第17話 騒動の黒幕
7/4 本文を加筆いたしました。
ギルドにて誰かに狙われている事を説明した俺は、他の誰かの耳に報告が入らないようにと特別に別室を用意してもらい其処で状況報告をして、担当のギルド職員に別途でスライムの討伐依頼を受けた者が居なかったかを調べて貰っている。
この間にも俺と一緒に行動しているリュリカが何処か落ち着きがない様子で、頻りに右耳に付いたルビーのような赤い結晶体がついたピアスのような物を触っている。
森で見た時はピアスをしているのに気付かなかったが、もしかするとリュリカは其処らにいる町娘などではなく、それなりの身分があるお嬢様なのかも…………背格好からは想像できないが。
「ねぇ、お兄ちゃん。さっきは怖かったから言えなかったけど、この部屋に案内されるときに一緒に来ようとしていた男の人を憶えてる?」
そういえば、そんな男が俺達の後からギルドに入ってきたな。
此方も背格好から見て、普通の冒険者とかけ離れていたな。
あんな金ぴかな鎧を着てたら、どうぞ狙ってくださいと言っているようなものだし。
「ああ、良く覚えている。あの男がどうかした?」
「あの人なの。ボクが森で睨めつけられた人っていうのは」
「それは確か?」
「あんな派手な鎧、一度見たら忘れられないよ」
確かにそれもそうだ。リュリカの言葉が確かなら、さっきの男がスライムを異常発生させた原因か。
それとも別途スライムの討伐依頼を受けたは良いが、倒すことが出来ずに増えてしまったと見る方が良いか。
そんな事を考えていると先程、依頼内容を調べてくると言って部屋を出て行った職員が依頼書を手に戻ってきた。
「お待たせしました。依頼を確認しましたところ、クロウさんがこの依頼を受けて少しした後にDランクの依頼を受けた方が御一方いらっしゃいますね」
そう言って手に持っていた依頼書を俺に見えるように机の上に置くと、其処にはこう書かれていた。
【Dランク 依頼内容:スライムの討伐 報酬:5体につき、1000G ギルドポイント5体につき10GP】
「通常は似た内容の依頼が新たに発行されると、古い方の依頼書は処分される事となっているのですが、今回は何らかの事情で残ってしまったようなのです」
「そのDランクの方の依頼を受けた方の事を教えてもらう訳にはいかないでしょうか?」
「申し訳ありませんが、機密事項によりお答えすることは出来ません」
この答えが返ってくることはある程度予想していた。
俺の横に座るリュリカもこの後、一体如何するのかと俺に興味津々な視線が突き刺さっている。
「もし、その依頼を受けた冒険者がリュリカを執拗に付け狙う犯人だとしたら如何しますか? 俺の予想では、俺たちが別室に案内される時に何故か一緒について来ようとした、あの金ぴかの鎧を着た男がその依頼を受けた人物ではないのですか?」
俺の予想が当たっていたという事は、その事を隠そうとして額に汗をかいている職員の様子で明らかだ。
「推理としてはこうだ。俺がスライム討伐及び原因調査の依頼を受けたのを見て、すかさず残り物に肖ろうとして偶々目にした、違うランクのスライム討伐依頼を受ける。
が、途中で俺が市場に寄り道をしてしまった所為で俺よりも早く森に到着してしまい、目論見が外れ自分でスライムを討伐する事にしたが、幾ら切りかかっても倒すことが出来ず、逆に数を増やしてしまうという結果になる。
無様に森から逃げ帰ろうとした姿を偶々木の上に居たリュリカに見つかり、情けない姿を見られたと逆上し睨み付ける。
その後に何らかの理由でリュリカが上げた悲鳴を聞きつけた俺が森に到着し、最初に増やしてしまった数を含めて数十体ものスライムを打ち倒し、討伐証明となる核を回収。
その後、装備を整え再度森に入るも時既に遅く、俺の放った魔法によってスライムは全滅。
ならばと地面を探すが、俺が取りこぼした核も見当たらないため、手ぶらで森を後にする。
その後は『スライムを倒して核を回収する』から、金でならず者を雇い、俺と自分自身の恥さらしな所を見られたリュリカを倒し、俺が回収したスライムの核を奪い取り、ギルドに提出して報酬を貰う。っていうところかな」
「まぁ、そんなところでしょうね。それにしても木のうろから見つかったという『スライムの核が詰まっていた袋』というのが気にかかりますね。一体、誰が何の為にそうような事を」
と此処まで話したところで不意に個室の扉が開き、剣を抜いた金ぴか鎧の男が乱入してきた。
「何事ですか! この部屋への貴方の入室を許可した憶えはありません。今すぐに此処から出ていきなさい」
「うるさいね。僕は其処にいる男と餓鬼に用があるんだ。関係ない奴は引っ込んでいてもらおうか」
「その様子を見るからに、俺が推理して話した事を部屋の外で聞いていてあまりに的を得ている事から逆上したという事か?」
男が乱入した事で、隣で震えているリュリカの肩をそっと抱くと相手に舐められないように強い口調で言い放った。
正直な事を言うと、俺自身も目の前に刃物を突き出された状態に逃げ出したい気持ちで一杯なのだが、此処はリュリカを守らねばならないという気持ちの方が勝っていた。
片や剣や斧に馴染みのない世界で暮らしてきて昨日今日、初めて剣を持った俺と。
小さいころから剣やナイフなどの武器を当たり前に見て、育ってきたと思われる金ぴか鎧の男。
俺には他に魔法という選択肢はあるものの、狭い室内で使えば周囲に及ぼす被害は計り知れない。
此処は誰かがこの騒ぎに気が付いて、止めに来てくれるという期待もしているのだが…………。
「って、そんな旨い話が早々あるわけもないか。しょうがない此処は一つ、形だけでも」
俺は瞬時に魔法の詠唱を思わせるような言葉を紡ぎ、掌に氷結魔法【ブリーズ】を出現させる。
「お前が剣を下げないというのならば仕方がない。数十体のスライムを一瞬で葬った魔法の味、その身で試してみるか?」
と言っても此れを発射してしまうと、可也不味い事になるので此処は維持するだけに留めておくのだが。
留めておくのを失敗してしまっても最悪、ギルドを氷漬けにする程度で済むだろう。
だが、何故か俺が魔法を出した事を驚いたのは目の前の男だけでなく、俺の後ろで成り行きを見守っていたリュリカやギルド職員でさえも驚愕に眼を見開いていた。
『さて何時まで此れを発射することなく、維持し続けていられるか』と考えていると、ギルドの出入り口方面から重く低い声が広範囲に響き渡った。
「我が愚息ラウェルよ! 此処に居る事は分かっている。素直に出てくれば良し。出てこぬ場合は…………」
この『ラウェル』と呼ぶ低い声が聞こえてきた瞬間、俺の目の前で剣を構えて脅していた男の顔が信号機を思わせるように赤から青へと一瞬で変化していく。
「な、なぜ父上が此処に…………」
「父上って、あの叫んでいる男性が此奴の父親?」
「あれはヴォルドルム卿ですね。此れまでに多くの騎士を輩出した歴史ある家柄の御方で、部下は元より家族にも大変厳しい方と伺っております」
此処に来て漸く、突き付けられた剣の恐怖から立ち直ったギルド職員は悠々と説明しだした。
因みに、その『ヴォルドルム卿』と呼ばれた男性を父上と呼ぶ、金ぴか鎧を着こんだ『ラウェル』と呼ばれた男はというと先の段階で顔が真っ青になったかと思えば、次の瞬間には剣の支えなしでは立っていられないほどに身体が震えだしていた。
「此処に居ったか! 『人に決して迷惑をかけることなく、自らの力のみで上位に駆け上がれ』という代々の家訓を破ったばかりか、ならず者を雇い入れて、か弱き幼子を襲うとは見下げ果てたものよ。同じ血を引く者として、なんと情けない事か…………」
男性は自分の息子の姿に失望したのか、俺達に背中を向けて肩を震わせている。
何処か芝居がかった演技のように見えなくもないが、未だに項垂れている金ぴか鎧男の姿を見るに大真面目なんだろう。
「さて、其処の魔術師の方」
魔術師って……俺か。そういえば、まだ手に【ブリーズ】を形成したままだったな。コレどうしようか?
「我が愚息の犯した罪。簡単に許せとは申しませぬが、せめてその魔法だけは解除していただきたい」
俺は森での事を思い出し、魔力を心の中で小さくすれば威力も下がるという事から、慣れない魔力調整をして徐々に手の上の魔法を消していった。
そして数秒後には完全に魔法は消え、掌には魔法の名残として氷の結晶のみが存在していた。
「我が願い聞き届け下さり、誠に有難うございます」
それにしても多くの騎士を輩出したという事と、その身なりから偉い立場の貴族だと思うんだが、俺みたいな何処にでもいる一介の冒険者に対して、なんて腰の低い事か。
その後は通路にて未だ固まっているラウェルに『家に到着次第、今回の罰を含めた特訓をする』との言葉を投げかけた男性は股間部分から流れ出る黄色い液体で地面に水溜りを作りつつあるラウェルの襟首を後ろから持ち、引きずる形でギルドから出て行った。
それから30分もの間、町中に響き渡るラウェルの悲鳴とも取れる鳴き声は周囲の何ら関係のない貴族や、ラウェルに金で雇われていた者にとっても、恐怖の対象として耳に残り続けるのだった。