第27話 3人目のエルフ
ヴォルドルム卿に連れられてドラグノアの王である、ヴィリアム陛下に謁見した俺達は其処で、若干のトラブルあったものの、ヴォルドルム卿とヴィリアム陛下との兄弟喧嘩(罵り合い)に巻き込まれたのだった。
「お前の事だ。未だに侍女の尻を追いかけているのだろう?」
「あ、兄上、何も子供の頃の話を此処でぶり返す事はないではありませんか! 其れを言うなら兄上だって……」
俺達が謁見の間に足を踏み入れてから既に30分が経過しようとしているのだが兄弟喧嘩は一向に衰えず、何故か子供の頃に悪態した事にまで話が発展している。
セルフィも最初は驚いていたようだが、言葉が分からないためか謁見の間をウロウロと歩き回っている。
「この国の王がどんな人物なのか心配していたのに…………緊張感が台無しだ」
「そう悲観なさるな。御兄弟が顔を合わす際の伝統行事だと思って頂ければ幸いじゃ」
「えっと貴方は?」
「これは申し遅れましたな。儂は陛下が幼少の頃より世話役として傍に居りました宰相のクレイグと申す」
「あ、俺はデリアレイグからヴォルドルム卿の馬車で此処に来たクロウです。向こうで歩き回っているのは途中、補給のために立ち寄った村で合流したエルフのセルフィです」
セルフィは俺が名前を呼んだことに反応したのか、玉座の裏手から駆け寄り目の前の老人に頭を下げた。
「もしやとは思いましたが、やはりエルフの方でしたか」
「何!? エルフだと?」
ヴィリアム陛下はセルフィがエルフだと聞くと、ヴォルドルム卿との口喧嘩を中断してセルフィの顔にあと10cmほどの距離まで顔を近づける。
『ヒッ!? 嫌ぁーーー!!』
スッパァァーーーン!!
「ぶげらぁ!?」
セルフィはその事に嫌悪感を示し、思いっきり陛下の頬を引っ叩いてしまったのだった。
ヴィリアム陛下はその拍子で頬にセルフィの赤々とした手形を付けて吹き飛ばされる。
流石に王族としての威厳が無いとはいえ、一国の王に手を挙げてタダでは済まされないだろうと思っていると。
「はっはっは。相変わらず女性に対しての扱いがなってないな」
「いつつ……久々にエルヴェ以外のエルフを見て、気が逸っていたようだ。許せ」
吹き飛ばされた陛下はぶたれた頬を手で摩りながらセルフィの前に来ると、王様らしからず頭を下げてセルフィに詫びた。
セルフィも今になって自分が一国の王に手を出してしまったことに気が付いたようで、此方も頻りに謝りながら頭を下げる事で、エルフと一国の王が互いに頭を下げ続けるという変な光景が映し出されていた。
もしも此処に先ほどの嫌味な蝦蟇蛙男がいたら、また面倒臭い事になっていたことだろう。
其れから10分が経過したところで漸く事態は落ち着きを取り戻そうとしていた。
「ふぅ、それにしても此方からの要請以外で兄上が王都を訪れるとは。何かあったのでしょうか?」
「実はな、此処に居るクロウ殿がデリアレイグで魔法を行使したのだ」
「なんと!? では結界が破られたと言うのですか?」
「それも調べてみたのだが、結界には破損どころか罅1つ見つからなかった。それどころか魔法を使った場所が問題でな。驚くべきことに結界が一番強固なギルド施設の中なのだよ」
「信じられん…………これまで数百年もの間、誰にも破られる事のなかった結界の中で魔法を使ったばかりか結界自体に何の破損も見当たらなかったとは」
「其処でだ。帝国が人を思いのままに操るという禁術をクロウ殿に仕掛ける前に、城で匿われているエルフ殿に頼んで防護魔法を行使してほしいのだ」
「分かりました兄上。それじゃ、クロウだっけ? 施術室に案内するからクレイグ爺に付いて行ってくれるか?」
「はい。それと此方のセルフィなんですが、件のエルフに用があって此処まで来たんですが、一緒に付いて行っても良いでしょうか?」
「う~ん、本当はエルフが此処に居る事は重大機密事項なんだけど折角訪ねてきてくれたことだし、特別に許可する。ただし、下手な事をすればどういう事になるか…………言葉に出さずとも分かっているよね?」
先程までヴォルドルム卿と罵り合いをしていたとは思えないほど、真面目な顔になったヴィリアム陛下はセルフィにそう言うものの、当然セルフィは人間の言葉が分からないので、俺が重要部分だけを取りまとめて『エルフに会う事は許可するけど、疑わしき行動をした場合はどうなるか分からないから』と翻訳して話すと、先程の平手打ちの事も効いているのか顔に脂汗を浮かべながら凄い勢いで何度も首を縦に振っていた。
「では此方に…………」
そう言ってクレイグ爺と呼ばれた老人は俺達が入ってきた謁見の間への扉を抜け、来た道を戻るような恰好で階段を下りて馬車が停車した場所まで歩いてゆくと、老人は階段の傍で警護をしている騎士からランタンを受け取って、其処から更に別階段で地下へと降りてゆく。
地下へと続く階段を延々と下り続けて約1時間が経過していたが未だ目的地に到着せず、それどころか帰ってくることが出来ない場所に行こうとしているのではないかと心配になってきた。
俺の後方を歩むセルフィも何かを感じ取っているのか次第に歩みが遅くなり、とうとう立ち止まってしまった。
『クロウ……此処変よ。私達3人以外、周りに誰もいない筈なのに何処からか見られてる感じがする』
『俺には霊的な感覚はないから、そういう事はよく分からないけど何かが此処にいるという点に関しては分かる』
『もしかして私達騙されているんじゃない?』
セルフィはそう言った直後、何処からともなくエルフ言語で否定する声がかけられた。
『そう心配めさるな。騙そうなどとは思っておりませんよ』
『!? 誰だ!』
『誰と申されましても、先ほどから皆様方を御案内してるではありませんか』
『まさか………クレイグさんなのか? どうしてエルフの言葉を』
『どうしても何も、私は歴としたエルフ族ですからな』
目の前を歩くクレイグさんはそう言うと手に持っているランタンを頭部まで持ち上げて耳に掛かる髪を手で退けると其処には紛れもなく、エルフ特有の長い耳が存在していた。
『クレイグさんもエルフだったのか』
『何時もは幻覚魔法を用いてエルフ特有の長い耳を隠しておるのですが、私と同等かそれ以上の魔力を持っているクロウ殿には誤魔化しがききませんからな。しかし、私と致しましては人間族であるクロウ殿がエルフ言語を使える事自体が不思議でならないのですが…………まぁ、人様の事を根掘り葉掘り聞く趣味はありませんので、御気に為さらないで頂きたい』
この事には現エルフ族であるセルフィも気が付かなかったのか、俺の後ろで金魚のように口をパクパクさせながら、じっとクレイグさんを見つめている。
『先ほど話していた事に戻りますが、此処は結界術の使い手であるエルヴェ殿をあらゆる外敵から守るために作られた場所で御座います。貴方がたを騙すためでは決して御座いません』
と此処でクレイグさんが口にしたエルヴェという言葉に反応したのか、後ろを歩いていたセルフィが俺を押しのけて前を歩くクレイグさんを問い詰めた。
『ちょ、ちょっと待って。貴方今、エルヴェって言わなかった? エルヴェは、弟は無事なの!?』
『その事に関してましては、とても私の口から申し上げる事は出来ません。あともう少しで目的の場所に到着します。真実は貴女の眼で確かめなさい』
クレイグさんは肩を落としてそれだけを言うと地下へと続く階段を1歩1歩、確実に踏みしめるようにして下りていく。 そして目的地に辿りついた俺達が見たものは予想だにしていない悲惨な光景だった。