第14話 老人と少年
7/4 本文に『スライム増殖の原因』の記述を加筆いたしました。
スライムの大群に追いつめられていた少年が木の上で意識を失ってしまってから、凡そ8時間が経過していた。
今から約2時間ほど前、俺が居た場所に薄らと朝日が差し込んで来たことで無事に朝を迎えられた事を喜んだ俺は、辺りに散らばっていたスライムの核を回収していた。少年は未だ木の枝の上で寝息を立てている。
「そういえば、依頼の中に『スライム増殖の原因調査』って言葉があったな。勢い余ってスライムを全滅させてしまったけど、結局なんだったんだ?」
地面に散らばっているスライムの核を濡らさないよう注意しながら拾い集めていくと不意に目の前の木のうろに、何かゴツゴツした物が沢山入れられている袋が目に入った。
「これは? 誰かの忘れ物か…………っ、これは!?」
持ち主の身元が分る物がないかと袋の口を開けて中を覗き込むと、其処には何と夥しい数のスライムの核が所狭しと入れられていた。
その数はパッと見でも数百はあると思われる。
「これを見る限りでは、誰かが何かの目的でスライムを此処で増殖させていたとみて間違いないな。だけど何のためにこんなことを……っと此処で考えていても始まらないな。この袋の持ち主が戻ってくると面倒だ。さっさと少年を連れて森を出よう」
俺は寝ている少年を起こさない様にそっと背中に背負うと周囲を経過しながら森の出口へと向かって歩いて行った。
そして森の中から魔法学院の敷地内へと戻った俺と少年を待ち構えていたのは、森に入る時に出会った町の門を守護していた衛兵と、衛兵に必死に何かを訴え続けている立派な髭を口元に携えた老人の姿だった。
「離せ! 離してくれ! リュリカが、儂の大事なリュリカが死んでしまう」
「爺さんが1人で森の中に行ったところで犠牲者が増えるだけだと、先ほどから何回も言っているでしょうが! 今、隊長達が捜索隊の準備をしていますから、もう暫くだけ待っていてください」
「朝から一体何の騒ぎですか?」
そんな騒ぎの中、森の中から突然姿を現した俺に、衛兵が手に持っていた槍が向けられた。
何かあった時に咄嗟に剣が使えないという理由から、両手で抱きかかえていた少年を背中に背負った状態で歩いてきたため、少年に槍が刺さるという事態にならなかったのが幸いだったが…………。
「あっアンタか。脅かさないでくれよ」
「それはこっちの台詞ですよ。いきなり槍を突き付けられて生きた心地がしませんでしたよ」
「な、なぁ、其処の君。このぐらいの背丈の少女を森の中で見なかったかね? 儂の今は亡き一人息子の忘れ形見なんじゃ。あの子に何かあれば、儂はあの世で息子に合わす顔がない…………」
只管衛兵を振り解こうとしていた老人は森から出てきたばかりの俺に涙を流しながら即座に詰め寄ると、手や腕で丁度俺が森の中で助けた少年の背丈ほどの子供が森の中に居なかったか如何か聞いてくるのだった。
「森の奥でスライムの大群に襲われていた少年は保護いたしましたが、貴方の言われるような少女を見た憶えは残念ながらありません。お力に成れず、申し訳ない」
「おおおっ、リュリカ。不甲斐ない儂を如何か許しておくれ…………」
「う~~~ん。ボクの事、誰か呼んだ?」
立派な白い髭を顎に生やした老人が森の入口で地面に膝を付いて泣き喚いていた頃、騒ぎで眼を醒ましたのか俺が背負っていた少年が身動きをしだした。
「おっ、眼を醒ましたか。自分が今於かれている現状を理解しているか?」
俺は背負っていた少年をそっと地面に降ろすと、自分も腰を落として少年の視線と俺の視線が合うようにして話し始めた。
「えっと確か、森の中でスライムに襲われて。もう駄目かと思っていた時に、兄ちゃんに助けて貰ったんだよね。そういえばまだ御礼を言ってなかったね。どうも有難うございました!」
「ああ、間にあって良かった。それよりも何処か、身体に可笑しなところはないか?」
「特に変なとこないけど…………可笑しな事といえば、なんで爺ちゃんがそんな所で泣いているの?」
身体を痛がる素振りも見せずに元気に笑っている少年の視線を辿ると、其処には眼を腫らして驚愕の表情で少年を凝視している老人の姿があった。
「爺ちゃん、いつも口癖のように『人様にみっとも無い姿を見せるな』って言ってるよね。それじゃ、まるで説得力ないよ」
「リュ、リュリカ! 無事だったんじゃなァーーー」
ついさっきまで泣き喚いていた老人は目の前の少年に『爺ちゃん』と呼ばれた事で即座に覚醒すると、涙と鼻水と涎を顔中に滴らせながら少年に抱き着こうと飛びかかってくるが、その行為を嫌がる少年の蹴りによってピンポイントで急所を蹴りぬかれ、今度は悲鳴を上げながら涙を流して地面に蹲ってしまった。
「そんな汚い顔で行き成り飛びかかって来ないでよ!」
ちょっと待てよ? 目の前で蹲っている老人は森に入って行方不明となっている少女をリュリカと呼んでいた。
しかし現実は俺が森から助け出した少年にリュリカと呼びながら飛びついてきた。
で、リュリカと呼ばれた少年は未だ蹲っている老人を爺ちゃんと呼んでいる。
……という事は、この目の前の少年=少女?
「な、なぁちょっと聞きたい事があるんだけど良いかな?」
「ん? なぁに?」
「こう言っては大変失礼なんだけど、君はもしかして女の子?」
目の前の少年(?)はランニングシャツに短パン、更には短髪と如何見ても少年だという風貌をしているのだが、返ってきた言葉は完全に俺の予想を裏切っていた。
「うっわ!? お兄ちゃん、本当に失礼だよ。ボクの事、男の子だと思ってたの?」
「ごめん」
「な~んて冗談だよ。僕も女の子だから慎ましくとか、女の子だから礼儀正しくとか言われるのが嫌だから態と男の子の格好をしているんだしね。髪の毛も爺ちゃんから『伸ばした方が可愛い』と言われるのが嫌で、自分で鋏で切っちゃったし」
完全に男勝りな女の子って奴だな。
っと、こうしても居られないなギルドに報告に行かないと。
「話は完全に変わるけど、今回俺が森に入ったのはギルドの依頼で『森に異常発生したスライムの原因調査』についてなんだけど、何か知ってる事や気が付いた事はないかな?」
「う~ん、気が付いた事か。そういえば、お兄ちゃんが来る少し前にスライムに必死に切りかかっている男の人を見かけたよ。ただボクの目から見ても剣の腕が下手くそで、スライムを倒すどころか逆に増やす結果になっていたみたいだけどね。で、散々スライムの数を増やした挙句に、あっという間に逃げ出したってところだね。で、剣を杖替わりにして逃げ出した時にボクと目があって、睨み付けられちゃったんだ」
その男は一体何者なんだろうか? もしかすると俺の前にスライムの討伐依頼を受けて森に入ったが、依頼に失敗して逆に自分を苦しめる結果にに陥ってしまったとか?
「どうかしたの?」
「俺は今からこの事をギルドに報告に行かないといけないんだけど、リュリカちゃんの見たことをギルドで説明して貰えないかな?」
リュリカちゃんは俺の言葉に対して少しの間、考え込むようにして唸ると人差し指を1本立てて言葉を投げかけてきた。
「それは別に構わないけど。一つだけ条件を付けても良い?」
「俺に出来る事なら」
「ボクの名前を呼ぶときは『ちゃん』付けは止めて! 女の子扱いされたくないから『リュリカ』って呼んで」
「えっと、初対面で名前を呼び捨てにされるのは気分が悪くならないのかな」
「ボクが良いって言ってるんだから其れで良いの!」
「そう? それじゃ行こっか、リュリカ」
「うん♪」
俺は呼び捨てで良いと言われたものの、何処かぎこちない言葉で『リュリカ』と呼ぶと、少女は急に笑顔を取り戻して俺の手を引っ張るようにしてギルドへの道を歩き出した。
因みに森の入口に集まっていた衛兵はリュリカが無事だったことに安堵して、結成されかかっていた捜索隊を解散させて本来の職務に戻っていった。
更に老いたとはいえ、男にとって一番の急所をリュリカに思いっきり蹴られた老人も昼頃になってなんとか復活したものの、男とともに姿を消したリュリカを探して、町中を延々駆けずり回っていたという。