第13話 スライム討伐と巻き込まれた少年?
ギルドで森の沼付近に異常発生したスライムの原因調査、及びスライムの討伐という依頼を受けた俺は、途中にある市場で長期戦になる事を覚悟して果物を購入し、その約30分後には魔法学園を警備しているという2人の衛兵とともに、学園の裏手にある門の前に立っていた。
俺が今立っている場所には表面に細かい文字のような物が刻まれた立派な門が聳え立っているが、その他の場所には柵はおろか壁すらも見当たらなかった。
其処に何が書かれているのか気になった俺は言語能力を駆使して、どんな文字でも読むことが出来るのだが目の前の門に刻まれている言葉は可也昔に書かれた物なのか、部分部分でしか読むことは出来なかった。
「それにしても、門から外に出なくても其処らへんから森の中に入れるんじゃないのか」
魔法学園の周囲に天然の壁のように張り巡らされている林を見ながら小声で独り言のように呟いた疑問は、この場に一緒に居る衛兵の言葉で解決された。
「いや残念ながら、何人たりとも門以外の場所から町の外に出る事も、外から町の中に入る事も出来はしない。唯一、人や物が通り抜けられることが出来る場所が町の東西南北に開けられている4箇所の門なんだ」
「成る程。あ、俺はこの先の森にギルドの仕事で用事があるので此処で失礼します。あと大変言いにくい事なんですが、此処でお願いが一つ」
「分かっている。お前が取り逃がした魔物は俺たちが責任を持って討伐する」
「俺たちの此処での仕事は、悪意を持って町に侵入する者の排除だからな」
俺は2人の衛兵に『お願いします』と軽く頭を下げると、周囲の状況に警戒しながら木々が生い茂る深い森の中へと足を踏み入れるのだった。
衛兵たちと別れて1時間後、散々森の中で道に迷った挙句に漸く目的地であると思われる沼へ辿り着いた俺だったが、不思議なことに何処にも依頼にあったスライムの姿を見つける事が出来なかった。
その代わりと言ってはなんだが、此処で不思議な光景が目に飛び込んでくるのだった。
「これは足跡か? サイズから言って子供の足跡のようだが、如何してこんな危険な場所に?」
「誰かぁ……たすけてぇ…………」
俺は目の前の泥状となった地面に無数に刻まれている足跡と、まるで其れを追っているかのような何かを引き摺っているような跡を不思議そうに見ていると、森の奥の方から子供の叫び声のような物を聞いた気がした。
「なんだ? 空耳か?」
「ーーー! ーーーーーー」
「空耳なんかじゃない。あっちか」
俺は声のする方向にアタリを付けると、一目散に走りだした。
「もう少し待っていろ。今すぐ助けに行く!」
やがて走り出してから5分が経過した頃、俺の目に飛び込んできたのは俺が今いる場所から100m程の距離にある、地上10mほどの高さにある木の枝に泣き喚きながらしがみ付いている少年の姿と、その木の根元に無数に群がって少年が力尽きて落ちてくるのを、今か今かと待ち構えている黒いスライムの姿だった。
少年が掴まっている場所の上部に何か、木で出来た箱のような物も見えるがそんな物に構っている時間はないな。
「これは30体や40体どころの数じゃないぞ。どこから此れだけの数が集まって来たんだ…………って感心してる場合じゃないな。ファイ……おっと、これは拙いか」
少年を助けるべく、数時間前に覚えたての魔法【ファイア】をスライムの大群に向けて放とうと思ったが、今いる場所が鬱蒼と生い茂った林の中であった事を思い出し、発動前に止めた。
「木々や草に燃え移る可能性があるから【ファイア】や【サンダー】は駄目か。ならば、ブリーズ!」
俺は罷り間違って狙いが逸れて少年が掴まっている木に魔法が当たらないようにと、射線軸上から離れた場所に氷結呪文のブリーズを打ち込むと、驚いたことに魔法が着弾した地点から半径50mに居たスライムが瞬間的に凍りついた次の瞬間、一斉に氷が割れる『パキッピキッ』という音とともにスライムは砕け散り、後にはスライムの核と思われる物質のみが地面に転がっていた。
「あと10mも範囲が大きければ、少年の登っていた木を巻き込んでいたところだった。俺が今放ったのは【ブリーズ】だよな? 【ブリーズボール】とか【ブリーズレイン】とかじゃないよな!?」
誰に疑問を投げかけるわけでもなく、自分のしでかした事を恐れていると木の周囲に集まっていたスライム達は仲間がやられた事に怒っているのか、一斉に木から離れて俺に襲い掛かってきた。
「ブリー…………!?」
俺に対して無数に飛びかかってくるスライムに【ブリーズ】を使おうとした俺だったが、先ほどの地面が凍りついた場面を思い出し、その恐怖感に躊躇してしまった。
だが心の内などお構いなしに、その内の1体は脹脛の辺りに飛びついてくる。
するとその次の瞬間には、まるで焼けた金属の棒を脹脛に押し付けられたかのような痛みが俺を襲った。
「グッ!?」
俺は咄嗟に腰につけている剣で脹脛にへばりついているスライムを皮膚ギリギリで切り捨てると、残ったスライムの部分を手で剥ぎ取って、痛みに襲われた箇所を見ると其の場所の衣服は溶け、皮膚は焼け爛れたような状態となっていた。
「なるほど……スライムは強酸性の物質を出して攻撃してくるのか。これは無闇に近づく事は出来んな」
【ヒール】を唱えて脹脛の傷を即座に治療すると、スライムから適度の距離を取るようにして走り続けた。
ふと先ほど俺が切り捨てたスライムの方を見ると、切った方のスライムは他のスライムに比べて一回り小さな姿で復活し、皮膚にへばりついていたスライムの破片も沼の水分を吸収し、一個体として復活していた。
「図書館の魔物図鑑で見た『下手に切りかかると分裂して復活する』とはこういう事か」
スライムからある程度の距離を保ちながら少年が何とかしがみ付いている木に近づくと、今度はあまり規模が大きくならないように心の中で祈りながら掌をスライムが蠢いている方向に向けて【ブリーズ】を唱えると、先程とは打って変わって半径2m程度の範囲でスライムを凍りつかせる事が出来た。
心の中で祈って【ブリーズ】を放った瞬間、先ほどの広範囲の【ブリーズ】を放った時と比べて、何か言葉で言い表せることが出来ない何かが出ていく感触が感じられた。
「そういえば一番最初に魔法を使った時も、今とは比べ物にならない量の何かが身体から出て行ったような感触が感じられたっけ。もしかすると、これが魔力って奴なのか? そうと決まれば…………」
俺は心の中で勝手にそう位置づけると、これまでの仕返しとばかりに次々とスライムを退治していった。
「これでラスト!」
そして最後の一体を魔法で片付けた頃には周囲は暗闇に包まれ、月明かりだけが俺と木の上の少年を照らしていた。
此処で木の上で助けを求めていた少年が静かすぎる事に気が付いて上を見上げると、其処には先程よりも低い場所にある木の枝に腰かけて眼を瞑っている少年の姿があった。
「良く頑張ったな。スライムはすべて俺が倒した。安心して下りてきていいぞ」
「……………………」
「ん? どうしたんだ?」
少年に呼びかけるも返事が返ってこない事を不審に思い、慣れない手つきで木を登って少年の元へと行くと、其処には枝に抱き付いて静かな寝息を立てている少年の姿があった。
「疲れて眠ってしまったのか。無理もないか」
俺は少年が座っている場所が、この暗闇に覆われた森の中に於ける比較的安全な場所だと確信し、少年が寝息を立てている木の下で、朝日が昇るまで寝ずの番をする事となった。
少年を抱えて町に向けて森を踏破しようとも一瞬考えたが、まさに『一寸先は闇』状態の森の中では何時何処から襲われるか想像もつかないので、無理をせずに安全策を選択した。