最終話 それから……。
ヴォルドルム卿らのドラグノア侵攻から約一年後、俺は今精霊の森の自分の家で奥さんの獣人の少女たちの御腹から生まれた5人の、頭部から獣耳を生やし、臀部から獣の尻尾を生やした可愛い子供たちと暮らしている。
俺が此処に帰って来てから何があったか説明した時は周り中から『なんて危ない真似をしてるんだ!』って凄い剣幕で怒鳴られて、大体丸3日くらい話を説明した者の誰に話しかけても返事すらしてくれなかったっけ……。
もう二度とあんな危ない事はしないと約束して何とか許して貰えたけど。
何処からともなく大絶叫が聞こえてきたあの後暫くして、城の中から疲れ切った表情で出てきた状態のヴォルドルム卿に何があったか聞いてみたところ、玉座に座っていたのはヴィリアム陛下とは似ても似つかない、複数の魔物の部分部分を所々継ぎ接ぎした化け物だったらしい。
その化け物本人は自分は元は帝国の皇帝だったと話し、現在はこの世界全てを統べる王だと名乗っていたらしい。
更に共に力を合わせて亜人達を皆殺しにして、人間だけの世界を築き上げようと協力を持ちかけてきたそうだが、当然の如くヴォルドルム卿らは『ふざけるな!』と化け物の言葉に猛反発した。
そして結局意見が対立し戦闘状態になったものの、アシュレイ、テオフィル、シュラウアの兄弟によるチームワークで殆ど抵抗できないままに壁に剣で縫い付けられた後、最後にヴォルドルム卿の攻撃で胸に剣を突き刺されてその命を絶たれたとの事だった。
実際にはもっと城内での対ゲイザム戦とか、ゾンビ化した騎士との戦いとかあったらしいのだが、城に突入した皆が疲れ切っているとの事でそれ以上の事は其の場では聞けずじまいだった。
その後、事態が落ち着いたところで城を隅々まで調べた結果、地下牢から皇帝に反逆したという事で牢に入れられていた魔法騎士のデュランドルやサミュエスといった馴染みの騎士達が衰弱が激しい状態で見つかったが、其処にはヴィリアム陛下の姿はなかったとの事らしい。
俺も此処に戻って来てから約一年が経つので、その間に亡骸でも見つかって埋葬されている事を願うばかりだ。
すっかり森に居ついてしまったリュカにも、ドラグノアから脅威が消えたからこれで何時でも戻れるんじゃないかと話したところ『此処が私の家だから何処にも戻る気はない』との答えが返ってきた。
それとデリアレイグに居た時に従者としてリュカの傍に就いていたシュナイドがいたが、彼は今何故か森に来ている。
周りから話を聞いてみると俺が森に帰ってくる2日前に、獣人の集落側の森入口から不審な者が現れたと報告があって行ってみると、結界の内部で上半身が裸状態で必死になって獣人にジェスチャーで会話を試みていたとの事。
人間の街から此処までの距離を移動してきたにしては身軽すぎるし、武器や防具に道具や食べ物といった旅の必需品も持っておらず、流石に怪しすぎるとの事で前に来た襲撃者だと思われていたらしい。
此処で唯一彼の事を知っていた人物であるリュカは獣人の子供たちの授業の真っ最中だったとの事。
集まっていた皆から剣や斧、弓といった道具を向けられていた事で自分が不利だと悟ったシュナイドが取った行動はと言うと驚くべきことだった。
侵入者捕縛用として獣人が持っていた荒縄をこれまたジェスチャーで何とか手元に手繰り寄せると、抵抗しない事を証明する為なのか自身の両足を縛り、余った縄を円状にして自身の首にかけて更にどうやったのか、自身の両腕までもを背中で縛って反抗する気はないとばかりに腹を見せた事(元より上半身裸で腹は最初から見えていたそうだが)であくまでも仮状態で受け入れられたとの事らしい。
その後、縄で縛られた状態のままでシュナイドの発言に従って、周囲を武装した狩り部隊の護衛で取り囲みながらリュカに引き合わせたところで本当に知り合いだという事が判明したが、リュカ曰く『色々な意味で危ない人間だから(俺が)帰ってくるまで見張りを怠らないで』と警告された上で縄を解かれたとの事だった。
縄は解かれたもののリュカが発言したように、俺が此処に帰ってくるまで目を離す事が出来ないとの事で集会所に押し込んだ後、何かあった時に対処できるようにと最低でも2人の狩人部隊の隊員を完全武装した状態で見張りに就かせて、俺の到着を今か今かと待っていたとの事だ。
そして今まさに帰ってきた俺が詰問で問い詰める。
まず最初に見たところ武器の類は持っていないようだったが、此処まで辿り着くまでに遭遇した魔物はどうしたかと聞くと。
「元々俺は武器を使わない戦法で戦ってますから。剣や斧といった嵩張る物は逆に邪魔になるんですよ」
との答えが返ってきた。 其れならば身を護る物は?
「少し獣臭い革鎧を着てたんですけどね。身を守るのは道具としては良いとしても腕が動かしづらいし、身を捩りにくいというのもあったから、早々に脱ぎ捨てましたよ。ほら見ての通り、傷一つないでしょ?」
まぁデリアレイグのヴォルドルム卿の屋敷で顔合わせの時にリュカによって、建物の窓から遥か崖下に投げ落とされても傷一つなくピンピンして戻って来てたから、たかが魔物如きじゃ相手にならない……か?
それなら怪我は兎も角、食べ物は流石にないと不味いだろうと聞いてみると。
「デリアレイグを出た当初は軽い気持ちだったんで、日持ちがする物を大体30日分くらいだけ持って出たんですがね。予想通り途中で無くなりましたけど、運良く実がなる木を見つけて食料確保しつつ、この森を目指して歩き続けたんですけど、とうとう実が成っている木が見当たらなくなって腹が減り過ぎて、これから如何しようと思っていた矢先に運よく俺を食おうとしてきたツインヘッドウルフに出くわしましてね」
「まさかとは思うけど……」
「いやぁ、焼いただけのウルフの肉があんなに美味いとは思ってもみませんでしたよ。最初は食う前にこれは魔物、これは魔物と自分に言い聞かせてたんですけどね。あんなに美味いのに何で誰も食わないんでしょうね? デリアレイグに戻ったら真っ先に教えてあげないと。ウルフは美味しいんだよって」
「いやいや絶っっ対にそんな事は言うなよ。というかウルフを普通に食べて何で平気なんだよ!? アンタ本当に人間か?」
まぁ何も知らない人間を毒殺するのには適した食材だとは思うが……って何を考えているんだ俺は!
「酷い謂れ様ですね。俺と母さんを捨ててどっかに行った父親はどうか知りませんけど、母親はれっきとした何の変哲もない、到って普通な人間の醜女ですよ。今じゃ歩くよりも転がした方が早いって体型ですけど」
ところどころに当の本人が聞いたら、殺してしまいたくなるような単語が混じってるぞ。
「生の魔物の血肉には凄い毒素があって、そのまま何の加工もしないで食べたりなんかしたら、まず間違いなく命を落としてしまうんだよ。さっきの『本当に人間か?』って発言は、獣人だけが魔物の血肉を飲食しても死なないって事だったんだよ」
「でも俺って見ての通り、少し頑丈なだけの至って普通な人間ですよ? 獣耳も無けりゃ尻尾もありませんし……なんなら此処で皆が見ている前で服を全部脱いで身体の隅々まで見せましょうか?」
「脱がんで良い!」
「ところで話は変わるんスけど、俺って此処に住んでも良いんですかね?」
「俺としては人間がこの森に住むことに対しては別に構わないが、長老たちがお前の事をどう思うかだな。というかその前に一つだけ確認しておきたいんだが、お前はこの森にいる獣人やエルフ、ドワーフに対してどういう考えを持っている?」
「質問の意図がよく分かりませんけど? 敢えて答えるとすれば、何とも思っていないという事ですかね」
《エスト、どうだ?》
《何とも思っていないと答える前に、ほんの少しですが動揺が走ったように感じられました》
「もう一度聞くぞ? 獣人、エルフ、ドワーフについてどう思っている? 正直に言わないというのであれば、場合によっては即刻此処から出て行って貰うことになるが?」
俺は悪ふざけを許さないとばかりに視線を厳しくして彼を睨み付ける。
「……嫌いなら姫さんがいるからと言って、最初から此処に近づいたりなんかしねえよ。幼少の頃に他の村に住んでた時に馬鹿にされてからあまり言いたくは無かったんだが、将来的には獣人と結婚したいとも考えているよ。というか許されるんなら、あの獣耳や尻尾を今すぐモフモフしたい気分なんだよ。なぁ良いだろ?」
《今度はどうだ?》
《若干不純な動機が感じられますが、嘘は言ってないようですね。他の長老たちに会わせてみても良いのではないでしょうか?》
俺が話している間に子連れの獣人がシュナイドの視界を横切ったのだが彼から何かを感じ取ったのか、それとも急ぐ用があったのかは分からないが、俺に軽く会釈すると逃げる様にして早足で去って行った。
その後、神子である俺と、分体を使用して良く見知った顔で集会所に顕現した無の精霊エスト、火の精霊サラ、水の精霊ラクス、風の精霊フィー、土の精霊ティアの5人に、一応雇用主であるリュカローネ、竜人族ザント、エルフ族長老メレスベル、ドワーフ族長老ヴェルガ、俺でも存在を半ば忘れかけていた水棲族長老ミルメイユと、次期エルフ族長老に最も近い者という事でラウラも参加して計12人でシュナイドが此処に住んでも良いかどうかを検討したところ、特に異存はないとの事で滞在を許されたが、本人曰く『母親に了解を得るために一度街に戻る。直ぐに帰ってくるから。断られても帰ってくるから』と言い残して、余程急いでいたのか食料を何も持たずに走って行ってしまったのだった。
滞在を許可した長老たちも人間で言うところのベヘモスやウォームといった、Sランククラスの魔物が跋扈している地帯を生身の人間が一人で何回も往復する事に懸念していたが、数十日後に傷一つなくピンピンした姿で戻って来た時には全員そろって大口をあけて大変驚いていた。
「ああ、旦那。ヴォルドルム様から旦那宛てに手紙を預かって来てます。返事はいつでも良いそうですよ」
シュナイドはそれだけ言うと、早速という事で獣人の集落へと走って行ってしまった。 というか、俺の呼び方って『旦那』なのか?
後日聞いた話によると普通に旦那がいる獣人の女性に『俺と結婚してくれ!』と言っているらしい。
というか森に来て早々に口説く奴に信用があるわけないのだが、それならばと印象を良くするために、リュカと共に青空教室で子供たちに対して体術などを教える為に頑張っているとの事。
ちなみに子供たちにはまるで興味がなく、恋愛対象にはならないらしい。
ところ変わってシュナイドがヴォルドルム卿から預かった手紙を開いてみたところ、其処にはドラグノア城陥落から此れまでの事がビッシリと書き記されていた。
先ず第一にドラグノアを支配していた者や、街の中に蔓延っていた変異体に正体不明の魔物を倒したまでは良いが、未だ街の中に瘴気が籠っていて中に入ることが出来ないとのこと。
第二に王が不在では色々と都合が悪いとの事から、周りの声を尊重してヴォルドルム卿がヴィリアム陛下が見つかるまでの間、仮としての王に就任したが城の内部の現状に瘴気漂うドラグノアの街では絶望的との事で周囲は仮とは思っていないらしく、奥方であるウェンディーナ様を王妃として、アシュレイが第一皇子、テオフィルが第二皇子、シュラウアが第三皇子となったが例のラウェルだけは今までの行いが悪すぎるとの事から街の人達に認められず、最低でもギルドランクBに達しない限りは皇子として認められないという事になったらしい。
ちなみに冒険者も最初からやり直しなので、今現在はランクFとの事。
レイヴは例の姿見の魔道具を用いてクレイグの姿に戻ると、宰相としてヴォルドルム卿の傍に就いたらしい。
将来的に森に戻るかどうかまでは書き記されていなかった。
そして最後に俺のことになるが、これまでの功績を讃えて近衛隊兼魔法騎士団長に就いて儂の傍にいてほしいと書いてあったが、当然の如く俺は此の森から離れるつもりはないので、この申し出は却下だ。
今の俺には、まだ立って歩く事も会話をする事も出来ないが、こんなに可愛らしい子供たちが居るんだ。
此れ以上の幸せはないだろう。
いや、逆に此れ以上の幸せを願ったら罰が当たりそうで怖い。
手紙の返事は『いつでも良い』と言っていたから、態々断りの返事をする為だけにデリアレイグに行く必要はないな。
そのうち、誰か知っている奴が此処に来た時にでも言付けを頼めばいいや。
あの変態でも来られたんだから、そう遠くない未来にでもジェレミアかイディアが来るだろう。
こうして俺は暖かい家族たちと共に永遠に近い時間を、エストを始めとする精霊に守られた森で過ごしていくのだった。
あとオマケとして、それまで出てきた主なメンバーと場所の『それから』を書いて終了となります。