第23話 異世界風な身の上話
両親、祖父母が亡くなった時期が『5年前』になっていましたので『2年ほど前』に修正いたしました。
『4つの種族の血を引いて……』というところも実際はハーフである父親を抜かし、祖父母、母の『3つの種族』に修正いたしました。
王都に行く予定の馬車の中で何故、一冒険者である俺に対して此処までの事をしてくれるのかという事を聞いた俺だったが何時まで経っても馬車が出発しない事を疑問に思い聞いてみようとしたところ、ヴォルドルム卿は逸早く近くに居る騎士にその事を命じていた。
しかも驚くべきことにヴォルドルム卿に命じられた騎士が無理矢理連れてきた男は、ギルドと森で散々俺とリュリカに牙を剥いたラウェルだった。
「ラウェル、出発時刻は再三申したはずだ! それなのに何故遅れてきた」
「父上、御言葉ですが僕には王都に行く用事が御座いません」
「貴様にはなくとも私にはある! 『人に決して迷惑をかけることなく、自らの力のみで上位に駆け上がれ』という家訓に背いたばかりか、非力な幼子に手を掛けようとするような愚か者は私自らが鍛えなおしてくれるわ」
ラウェルは父であるヴォルドルム卿の言葉に震えあがっていたが、目の前に俺が居る事に気が付くと喧嘩腰になって掴みかからんとばかりに手を伸ばしてきた。
「なぜ貴様のような薄汚い冒険者如きが僕と同じ目線で座っているんだ! 平民は平民らしく……ぶべっ!?」
ラウェルが『平民は平民らしく』の後に何を言おうとしたのかは分からないが、眉間に青筋を立てて本気で怒っているヴォルドルム卿の拳によって見事に馬車の床へ口づけする事となってしまった。
「貴族だ平民だなどと戯けたことを。2人の兄アシュレイとテオフィルが立派に騎士の務めを果たしておるというのに貴様ときたら…………此処まで愚かだったとはな。今日この時より貴様が立派な騎士となるまで、私の事を父と呼ぶ事、ならびに家名を名乗る事は許さん!」
「ぞ、ぞんな、ぢぢうえ。兄上……」
殴られた事で前歯が折れ、口腔内を切ったのか口元から血を流しながらヴォルドルム卿に力なく詰め寄るが、まるで蛇に睨まれた蛙を思わせるように馬車の隅で小さくなってしまっている。
更には馬車の傍で馬に跨っている自身を無理やり引っ張ってきた騎士に対して、小声で兄上と呼んでいる事から恐らくは兜で顔を隠している騎士は先のヴォルドルム卿が言っていたアシュレイ、もしくはテオフィルというラウェルの実の兄なのだろう。
ラウェルは涙を流して情けないほどにヴォルドルム卿に縋り付いていたが、時折『こんな事になったのはお前の所為だ』と言わんばかりに殺気だった視線で此方を睨み付けて来る。
それでも俺が何処吹く風と完全に無視をしていると、そのうち何も反応しなくなった。
「では遅くなりましたが、これより王都ドラグノアに出発します。途中にある村や町で水や食料などを補給しながら進むので日数で言えば10日間を目途になると思われます」
ヴォルドルム卿もラウェルは此処に居ないものとして、視線を合わすことなく話しかけてくる。
「水だけなら魔法でどうにでもなりますが、食料は流石に困りますね。あとあまり考えてはいけない事ですが、魔物に襲われるなどして怪我をした際も、言ってくれれば魔法で治療しますから」
「攻撃魔術だけでなく、回復魔術も使えるとは心強い限りです。何かあった時には遠慮なく頼らせて頂きます」
こうして俺とヴォルドルム卿、半ば存在を忘れられているラウェルを乗せた馬車は一路王都に向けて出発することになったのだが。馬車の乗り心地は最悪と言ってもいいほどに悪かった。
現代のようにアスファルトで舗装されたような道は当然の事ながら何処にもなく、道端に転がっている小石などで馬車は左右のみならず縦横にも揺れているため、慣れない俺は盛大に乗り物酔い状態になっていた。
俺とヴォルドルム卿と世話係のメイド2人、その他が乗った馬車、更に何が乗っているか分からなかった馬車はデリアレイグに駐在する衛兵に見送られながら一路王都に向けて走り始めたが、途中1時間が経過したところで後方に居た馬車は進路を変更し、俺達が乗る馬車から離れていった。
「えっと……あの馬車は何処に行くんですか?」
「あの馬車にはクロウ殿とリュリカ殿を襲うよう、其処に居るクズが金で雇ったならず者達が乗っています。奴等には此れから行く鉱山で罪を償わせることとなっています」
とうとう実の父親に名前すら呼んでもらえなくなったラウェル。
「本来であれば其処の者も鉱山送りにすべきところなのですが、王都には私たちの事を快く思っていない者達がたくさんおります。其の為、コヤツには此れから行く王都ドラグノアで兵役に就かせようと思っております」
『兵役』という言葉を今初めて聞いたのか、ラウェルは一瞬身を強張らせて俺と向い合せに座っているヴォルドルム卿に文句を言いたげだったが『蛇に睨まれた蛙』という言葉が当てはまりそうなほどに、ヴォルドルム卿に無言で睨まれたラウェルは脂汗を掻きながら身をより縮ませていた。
目の前に座っているヴォルドルム卿は流石に慣れているのか何事もなかったかのように寛いでいるし、ラウェルもまた最初からずっと白くなったままだし、俺はといえばまだ出発して間もないというのに早く中継場所に着かないかと馬車の窓から遠くの景色(といっても延々荒野が続いているので地平線しか見えないが)を見て、これ以上酔いが回らない様にしている。
数時間ごとにトイレ休憩として馬車が止まる度に乗り物酔いという状態異常が【ヒール】で回復できないかと試してはいるものの、どうやら効き目はないようだ。
そんな状態も流石に丸1日以上続けば慣れて来るのか、2日目以降では窓の外の流れる景色やヴォルドルム卿との会話を楽しめるまでには回復していた。
そのヴォルドルム卿との会話の中で馬車に並走して走っている、薄青色の鎧を着た2人の騎士がラウェルの実の兄であることが判明した。
馬車の進行方向から見て右側を走っているのが長男の剣騎士アシュレイ、左側を走っているのが次男の槍騎士テオフィル、その流れからラウェルは三男かと思いきや三男シュラウアは未だ城にて騎士になるための訓練中で、ラウェルはその次の四男だという事らしい。
「剣騎士とか、槍騎士っていうのは?」
「城での各部隊名だと思ってくだされば結構ですよ。他には斧騎士や弓騎士っていうのもあります」
「魔術師隊というのはないんですか?」
俺がそういうとヴォルドルム卿は眉間に皺を寄せて難しい顔をした。
「残念ながら魔術師とはいっても、それほど魔力の強い者はいないので専ら後方支援としてしか使えないのですよ。クロウ殿が騎士に志願して頂ければ、直ぐにでも魔術師隊長として役職に付けそうですね」
「俺としては今までの気楽な冒険者暮らしが性にあっているので騎士というような堅苦しい職務には付けそうにもありませんね」
「それは残念です。ところでクロウ殿が今までどのような暮らしをしてきたか聞いても宜しいでしょうか?」
「あまり人様に自慢できるような物ではありませんが、それでも聞きたいですか」
「王都に着くまでにはまだ時間が掛かりますし、大まかでも構わないので話して頂けないかと……」
「そうですねぇ~~まずは俺の生い立ちから説明いたしましょうか」
俺はそう答えて現実の話を異世界風に置き換えてヴォルドルム卿に説明し始めた。
祖父母、母親がそれぞれ全く別の人種で俺は3つの種族の血を引いて、この世に生を受けた事。
(祖父:アメリカ 祖母:イギリス 父:アメリカとイギリスのハーフ 母:日本人 俺:クォーター)
銀髪に黒目という人間の見た目からかけ離れた容姿の所為で小さい頃から虐待にあっていた事。
『そういえば異世界に来てからも赤髪や蒼髪、碧髪はたくさん見たけど、銀髪や黒髪の人は見かけなかったな』
(小・中・高校生の頃の虐めと、社会人になってからの上司・同僚からのパワハラ)
今から2年ほど前に事故(交通事故)によって日本で暮らしていた父方の祖父母、両親ともに他界したことなどを異世界風に事細かく話した。
その後、身寄りが完全に無くなった事で住み慣れていた土地を離れ、旅をしながら【魔の森】の近くにある森の村を経由して、あの町に行き付いた事を説明した。
「ではクロウ殿は多種族の血を受け継いで来られたのですね。クロウ殿のように魔力が大きい種族と言えば、エルフ族か魔人族、竜人族とも考えられますが」
「祖父母も父もあまり自分たちの事を話そうとしなかったので、実際に俺がどの種族の血を引いているのかまでは残念ながら分かりません」
「結局、深いところまで聞き及んでしまいましたね。申し訳ない」
「いえいえ、拷問を受けて自白させられた訳ではなく、自分から全てを話したのでヴォルドルム卿が気に為さる事ではありませんよ」
「もしかして先ほど話されていた小さい頃の虐待と言うのは、拷問の事を指していたのでしょうか?」
「いえ、単なる殴る蹴る等といった暴力と、物を隠されたり捨てられたりといった些細な物ですよ」
その後もヴォルドルム卿が現在の立場になるまで、どれほどの苦汁を舐めてきたかとかいう話で盛り上がり、最初の休憩地点に到着するまでそれ以上馬車に酔う暇もなく、延々と身の上話で盛り上がっていた。
足元で存在を忘れかけられているラウェルも出発当時より更に燃え尽きて、真っ白になっていたという。