第19話 これからの事
ラウェルの処分までは書けませんでした。
次話で必ず書きますので、楽しみしてらした方はもう暫くお待ちください。
ギルドで受けていたCランク依頼『スライムの討伐、及び異常発生の原因調査』も貴族の馬鹿息子による、ちょっとした騒ぎがあったものの無事に解決し、今まで森から共に行動していたリュリカと別れた俺は宿屋の部屋で懐かしい夢を見ながら一休みし、食事をとるために酒場へと足を踏み入れた。
其処には楽しそう(?)にガウェインさんと話しをしている、ギルドの騒ぎに加担したラウェルの父であるヴォルドルム卿の姿があった。
やがて如何して俺がヴォルドルム卿と知り合ったかという話から、なぜヴォルドルム卿が俺に対して敬語を使ってくるのかという話になり、終いには魔法の話にまで縺れこむようになってしまっていた。
ヴォルドルム卿の『此処で魔法を使ってみろ』という言葉に対し、ガウェインさんは『魔封じの結界が町全体に張り巡らされているのに、魔法が発動するわけがないだろう!』との返答を返す。
更にはギルド界隈には特に強固な魔法封じの結界が張られているとも言っていた。
「そう普通は此処で魔法を使えという事すら馬鹿げている。周りからは酔っぱらいの戯言かと思われるだろう。だが、この方はギルド内に於いて確かに魔法を使ったのだ!」
今この時点で酒場内には数多くの人たちが酒を飲んで騒いでいる。
そんな場所でこんな事をカミングアウトしたら大騒ぎに…………と思っていると、周囲の喧騒に阻まれたのか正面で驚愕の表情をしているガウェインさん以外は、誰も気にしてはいなかった。
「そ、そんな馬鹿な話があるのか? 魔封じの結界は時の賢者様によって遥か昔にこの地に張り巡らされた物だぞ。それが破られただと!?」
「少し落ち着け。何も結界を破られたとは言っておらん。現に魔封じの結界は何の問題もなく其処にある」
「じゃあ何か? 坊主の魔術は結界に遮られる事なく発動したというのか」
「或いは時の賢者様と同等か、それ以上の魔力の持ち主という事になる」
ヴォルドルム卿とガウェインさんは男同士であるにも拘らず、顔を寄せ合って周囲に聞こえないようにコソコソと何かを話し合っている。
俺にも2人が何を話し合っているのか聞こえないが、時折2人が此方を驚愕の表情で見てくることから話題は間違いなく俺の事に関することだろう。
「これで私がこの方に敬語を使う意味が理解できたか? この方がその気になれば、結界など関係なく町を滅ぼすことも出来るし、その魔力で未だ空席となる宮廷魔術師はおろか、一国の王にさえなっていても可笑しくはない」
「坊主……いや、クロウはそんな事を思っても見ないみたいだぜ」
「もしくは、御自身の魔力の大きさを理解出来ていないかだな」
俺は2人がそんな話をしている事など露知らず、スープの一滴すら残さぬようにと細かく千切ったパンでスープ皿を擦るようにして全て完食した。
「御馳走様でした。美味しかったです」
「あ、ああ、それは何よりだ」
俺の言葉に対するガウェインさんの言葉は何処か元気がないように感じられた。
それ以前に何か恐ろしい物を見たかのように、目が泳いでいたのが気になっていた。
「御代は幾らですか?」
「100Gで良い…………」
俺は腰の道具袋から丸銅貨を1枚取り出してカウンターの上に置くと『御馳走様』とガウェインさんに頭を下げて腰を上げたのだが、何故か慌てた表情をしたヴォルドルム卿に話しかけられた。
「クロウ殿は此れから如何なさるのですかな?」
「もう遅いので、宿に戻って寝ようかと思ってますが」
俺は正直に答えたつもりだったがヴォルドルム卿とガウェインさんは、まるで狐に抓まれた顔でキョトンとしていた。
「い、いえ、そうではなく。これからも此処で暮らしていく御つもりなのかとお聞きしているのですが?」
「其方の事でしたか。俺としては此処でドンドン依頼を受けてギルドランクの高みを目指しつつ、お金を稼いで依り大きな町で暮らしてみたいと思っています」
「それならば如何でしょう? 私は近いうちに王都へと戻る予定なのですが、御一緒に行かれませんか?」
大いにありがたい話なのだが、今の手持ちは29,700Gと果たして多いのか少ないのか分からない額だ。
俺がヴォルドルム卿の提案に悩んでいると、反対してくれると思っていたガウェインさんも勧めてきた。
「クロウ、ヴォルドがこんな事を言うなんて滅多にない事だぞ。俺もヴォルドに賛同するつもりはないが、チャンスはモノにした方がいいぞ。仮に金が溜まったとして王都に行くとしても、普通の馬車は魔物を警戒してか滅多な事では王都に行く奴はいないし、かといって歩いて行くにしても片道で20日はゆうにかかる距離だぞ」
『チャンスはモノにしろ』か…………親父の口癖を異世界で聞く事になるなんてな。
夢の中に親父が出てきたのは若しかすると、この事を伝える為だったのかもしれないな。
「少しの間、考える時間を頂いても良いですか?」
自分の気持ちは略9割方、王都に行くことに決めていたのだが其れでも少し迷っていたので時間を貰う事にした。
「構いませんよ。出発は3日後を予定していますので、其れまでに答えを出してくれれば良いですから」
俺は其れだけを言うと、これからの考えを纏める為に宿の自室へ戻っていった。
一方、俺が退出した後での酒場内におけるガウェインとヴォルドルム卿はというと…………。
「ヴォルド、一体どういうつもりだ?」
「私はただクロウ殿の此れからの身の振り方によっては、驚異的になると思って王都行きを勧めたに過ぎない」
ヴォルドルム卿は目の前に置かれている、すっかり温くなったエール酒を一口飲むと続けて話し始めた。
「クロウ殿が今後の事について『ギルドの高みを目指しながら金を稼ぎ、依り大きな町に住みたい』と言っていたであろう?」
「それが如何したってんだ」
「考えても見ろ、我が国の陛下は温厚な人物として国内外に知られているが、罷り間違って帝国などに行かれたら如何するつもりだ? クロウ殿にその気はなくとも、何か弱みを握られて戦争に加担する事も考えられるのだぞ」
「だからと言って坊主を国の監視下に置いて良いっていう事じゃねえだろうが!」
「何も監視するとは言っておらん。まぁ今は帝国との接触を懸念して、腕の立つ者を2人ほど忍ばせてはいるが」
「それを『監視する』っていうんだよ! まさか本当に宮廷魔術師の位に就かせるつもりじゃないだろうな」
「出来ればその方が好ましいとは思っているが、そうなればあの男が黙ってはいまい」
「奴か……奴は相変わらずか?」
「ああ、何を考えているのやらサッパリだ」
その後、ガウェインとヴォルドルム卿の口喧嘩は他の客が帰った後も続けられ、自分の主人の帰りが遅い事を心配したヴォルドルム卿の執事が迎えに来るまで延々と行われていた。
一方、時間はクロウとリュリカが酒場の手前で別れたところまで遡る。
リュリカはクロウの姿が見えなくなるまで何度も振り返り、名残り惜しい表情で祖父の手を握り貴族街まで歩いてきたが、自分たちが居を構える建物に入った途端態度を一転させた。
「もう少し魔道具の効果が長ければ、詳しい話を聞き出せたのに。全く持って残念だわ」
リュリカはそう誰に対してでもない愚痴をこぼすと、自分の身の丈の倍近くもあるローブを着こんだかと思うと今まで来ていたランニングシャツや短パン、更には下着に至るまで全て脱ぎ捨てた。
そして右耳に付けていたピアスを外すとリュリカの身体は見る見るうちに大きくなり、クロウの背丈と同じくらいにまで成長したところで止まった。
少女の姿の時には耳までしかなかった髪は、腰の付近まで伸びている。
「もって2日が限度ね。また城の魔術師たちに魔力を込めて貰わないと」
「そもそも姫様自らが、このような場所に御出でになる事自体が間違いだと思うのですが。しかも魔道具で御姿を変えられてまで…………」
「じゃあ、何? 私に何とか王族に取り入ろうとする、腐った貴族共の自慢話を延々聞き続けろというの?」
「そうは言って居りませんが」
リュリカの祖父を演じていた男は腰を伸ばして、直立不動の姿勢を取るとリュリカであった女性の髪を器用に結んでいく。
「それはそうと、アレ回収したんでしょうね」
「箱を回収したにはしたのですが、残念ながら中身は入っておりませんでした」
「また!? これで何度目よ。一体中身は何処に消えたというの」
「姫様、そろそろ国に戻られませんと」
「嫌よ! またあんな堅苦しい場所に戻るなんて」
リュリカであった女性がそう言っている最中、全身を黑い装束で覆った何者かが、とある報告を齎した。
「ふむ、御苦労。姫様、情報収集の為に町に放っていた者からの報告によりますと、ヴォルドルム卿が王都行きを急に画策されたとの事です。恐らくは姫様がお気になられていた者が関係していると思われますが、如何なさいますか?」
「なんですって!? こうしてはいられないわ。直ぐにでも王都に帰る準備をしなくっちゃ」
「姫様! まだあの者がヴォルドルム卿と行動を共にするか、決まったわけでは御座いません」
「どちらにしろ、王都に戻らないとと言っていたのは貴方じゃない。引き続き、ヴォルドルム卿を見張っているように伝えて。何かあったら、逐一私に報告するように」
「了解いたしました」
「お兄ちゃんにまた会える。楽しみだわ」
女性はそう言いながら、着替える為に部屋の奥へと移動していった。
時折、甲高い笑い声が部屋の奥から聞こえる事から可也、機嫌が良い事と思われる。
「姫様にも困ったものだ。それにしても、今まで誰にも破られることのなかった結界の中で魔術を使用したクロウとかいう者が世界に悪影響を及ぼす存在でなければ良いのだが…………」