第150話 突入組と防衛組
更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
前話の前置きで『たちの悪い風邪を引いた』と発言しましたが、実はまだ継続中です。
喉が痛くて咳が出て……薬を毎日欠かさず飲んでますが、中々良くならないです。
ドラグノア突入組に俺の血を飲ませて瘴気の影響を無効にした後、街の外を血を飲まなかったガッシュらに任せて俺達は意を決して街の門を開いて瘴気が外に漏れださないよう咄嗟に全員街に入ったところで扉を閉めた。
街の門は常時閉められているとはいえ、城壁の上は常に開いているので密閉する事は出来ないのだが、何故か其処から瘴気が漏れてくることはなかった。
逆に街の扉を開けた際に微量ながらも外に流れ出た事からすると、瘴気は空気よりも比重が重いと思われる。
「こ、これは何だ!? 一体此処で何が起こっているというのだ!」
街の中に足を踏み入れたヴォルドルム卿の第一声は困惑するかのような言葉だった。
だが、それは此処にいる皆が口に出しても可笑しくはない。
街に漂っている瘴気が関係しているかどうかは不明だが、俺がいたころに絵を描きたいほどの美しい町並みだった景色は本の中で見るような、おどろおどろしい魔界のような風貌を見せていた。
ただこんな事態に於いて突入組は普通に瘴気の中で呼吸しているにも拘らず、体調不良を訴える者が一人もいない事から、精霊と契約し『神子』と呼ばれる事になった俺の血を呑んだ事で普通の人間でも瘴気の中を歩き回れる事が実証される結果と相成った。
街に流れていた小川はヘドロのように悪臭を放ち、街の彼方此方に植えられている樹木は例の『魔の森』を思わせる様に意志を持っているかのように動き回り、地面には形容し難い苦悶の表情で息絶えている、貴族を思わせるかのようなラメ入りの服を身に纏っている妙齢の女性が街の門の方向……つまり俺達に助けを求めているかのように倒れている。
しかもその下半身、臀部付近には何かに食い千切られたかのような歯形がクッキリと残されていた。
よくよく見れば街の中を動き回っている魔樹も木の幹に顔のような物が見えるような気もするが。
多分気のせいだろう。口に見えるところから瘴気を吐いているように見えるのも多分……。
怖い話を見たり聞いたりした後は、錯覚で天井の木目が人の顔に見えたりすることがあるって言うし。
《いえマスター、御言葉ですが木の中からは確かに人のような気配を感じます。100%の確証は得られませんが、恐らくは生きたまま何らかの方法で木と同化させられたのではないでしょうか?》
《人間と木の同化だと!? ちなみに元に戻す方法はあるのか?》
《あそこまで同化が進んでしまっていると残念ですが……》
そうか。残念だけど、魔物として始末してしまうほかないか。
こう考えていると周りにいた突入組も、あの奇怪な姿をした魔樹が黒い霧状の物を吐き出している事に気づき、すぐに一体、また一体と切り倒されてゆく。
魔樹が元々人間であった事を知っている俺からしてみれば、心安らかに成仏してほしいと願うばかりだ。
やがて僅か30分ほどで目に見える範囲の魔樹が全て切り倒された事で、心なしか周囲に漂っている瘴気が若干薄くなったようにも感じられる。
「よし、では先を急ぐとしよう」
両手に一本ずつ剣を持って自らも参戦していたヴォルドルム卿が周囲を警戒しながら城へと近づいて行くと、不意に街の外から金属同士を打ち付けあうかのような音が聞こえてくる。
恐らくは危惧していた魔物か何かが襲って来たんだろう。
その時を同じくして此方にも建物の陰や屋根の上から異形な姿をした怪物が姿を現して、言葉にもならない意味不明な呻き声を挙げながら、各々の武器を手にして襲い掛かってくる。
「な、なんだコイツ等!?」
ゴブリンやウルフなど部分部分で見れば何処にでもいる魔物なのだが、今まさに襲い掛かって来ている者はまさに異形、もしくはミュータント、奇形と言っても良いような姿をしていた。
頭が二つあるウルフは『ツインヘッドウルフ』と言う種類がいるが、此処にいる種はゴブリンとホーンウルフという、まるで種類が違う魔物が鹿のような胴体にくっついているというようなものだった。
他にウルフの胴体に人間の腰から上がケンタウロスみたいに融合してしまっているもの。
人間の背中から、ゴブリンの腕を思わせる緑色の腕が更に左右に二本ずつ付いているもの。
身体はオーガだが、首から上は人間のもの。
良く見ると両肩にも顔のような物が埋め込まれているように見える。
首なしのオークの腹に人間の頭が埋め込まれているという物など……。
見ていて吐き気を及ぼすかのような気持ち悪くなるような物ばかりだった。
魔物の姿・形についてエストに聞いてみたところによれば、あんな姿の魔物は見た事がないとの事。
魔物の体の一部と化した人間の眉間部には、何処かで見たような文様の刺青が施されている。
前にレイヴに聞いた話ではアレは重罪を犯して鉱山送りにされる罪人に施される魔法の印らしい。
そういえば森に襲撃してきたチンピラ騎士の眉間部にも同じような文様が書かれてたっけ……。
という事はアイツらは元々、この国の騎士だったという事だろうか?
まてよ? リュカは右腕だけ竜人族の腕だったけど、此奴らと何か関係があるんだろうか?
そう思い、すぐ身近にいた人間の形態に一番近いゴブリンの腕を背中に生やした虚ろな目をした男を無理やり捕まえて話を聞いてみようとするが……。
「おい、お前らの体について知っている事を教えろ!」
「あうあおぇうきゃきゃきゃ?」
何も考える事が出来ないほどに狂ってしまっているのか、何を言っているのか分からなくて、目も明後日の方向に向いていて会話にはならなかった。
ヴォルドルム卿やレイヴ達も会話を試みようとしているが、アチラは問答無用で襲い掛かってくる始末で質疑応答はおろか、会話すら成り立ってはいなかった。
魔物に近い姿に肉体改造されて知能はないように思えるのだが、何故か同士討ちはせずに的確に俺達へと襲い掛かってくる変異体たち。
エストに聞いてみたところによれば彼等も先の魔樹同様、此処まで同化していると引き離す事は不可能とのことだ。運よく引き剥がせたとしても、一生植物人間かもしくは廃人となるとのことだ。
ならばとこれ以上苦しめないためにと、俺は心の中で謝罪しながら剣で首を飛ばした。
ヴォルドルム卿たちは最初こそ話しかけていたようだが、話が通じないと分かると殲滅に乗じたようだ。
その後、建物の陰から台所に出現するGを思わせるかのように、ワラワラと湧いてでる変異体を次々と始末しながらなんとか無事に城に繋がる跳ね橋へと到る事ができた。
不思議と城門を護る兵士も居なければ、敵を城内に入れないために通常は上げて置く跳ね橋も降ろされているという誰でも入って来て構わないといった風な光景が目の前にあった。
跳ね橋を渡っている時に急に跳ね橋に穴が開くのではと思い、空を飛ぶことが出来る俺が先頭で次に魔力探知する事ができるエルフのレイヴ、アシュレイ、テオフィル、シュラウアと来たところでヴォルドルム卿とウェンディーナ様が跳ね橋を渡り、殿しんがりとしてジェレミアが率いる冒険者の面々が跳ね橋に敵を近づけないようにして変異体と戦っている。
これまた不思議と言うか、当然というか城内には瘴気のような空気の濁りは感じられなかった。
「クロウ殿、申し訳ありませんが此処から先は我々だけで行きたいと思います」
「でも危険では? 此処から先が本陣と言えるべき場所だと思いますし、罠も多数あると思いますが」
「確かに危険ではありますが、我等も覚悟を決めて此処に来ておりますので。それに王族だけが知っている、玉座の間まで繋がっている秘密の通路もあります。通常は敵に襲われた際に王を安全な場所に逃がすために玉座の間から外へと出るための物ですが……」
「でも、あまり想像したくはないですけど玉座に座っているのがヴィリアム陛下その人だとしたら、秘密の通路の事も当然知っているのでは?」
「それは賭けとしか言えませんな」
「言えませんなって、そんな軽く」
だが俺が何を言おうとも、ヴォルドルム卿の決意は固いらしく考えは覆らなかった。
レイヴの魔力感知で罠の有無を感じながら慎重に進むとの事だ。
「クロウ殿は誠に申し訳ないのですが、外で戦っている皆の傷の回復をお願いしたいのです。必要とあらば跳ね橋で戦っている者の中から誰かを護衛として連れて行っても構いません」
俺はその質問に暫く考え込んだものの、俺一人で行動する事を決断する。
「いえ、お気持ちだけ頂いておきます。いざとなったら俺一人でなら、空を飛んで逃げられますので」
「確かに……私達では空を移動する事が出来ないので、そのような考えは持てませんでした。ならば御言葉に甘えて私達は城へと突入します。今も跳ね橋の手前付近で戦っている皆にはクロウ殿の邪魔はせぬように言いつけてありますので御気に為さらないで結構です。ただ街の内外で戦っている者が怪我を負った場合はお願いいたします」
「それは当然です。俺も出来れば知り合いに倒れてほしくはありませんから。御武運を祈っています。必ずお互いに生きて、もう一度会いましょう」
「勿論。その時はリュカも交えて3人で今までの事を語り合いましょうぞ」
ヴォルドルム卿はそう言うと最後に俺へと軽く会釈すると、事態を静かに見守っていた家族と護衛の冒険者とともに城内へと静かに走って行くのだった。
「さて、俺も頼まれた仕事をしましょうかね」
まずは変異体の攻撃で右側の二の腕に傷を作ってしまったイディアの治療からだ。