第25話 帝国の実態
「」……人間語
『』……エルフ語
俺がギルドに登録した町であるデリアレイグを出発して5日後、旅の食料・水の補給の為に立ち寄った小さな村にてエルフの女性セルフィと出会った俺と、ヴォルドルム卿は目的地が同じ王都ドラグノアという事で一緒の馬車に乗って出発する事となった。予定では今後何事もなければ4日ほどで王都に到着する予定だという事だ。
因みにラウェルはというと、セルフィが馬車に乗ってきたことで今までの居場所を失くし、御者の交代要員の場所でと追いやられてしまっていた。
本当は旅の世話係として同行している侍従2人が座っている場所に移動させようとしていたのだが家族のみならず侍従にまで嫌われているのか、ラウェルと共にいる事を嫌がったのだ。
そして人一人分がやっと座れるような、狭い御者の交代部屋へと追いやられる時に、当然『何故、貴族の僕がそのような汚らしい場所に!』と騒いでいたが、ラウェルもまたヴォルドルム卿から勘当同然の扱いを受けている為、反論する暇さえ与えられず半強制的に移動させられたのだ。
まぁ移動するときに、また睨んでくるだろうと予想して視線を合わせなかった俺も悪かったかもしれないが、時折御者席の方から何者かが暴れたり、騒いだりする声が聞こえるのは十中八九犯人はラウェルだろう。
その度に馬車を停止させて、ヴォルドルム卿の護衛騎士でラウェルの実の兄でもあるテオフィルが御者部屋へと乗り込んでは叱りつけ、何事もなかったような顔で元の位置に戻り、馬車を走らせるという展開が村を出発してから僅か1日で10回も発生している。
追加の同乗者であるセルフィは人間族の言葉が分からないためか、全くそのような事に動じることはなく馬車の窓から、通り過ぎていく景色に見入っていた。
「本当にあの愚息には困ったものです。申し訳ない」
「いえ、元はといえば俺が無理を言って彼女を馬車に乗せて貰ったことで引き起こしてしまった騒ぎですから非は俺にあります。どうか謝らないでください」
「そう言ってくださると肩の荷が下りるというものです」
「滅多な事では人前に姿を現さないというエルフの方が此処に居るので、二三聞きたい事があるのですが、私の言葉をセルフィ殿に伝えては貰えないでしょうか?」
俺はそう聞くと、未だ景色を眺めているセルフィの肩をそっと叩き『ヴォルドルム卿が質問したがっている』という事を伝えると…………。
『年齢と体重の事以外なら何でも答えてあげるわよ』
と馬車に乗り込むときに俺が質問した事を憶えているのか、口元に笑みを浮かべてそう言い放った。
「では失礼して、セルフィ殿にお聞きします。国にまつわる歴史書を紐解いたところ、その昔エルフは私達人間を憎んでいたという記述が書かれておりましたが、過去にどのような事が起こっていたのか聞かせて頂いても宜しいでしょうか?」
『私もそれほど詳しい訳ではないのだけれど、その当時に活躍していた曾々御爺様や曾御婆様から昔話のように聞かされていた話によれば、今から1000年ほど前に人間対亜種族……つまりは私達エルフや妖精族、魔族、竜人族との戦争で双方に数多くの死傷者が出たらしいの』
ヴォルドルム卿はセルフィが最後に口にした戦争という言葉と、竜人族という言葉に眉をピクピクとさせていた。
『そして戦争開始から約200年で人間族に多くの亜種族が絶滅寸前にまで滅ぼされ、なんとか運良く生き残ることが出来た亜種族もまた、人間達に捕まって見世物や闘技奴隷として扱われてきたらしいわ』
セルフィが今此処に居る事から、恐らくは1000年前に巻き起こった戦争被災者の子孫という事になるんだろうが、なんというか呆気に取れるような表情で話している。
『その奴隷生活も100年ほどが続いたところで、人間族から【時の賢者】と崇められていた人物の手引きで捕えられていた亜種族は思い思いの方向に逃げ出して、今の私達は居るんだと教えられてきたわ。古いエルフ族は【人間に制裁を。されど賢者様は崇めよ】って何か事があるごとに口々に呟いてるの』
「では貴女も私達人間に恨みを抱いているのですか?」
『どうして私が顔も名前知らない、エルフの先祖達の恨みを晴らさないといけないの? 父や母が人間たちの手で殺されたっていうのなら、話はまた別だけどね』
まぁ現代的に考えれば、自分の先祖である戦国武将が時を遡って隣の家の先祖に殺されたからと言って、現代で『先祖の仇!』って言って恨んでも『頭が可笑しいんじゃないか?』って笑われるのがオチだろうしな。
「では貴女のような若いエルフは私たちの事など、何とも思っていないと?」
『そうね。それに古臭い連中もこの国の人間達には何の恨みもないわ』
『この国って?』
『私達が今向かっているドラグノアという国は、私の先祖が命辛々逃げ出してきたところを種族の垣根を越えて丁重に保護してくれた暖かい国だと聞いている。そうでなきゃ、人見知りが激しい弟が何年も住む筈がないもの。反対に今のドラグノアに敵対しているグランジェリドという国は、私達の先祖を実験動物扱いして研究していた狂った国なのよ』
「グランジェリド?」
俺がそう口にした言葉に逸早く反応したのは、隣で黙って聞いていたヴォルドルム卿だった。
「グランジェリドですと!? クロウ殿、私たちが帝国と呼んでいる忌まわしい国こそが、そのグランジェリドなのです」
「じゃあ、禁術を使って人を操ろうとしているのも?」
「はい。して、セルフィ殿はなんと?」
「なんでもセルフィの先祖であるエルフや、他の亜種族を実験扱いして何かを研究していたと」
「その『研究』の事で知っている事を詳しく聞いては貰えませんか?」
俺はヴォルドルム卿に懇願されてセルフィに研究について知っている事を教えてほしいと頼み込むと。
『さっきも言ったけど私も昔話で聞いただけだし、そんな詳しくは知らないんだけど。人伝に聞いた話によるとエルフと人間、魔族と人間という風に別種族同士で交配させて、自分たちに都合の良い人種を作り出そうとしていたとか。そういえばクロウも多種族の血を受け継いで生まれてきたんだっけ?』
聞いた言葉を翻訳して聞かせると、ヴォルドルム卿は眼を瞑って腕を組み、何かを考え始めた。
『そういえば今まで聞いてなかったけど、クロウは何のためにドラグノアに行こうとしてたの?』
『ああ、俺は魔力が一般の魔術師と比べて多い事から、そのさっきの話に出てきた帝国の人を操るっていう禁術に掛からない様にする為に、城に居るエルフに禁術を防ぐ結界を張ってもらうために行くんだ』
『禁術って?』
『ヴォルドルム卿の話によれば、帝国は高い魔力の持ち主を禁術で操って戦争の道具にしようとしているらしい』
『確かにエルフは人間や他の種族から比べて魔力が多いから結界術が得意だけど、クロウも私達エルフ族に負けず劣らず魔力が大きいよね?』
確かにそうだよな。自覚はあまりないけど測ったとしたら、どれくらいの量になるんだろう。
『結界術とか催眠術っていうのは、自分よりも魔力値が低い相手にしか効果が無いのよ。クロウがドラグノアに居るエルフ以上の魔力を持っているとすれば、行ったとしても無駄になるかもしれないわね』
『じゃあ俺は帝国の人を思いのまま操る禁術に対して、何の備えもないままで生活しろと?』
『さっきも言ったでしょ【エルフは他の種族よりも魔力値が高い】と。帝国に居る禁術の術者が人間か魔族か将又エルフかは分からないけど、クロウがエルフよりも魔力が大きければ術の効果は無いに等しいのよ』
もしもエルフの術に効果がなくとも、気にしなくていいという事か。
多すぎる魔力に対して、天使様に心の中で文句を言ったこともあるけど、逆に有難かったんだな。
こうして俺とヴォルドルム卿、エルフのセルフィ、存在を半ば忘れかけていたラウェルを乗せた馬車は村を出発して5日後の朝、無事に王都ドラグノアに到着するのだった。