「此処まで探して見つからないとは…………本当に社内に置いてあるのか?」
探し始めてから既に2時間が経過していたが、これ以上探す場所はないという所まで来ていた。
あと探していない所といえば社長室と窓の外くらいのものだが、社長室はセキュリティーパスを持っていないと入れないので探索場所から外しても良いだろう。
「となると残るは外という事になるが、幾らなんでもそれはないだろうな」
俺はそう思いながらも念のためと思い、ブラインドカーテンを上げてみると窓の外に定期入れがガムテープで固定されていた。
今勤めているこの会社は地上20階に位置するという事も有り、転落防止措置として窓のサッシにストッパーがネジ止めされていて、ほんの少ししか開ける事が出来ないようになっている。
俺はやれやれと思いながら窓を開けて手を伸ばすものの、あとちょっとの所で定期入れに手が届かなかった。
「よくもまぁ、此処まで手の込んだことをしてくれるものだ。本当なら此れを外すのには上の許可が必要になるんだけど、今社内には俺しかいないし…………後で分からないように元に戻しておけば良いだけだしな」
俺は戸棚から+ドライバーを取り出してサッシに取り付けられているストッパーを外すと、窓を大きく開けて身を乗り出し、下を見ないようにして定期入れを窓に固定してあるガムテープを外しにかかった。
「い、今が誰もいない夜中で良かった。見る人が見れば、飛び降り自殺でもしようとしていると思われるだろうな。それにしても、剥がしにくいガムテープだ」
会社の目の前のビルは完全に灯りが落とされて、非常灯の赤い光のみがまるで人魂でも見てるかのように真っ暗な空間に浮かんでいる。
その後、窓の外のガムテープと格闘する事、およそ15分。漸く手に取れるというところで思いも因らない事態が巻き起こった。
何と窓の外から俺に話しかけるという、非常識極まりない少女が現れたのだ。
「貴方は一体何を考えているんですか!?」
「えっと? 此処は20階なんだけど…………」
窓の外にはベランダのような物は見当たらないし、かといってヘリコプターの音も聞こえないのでワイヤーで吊り下げているわけでもない。 という事は目の前に居るこの少女は空を飛んでいる?
んな馬鹿な、残業のし過ぎで幻覚を見ているだけだ。うん、そうに違いない。
「分かっているんですか? 自分から命を絶てば、行先は地獄への一方通行しかないんですよ!?」
「いや、俺は何も自殺しようとしていたわけでは…………」
「言い訳しても無駄です。今の状態こそが、動かぬ証拠です!」
まぁ確かに、あと少し身を乗り出せば飛び降り自殺しようとしているように見えなくもないが。
…………って俺は何を非常識な相手と会話しているんだ?
その後は約30分もの間、窓枠に腰かけた状態で謎の少女と押し問答を繰り返していた。
俺が何を言おうと向こうは納得してくれず、只管に生について命についての説教を受けさせられている。
「これだけ言っても、まだ分からないんですか!?」
「だ・か・ら、何回も言うように君の誤解なんだってば!」
そりゃあ、確かに死にたいと思ったことは此れまでに何回かはあるけど…………。