第15話 待ち構えし者達
森の中で異常増殖したスライムの大群を討伐し、木の上に追いつめられていた少年(実は少女だった)を助け出した俺は、依頼達成の報告をするべく、重要参考人であるリュリカを伴って冒険者ギルドへと向かっていた。
と此処で森の入口でリュリカに急所を蹴られてノックアウトした男性が気の毒になり、聞いてみる事にした。
「さっきのアレは流石に酷いんじゃないか? 家庭の事情に口出しするつもりはないけど、リュリカの身を案じてくれたんだし」
「だって、あの爺ちゃん色んな事で嫌なんだもん」
「嫌?」
「うん。ボクが食事してたら必ずと言っても良いほど目の前に座るし、何処に行くにしても付いて来るし。一番酷い時は男友達と町で遊ぼうとしたら、物凄く怖い眼で友達を睨めつけてボクに近づけなくして、その所為で友達になってくれる子が居なくなったりして」
一番簡単な言葉でいうと、典型的な子煩悩ってところか。
リュリカが『爺ちゃん』って呼んでいる事からして、親子ではないだろうが…………孫煩悩かな。
そうこうしている間にギルドまで残り100m余りといった路地裏まで来たところで、物陰から現れた10人程のならず者に道を塞がれたのだった。
各々の手には刃渡り30cmほどの小型のナイフが握られている。
如何贔屓目で見ても、まともな奴等じゃない事だけは確かだった。
「何か俺に用でもあるのか? 特に用がないのなら、邪魔だから道を空けてくれないか」
俺は咄嗟にリュリカを背中に匿うと、手を剣の柄に置きながら目の前のならず者たちに話しかけた。
「おっと、早とちりはしないでくれ。俺たちが用があるのはアンタの背中に隠れている、そのガキの方だ」
小声で後ろにるリュリカに『知り合いか?』と尋ねたが返ってきた言葉はなく、それどころか必死な表情で俺のズボンの裾を握りしめて震えているようだった。
「リュリカは、お前達の事など知らないと言っているが?」
「ガキが俺達を知っていようが知っていまいが関係ねえんだよ! 痛い目を見たくなけりゃ、ガキを置いて此処からとっとと失せな」
「そうはいかん。お前達のような怪しげな連中に『はい、どうぞ』とリュリカを渡すほど、愚かではないんでな」
「お前、この状況を理解しているのか? こっちは10人、テメエは1人だ。如何あっても勝ち目はないぜ」
「だから如何した。頭数を揃えれば俺に勝てるとでも本気で思っているのか?」
そうは言うものの、1人か2人で一杯一杯だ。俺は内心『どうやってリュリカを守りながら、この場をやり過ごそうか』という考えで頭が一杯だった。
スライムを討伐した時の魔法で蹴散らすといった方法も考えはしたが、狭い路地裏で魔法を使えば周囲の住居に及ぼす被害は火を見るより明らかだった。
ならず者達も俺の啖呵が効いたのか、仲間内で何か小声で話しながら襲い掛かる事を躊躇しているようだった。
とそんな時、上手い具合に路地裏に面する建物の扉が開き、突如大柄の男性が姿を現した。
「なんでぇなんでぇ、騒々しいな。こちとら昨日は徹夜だったんだ。静かに寝かせろや…………」
俺は此れを好機と考え、突然現れて頭を掻きながら眠たそうにしている大柄の男性を建物内に押し込むような形でリュリカとともに飛び込んだのだった。
「な、何事だ!?」
「すいません、話はあとで。リュリカ、こっちだ早く」
「あ、この野郎! 待ちやがれ」
俺とリュリカは呆気に取られている大柄の男性に押し倒す形で建物内に飛び込むと、すぐ近くにあった閂で扉を抑え、ならず者達が追って来られないようにした。
リュリカは咄嗟の出来事に眼を点にして固まっている。
「た、助かった…………のかな?」
俺の前の前には『状況を説明しろ』とばかりに、仁王立ちとなって此方を睨み付ける巨漢の男が居た。
「ったく昨夜は昨夜で爺と馬鹿野郎の喧嘩に巻き込まれるし、今朝は今朝でこの騒ぎか。最近は碌なことがねえぜ」
巨漢の男はそう言いながら後ろ手で頭を掻いて、俺とリュリカを何処かで見た場所へと誘った。
中央付近で真っ二つになった、木のテーブルに脚が半ばから圧し折られている椅子、床に散乱している皿に、アルコール臭が漂う床。
「えっと此処は酒場? って、ガウェインさんじゃないですか」
巨漢の男は黙って床に転がっている無事な椅子を起こして、俺達に向かい合うようして座ったところで漸く目の前に居る男が俺である事が判明した。
「なんだ、誰かと思えば坊主じゃねえか。こんなトコで何やってんだ?」
「お兄ちゃん、このオジサンと知り合いなの?」
「オジサン…………まぁ嬢ちゃんからしてみれば、オジサンと言われても仕方ねえわな」
ならず者に襲われた時から、ずっと俺のズボンの裾を握りしめ続けていたリュリカは、震えながら前に出てくるとガウェインさんが其れほど怖い人物ではないと悟ったのか、漸く笑顔を取り戻したのだった。
俺から見れば、ならず者もガウェインさんも顔の怖さからしてみれば大差ないように思えるけど…………。
「何か途轍もなく失礼な事、考えてねえか?」
「いえ、特に何も。ところで、良くリュリカの性別を間違いませんでしたね」
「お兄ちゃん、それってボクに対して、凄く失礼だよ!」
「商売やっていく上で、客の性別を間違うなんて御法度だぜ。……まぁ正直に言うと俺も大分迷ったがな」
「もう! オジサンまで酷い」
「それはそうと、アレは何の騒ぎだったんだ? まさかとは思うが坊主が嬢ちゃんを何処から誘拐して来て、追われて来たんじゃないだろうな」
「それこそ『まさか』ですよ。俺は森の中でスライムに襲われていたリュリカを助けただけです! で此処まで来たときに別の男達にも襲われましたが」
「『男に襲われた』だぁ!? どういう事だ」
「襲われた経緯はよく分かりませんが、何かを見たらしくて。俺もギルドでスライムが異常発生した原因を調査しろという依頼を受けていたので、その報告とともにリュリカが見た物をギルドで説明して貰おうと思っていた矢先に」
「あいつ等に襲われたという事か。ちょっと待ってな」
ガウェインさんはそう俺たちに言うと、表通り(ギルドに面している通り)に続く扉をそっと開けて外を一瞬見たかと思うと、直ぐに扉を閉めて戻ってきた。
「さっき襲っていた奴等、酒場とギルドの間に陣取ってやがるぜ。嬢ちゃんが見た物が其れほど重要だったって事だな」
「お兄ちゃん、スライムを倒した時みたいに魔法でドーンとやっつけちゃえば? ……って訳にもいかないか」
「そうだね。流石に町中で死人を出すわけにはいかないよ」
「なんだ坊主、魔法を使う事が出来るのか?」
「一応……「凄かったんだよ。お兄ちゃんが魔法を使ったら、何十体も居たスライムの半分が一気に消えちゃたんだから」……あああ」
『一応、少しだけ使える』と言うつもりだったのだが、リュリカに魔法の事を口止めするのを忘れていたために俺が高威力の魔法を使える事がバレてしまった。
この世界に俺の身元を証明できる者がいない事が唯一の救いか。
この事で何かあったとしても『特殊な一族の出身』として言い逃れが出来る。かもしれない。
「でもまぁ、幾ら魔法が使えると言っても此処じゃあなぁ。せめて別の町なら」
「そう言われれば、そうなんだよねぇ~~~」
見るとガウェインさんもリュリカも共に腕を胸の前で組んで、ウンウンと相槌をしていた。
俺はガウェインさんが口にした『此処じゃあ』という言葉が気になり質問しようとしていた、まさにその時酒場の扉が大きく内側に蹴破られたのだった。
そうこうしている間に酒場の扉が乱暴に開かれたことから、ついに奴等がしびれを切らして雪崩れ込んできたかと思ったが、其処に現れたのは驚くべき人物だった。