第21話 出発前日
王都に出発する日まで残り2日という事で時間の調整が出来ずにギルドで小遣い稼ぎの依頼を受ける事を見送った俺だったが、王都に行くまでに少しでも魔法を上達…………もとい、魔法によって大惨事を起こさないためとして魔法を練習するために、周りに人がいない荒野へとやって来ていたのだった。
「此処なら周りに何もないし、誰かが近づいてきても直ぐわかるから都合が良いな。まずは……【ファイア】」
俺は何も考えずに初級火炎魔法である【ファイア】を唱えると、やはり魔力が大きすぎたのか直径2mはありそうな火炎球が右手の掌に出現した。
魔法を発動時に魔力の事は考えなかったが、先日のギルド内に於いて【ブリーズ】を唱えた際に打ち出さずに手の中で留めていたことを思い出した御蔭で、今回の【ファイア】も打ち出されずに掌に留まっていたようだ。
「俺自身の魔力で作り上げたものだから別に熱さは感じられないけど、此れが周囲にどれほどの影響を及ぼすことになるか考えただけでも恐ろしいな。森の中で使わないで本当に良かった~~~」
っと時間が限られているんだから何時までもこうしてはいられないな。
一刻も早く、2m級の火炎球を掌に収まるサイズにまで魔力を調整して縮小しないと。
「魔力よ小さくなれ……魔力よ小さくなれ…………」
それから約1時間が経過したころには俺の願いが通じたのか、2m近くあった火炎球は30cm近くにまで縮まっていた。
が、よくよく火炎球を見ると魔力の調整によって縮小したというよりは、巨大な火の玉が30cmにまで濃縮されたのではないかと考えた方が良いような眩しい光を醸し出していた。
もしかして……と俺が立っている場所から少し離れたところに縮小された火炎球を打ち出したところ、着弾点から半径5mほどが耳に劈く爆音とともに巨大な擂鉢状のクレーターと化してしまった。
更にその近くを流れる小川がクレーターの一部と化した事で、荒野の真ん中に丸い池が出来上がろうとしていた。
「これじゃあ、小さくなる意味が違う! それならば、初めから魔力を小出しにするイメージを頭の中に思い浮かべて魔法を唱えればどうなるか」
そう考えて【ファイア】を唱えると、今度は1m程度の火炎球が出現した。
試しに地面に放り投げると、先程のよりも小さなクレーターが出来上がった。
「やっぱり、さっきのは濃縮された魔法だったか。なら今度は…………」
その後、日が暮れるまで続けられた魔法の練習の成果により、無事魔力の調整に成功するのだった。
俺の足元に出来上がった、上から見ると葡萄の形をした人工の湖とともに…………。
「だけど朝から晩まで魔法を行使して魔力切れを起こさないなんてな。一体、どれだけ魔力量を増やしてくれたんだ天使様は」
実際、小説の中でしか『魔力切れ』という言葉を見た事しかなかったため、実際に魔力切れを起こした場合はどのような症状が出るのか全く分からないのだが。
「っと王都行きの出発日は明日だったな。早めに宿に戻って明日に備えないと」
極力、人工湖の方を見ないようにして急いで町へと戻ると、酒場で用意してくれた食事を摂っている最中にガウェインさんから『ヴォルドルム卿が明朝、貴族街の入口で馬車を用意して待っているとの事だ』と教えてくれた。
俺は出発を数時間後に控え、緊張で眠れるかどうか心配ではあったが日中の魔法練習の疲労が今になって出たのか思いのほかグッスリと夢の世界にと落ちて行った。
一方、クロウが魔法練習をしていた頃のヴォルドルム卿はというと、リュリカであった女性が居を構える屋敷へと足を運んでいた。
「姫様、ヴォルドルム卿がお見えになっておられますが如何なさいますか?」
「会わぬわけにもいかんだろう。此処に通せ」
「はっ!」
そのやり取りから数分後、ヴォルドルム卿がリュリカの祖父と名乗っていた男性に連れられて、リュリカであった女性の前に姿を現した。
「姫様に於かれましては御機嫌麗しゅう御座いま……「そのような堅苦しい挨拶など我等の間では不要だ。のう伯父上?」……形式上の挨拶とはいえ、途中で口を挟むのはあまり褒められた事ではないぞ?」
「そのような事を話しに来たのではあるまい」
「そうだな。リュカ…………いや、敢えてリュリカ殿と呼んだ方が良いか?」
ヴォルドルム卿が目の前の女性に対して『リュリカ殿』と呼ぶも、それをまるで予想していたかの如く、全く心乱れてはいない様子だった。
「やはり伯父上は見抜いていたのだな。私が魔道具で姿を変えていた事を」
「他の者なら先ず分からないだろうが、私はリュカが幼少の頃から付き合っているのだから見破れないはずがない。それに何よりも、その瞳は隠しようがないだろう?」
「なるべく視線を合わせないようにしていたのに、見破られてしまいましたか」
そう言ってリュカと呼ばれた女性が今まで薄目がちに開けていた瞼をカッと見開くと、其処には爬虫類を思わせるような縦に裂けた模様の眼が映し出されていた。
「たとえ血の繋がった兄弟であっても其の紋様が瞳に現れない限り、王位継承権が与えられないという竜眼。世界広しといえど、竜眼を持ちしリュカを私が見間違う筈はないだろう」
「私は王位を継ぐ気などないのだが。我が父上ではなく、伯父上に竜眼が現れれば良かったのかもしれぬ。して、其れだけの事を言いに態々此処を訪れたわけではないのだろう?」
「ではそろそろ本題に入ろうか。リュカが気にしていたクロウ殿が翌朝、私と共に王都に出発する事をお伝えに来たのだが……如何やら既に知っているみたいだな」
ヴォルドルム卿が何を思ったか、誰もいない筈の部屋の隅に向かって手招きをすると、突然黒尽くめの衣装に身を包んだ人物が姿を現した。
「伯父上も人が悪い。知っていて間者の存在を泳がせていたのだな」
「私のような素人に見破られるようでは、間者としてまだまだだな」
「過去20年間に於いて、父上の密偵を務めていた伯父上に掛かれば、どんなに経験を積ませた間者であっても赤子同然だろう。お主も気にすることはない。下がっておれ」
黒尽くめの人物は言葉を発せずに首を縦に振ると、周囲の景色に溶け込むようにして姿を消していった。
「リュカも我々と一緒に王都に戻らぬか? そうすれば手間も省けるだろうに」
「折角の誘いを無にするようで悪いのだが、お兄ちゃんと行動を共にすると、ちょっとした油断でボロを出してしまいそうなので。私達は別の馬車で一足先に王都に向かう事にします」
「分かった。では、私は此れで失礼する」
ヴォルドルム卿はリュカローネ姫に頭を下げると、先ほどとは違った場所に笑顔で手を振ると、そのまま屋敷を後にした。因みに手を振った場所にも人影は見えなかった。
「気配を完全に消して隠れていた、特一級の間者をも見破るとは…………到底、伯父上には敵わんな」
その後、屋敷の至る所に潜んでいた間者は軒並み、自信を無くしてしまっていたという。