第30話 ドラグノアのギルドマスター
街の入口でセルフィと別れてからギルドで依頼を探そうと立ち寄ったまでは良かったのだが、其処での自己紹介時に俺が魔術を使う事が出来ると言ったことから騒動が巻き起こる事となってしまった。
「この人たちは何時までこんな事をしているのでしょう?」
そう疑問に思う事も当然のことで、騒動が巻き起こってから既に1時間余りが経過しようとしていたのだ。
「クロウさんが原因なんだから、クロウさんが止めてくださいよ」
こう言うのはギルドの1番窓口を担当しているというエティエンヌさんだ。
先程まで聞いていて疲れる喋り方をしていた女性だったのだが、俺が魔術師であると分かった途端に普通の喋り方になったのだ。
「あんな大人数の中に止めに入れと? 魔術を使って別の意味で黙らせても良いのなら出来ますが」
「やめて! ギルドの中で人死にを出す事だけは勘弁して」
この言い方からすると、ギルド以外でなら人が死んでも構わないと解釈されても可笑しくないだろう。
じゃあ如何するかと考えているとエティエンヌの背後に一人の小柄な男性が姿を現した。
「僕が休憩している間に、何やら凄い事になってるね」
「『凄い事になってるね』じゃないわよ。ディアス、貴方ちょっと行って止めてきてよ」
「エティが出来ない事を僕が出来るわけないでしょ。逆なら分かるけど…………」
「それってどういう意味かしら? もう頭に来た。ディアス、魔法玉を貸して!」
「魔法玉?」
「だ、駄目だよ! ギルドマスターが不在の時にあんな高い物使ったら怒られちゃうよ」
「どっちみちこの騒ぎを見られたら怒られるわよ。それに運が良ければ怒られずに済むしね。クロウさんは基本魔術は使えると仰っていましたよね。『シャイニング』は使えますか?」
「『シャイニング』って確か、洞窟とか暗いところで使う照明的な魔術ですよね。問題なく使えますが」
「なら後程、力を貸してください。よ~し! そうと決まれば、とっとと騒動を止めますか」
「しょうがないなぁ…………ちゃんと責任取ってよ?」
ディアスと呼ばれた男性はそう言いながら、机の引き出しから白く発光する直径15cmほどの極一部分に小さな出っ張りがある光り輝く球体を取り出すと、エティエンヌへと恐る恐る手渡した。
「クロウさん、私が合図したら両目を瞑って更にその上から手で覆って。決して向こうを見ない事。いい? 行くわよ」
エティエンヌはディアスから手渡された球体の出っ張り部分を指で押さえると、窓口から身を乗り出して未だ言い争いが続けられている場所の中心部へと放り投げる。
「今よ! 眼を覆って」
俺はエティエンヌに指示された通りに眼を固く瞑り、両手で眼を抑えると次の瞬間騒がれていた方向から悲鳴が聞こえだした。
「まだよ。まだそのままでいて……5、4、3、2、1、0……良し、もう眼を開けて良いわよ」
許可をもらって眼を開けると先程まで騒いでいた人たちは皆、眼を抑えて涙を流しながら悶えていた。
「目が! 目がぁ!?」
「痛ってぇーーー」
「ああああぁぁぁァァァァァーーーー」
事前に回避できたのも居たようだが、それ以外の巻き込まれたのも含めて20人ほどが蹲っている。
足元には先ほどエティエンヌが放り投げたものだろうか、ガチャガチャのカプセルのような物が転がっていた。
「クロウさん、足元に転がっているソレを拾ってください。早く!」
「あ、ああ、コレか…………」
俺はエティエンヌの鬼気迫る表情に違和感を覚えながらも、足元に転がっている球体を拾おうとしゃがみ込んだところでギルド入口の扉が内側にドカンっと勢いよく開かれた。
「今帰ったよ……って何してんだ、お前ら?」
ディアナが登場した時を思わせるような登場の仕方をしたのは、右目をどこぞの海賊を思わせるような眼帯で覆い、身体をビキニの水着に似た鎧で申し訳程度に覆った大柄の女性だった。
「エティエンヌ! ディアス! 此れは何の騒ぎだい。速やかに効率よく説明しな!」
「お、おかえりなさい、ジェレミアさん」
「こ、これはですね。その……つまり……なんと言いましょうか」
エティエンヌとディアスは窓口から身を乗り出して説明しようとするも、恐怖心で舌が回らないのか何を言っているのか全然わからなかった。
しかもこのジェレミアと呼ばれた女性が余程の物なのか、眼を手で押さえて苦しんでいた冒険者たちも仲間の手を借りて壁際まで避難している。
「私の声が聞こえなかったのかい! 効率よく説明しろって言ってるだろ」
女性はそう言いながらエティエンヌ達が顔を出している窓口に近づいていくと、その途中で俺が拾おうとしていたカプセルを蹴飛ばしてしまう。
その時に俺と目があったが、その時は何故皆が恐怖を抱いているのかまるで分らなかった。
「ん? これは…………魔法玉か!?」
「「ひっ!?」」
女性は俺の目の前に転がっているカプセルを手に取ると、その場で握りつぶさんとばかりに力を入れて2人を睨み付けた。
「あんたたち、勝手に魔法玉を使ったね?」
「ご、ごめんなさい」
「ゆるしてください」
「謝って済む問題じゃないんだよ! これ1個で一体幾らするのか、アンタたち知ってんのかい?」
女性の怒気を強めた言葉に今度こそ2人の腰は抜け、腰砕け状態となって床に跪いた。
「やれやれ、話にならないね。アンタたち2人とも、今から反省室に行きな。窓口はそうだねえ……ルディア、それとガッシュ、休憩してるとこ悪いんだけど、2人の代わりに窓口に入ってくんな」
「ふぁ~~~分かりました」
「了解ッス」
女性が『ルディア』、『ガッシュ』という名前を呼ぶと、部屋の奥から男女一人ずつの眠たそうな返事が聞こえてきた。
「悪いね。無理に起こしちゃって」
「どうせ何時もの事でしょ。あの2人に受付を任せると、碌なことにならないんだから」
「給料に少し色を付けてくれれば良いッス」
「考えとくよ。私は今から2人の尋問だ」
俺は自分が当事者の一人である事から責任を感じ、勇気を込めて名乗り出る事にした。
周囲の未だ蹲っている人達は関わり合いを持ちたくないのか、視線を合わせない様にしているようだ。
「あ、あの!」
「ん? 見かけない顔だね。私に何か用かい?」
「お、俺もこの騒ぎの関係者の一人なので、少しは責任があると思いまして」
「ふぅ~ん、そうかい。じゃあ、アンタもこっちに来な」
俺はそのまま、女性とともにギルドの奥にあるという反省室へと足を踏み入れた。
其処には既に先ほどのエティエンヌとディアスの2人が、死刑執行を待つ罪人のような青白い顔で机に突っ伏していた。
女性と共に俺が部屋に入ってきたことで驚いた表情を見せていたが、声を出す元気がないのか女性の存在が怖いのか分からないが一言も発する事はなかった。
「じゃあまずはアンタが何者なのかから聞こうか」
そう言われ名乗ろうとしたところで何故か女性が俺を手で制した。
「おっと悪いね。アンタに名を聞く前に私の事を話すのが礼儀ってもんだね。私はドラグノアのギルドマスター、ジェレミア。現Sランクの冒険者でもある」
「俺の名はクロウです。少し前にデリアレイグの町で冒険者登録をしたばかりのEランクです」
「じゃあ、クロウの簡単な自己紹介と騒動のあらましを聞こうかね」
其処で俺は以前から考えていた事を事実を異世界風にアレンジして話すことにした。