第149話 突入間近
更新が遅れて申し訳ないです。
たちの悪い夏風邪を引いてしまって酷く咳き込み、床に臥せってました。
8月2日の今現在も風邪が継続中なので、次回の更新も少し遅れると思います。
……既に少しずつ更新が遅れて来てはいますが。
ドラグノアの街に蔓延っている瘴気を前に街に入るか、帰るか迷っている俺とヴォルドルム卿たち。
いや俺だけなら魔の森で瘴気を浴びてしまった昔なら兎も角、今の俺なら瘴気を浴びても身体に不調を起こすことは無い。
その理由はエスト達精霊と契約する事で身体に流れる血や体液が瘴気に対する特効薬となり、その血を飲むことで普通の人間も瘴気の中を歩けるらしい。ただ飲んだ事により、命の危険性がある事もあるとの事。
その事を今まさに街に戻って対向と対策を考えるか、どうにかして街に入る方法を探すかかを考えていたヴォルドルム卿ら一行に話してみると……。
「そのような方法があるのですか!? それならば是非!」
と命を落とす可能性もあると説明したにも拘らず、俺の血を飲むことに一切の迷いがないのはヴォルドルム卿、ウェンディーナ様、アシュレイ、テオフィル、シュラウアの元公爵一家。
余程の強い意志があってドラグノアを奪還しようとする気持ちが窺える。
その一方で……。
「お前の血を飲むことで命を落とす可能性があるなんて、誰がそんな物を飲みたがるか!」
と激昂したのは俺も見た事がない顔ぶれの冒険者達だ。
恐らくは腕に覚えがあると言うだけで連れてこられた、ドラグノアが奪還されても奪還されなくてもどうでも良いと考えている者達だろう。
そして俺と何度か共に戦ってきた、イディアやジェレミア、グリュード等はというと……。
「皆が否定する気も分からんでもないが、このままドラグノアを放っておいたら孰れ俺達の家族が住んでいる他の村や町、デリアレイグまで瘴気に包まれる可能性がある。そうならないためにも少し怖い気もするが、敢えて此処は自分自身を犠牲にしてでも瘴気から、ドラグノアの王を裏で操っている者から守らねばなるまい」
という事で此方の見知ったメンバーも俺の血を飲むことを決心したみたいだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。覚悟を決めたのを否定するわけじゃないですけど、自身の命が掛かっているんですよ!? そう簡単に結論付けて良いんですか?」
俺はあまりにも軽い気持ちで血を飲むことを了承した皆に、慌てて駆け寄った。
「クロウ殿、もう良いのです。先ほどジェレミアが言っていた様に、このままドラグノアの街を包み込む瘴気が遠く離れた別の村や町にまで蔓延ってしまうと、それこそ為す術が無くなってしまいます。ここで我が身が大事と、先の世代に責任を擦り付けてしまっては本末転倒ですからな。それに瘴気が今まさに街から溢れださんとしているこの状況を見て放っておくことなど出来はしないでしょう」
ヴォルドルム卿らの決心はかなり固いようだな。
此処は俺が折れるしかなさそうだ。
《なぁエスト、俺の『神子』の血を飲むことで瘴気を突破できるって言ってただろ? 飲んだら場合によっては死に至ってしまうという事も……。その死はどうやっても免れない物なのか?》
《誰にでも死が訪れるという訳ではありません。これまで聖なる心で過ごして来た者になら死は低確率で、逆に邪なる心を持って生きてきた者に対しては高確率で死が訪れるでしょう》
俺が知り合ってからのヴォルドルム卿に邪な心があるとは考えにくい。
若い頃は如何だったか分からないが。
ハッキリ言って、デリアレイグの町に置いてけぼりにされている馬鹿貴族のラウェルなら間違いないほどの邪な心を持っているだろうな。
それ以前に無理矢理でない限り、俺の血を飲むことがないとは思うけど。
後はジェレミアさんにイディア、グリュード、レオン老、ディアナにウェンディーナ様とヴォルドルム卿の子息と未だ迷っている、数多くの腕に覚えがありそうな冒険者の面々か。
誠実なる思いでドラグノアに来たのではなく、恐らくは後でドラグノア奪還時に参加者に支払われるであろう、高額な報酬を目当てに参加しているのであれば生と死を分かつ割合は半々か、もしくは死の方が割合が高くなるに違いない。
そこで俺は今考えていた事とエストからの情報である『聖なる心』と『邪なる心』の説明をしてみたが、それでも血を飲む決断をした者達の心に変わりはなかった。
ただ飲むことに否定していた、顔も名前も知らない者達は更に身を縮めこませていた。
この事で突入組は全体の四分の三近くにまで減ってしまったので、逆に言わなければ良かったかもと少し後悔している。
余計な事を言って所為で戦力が減り、大変なお叱りを受けるかもとヴォルドルム卿の顔を見ることが出来ない俺がいたが、予想に反してヴォルドルム卿の顔は犠牲者を出さずに済んだとばかりに晴れ渡っていた。
その後、皆の覚悟が決まったという事で俺の掌を浅く切った後に流れ出た血を瘴気溢れるドラグノアへと侵入する人達の口の中に一滴ずつ垂らしていく。
「あまり血という物は美味くありませんな」
「そりゃそうですよ。吸血鬼じゃあるまいし」
「これだけで本当に瘴気の中を歩けるのか、少し心配になりますな。あっ、クロウ殿を信用していないわけではありませんからな」
こうして突入組全員が俺の血を体内に取り入れたわけだが、ヴォルドルム卿やレイヴが言うように特に飲む前と飲んだ後で変わった様子は見当たらなかった。
「よし! 血を飲んだ者達は儂と共に街へ、飲まなかった者は街へ入らずに周囲で魔物を狩れ。分かっているとは思うが、敵側には神出鬼没のレギオンがいる可能性がある。決して気を抜かずに最後まで心して当たれ。何かあった場合は前もって渡しておいた魔法玉を用いて合図しろ!」
「合図して気が付かなかった場合はどうするんスか?」
「その時は魔法玉を街の中に放り込め。そうすれば誰かが気付いて助けに迎えると思う。いいか? 絶対に死ぬなよ」
「死ぬ気は毛頭ないッス。だから、マスター達も気を付けて……」
「了解だ。帰ったらエティエンヌに交際を申し込む気なんだろ? 必ず生きて帰らないとな」
「ちょ!? 何で今ここで言うんスか! こりゃ意地でも生きて戻らなきゃならないっす」
『帰ったら〇〇するんだ』ってモロに死亡フラグなんだけど……。
ガッシュが生きてデリアレイグに戻れるように神に祈っておこうか。
願わくば生きて帰って告白できますように。ついでに振られませんようにっと。]
一言余計だったかな?
「なに其処で可哀想な人を見るような目をしてるッスか!」
「いや何でもないよ。じゃ俺も行ってくるから、そっちも頑張ってな」
「勿論っス! マスター達の事、頼んだッスよ」
ちなみにガッシュは俺の血を飲んではいない。
元々ジェレミア率いるドラグノアギルドの一員なので見知らぬ仲ではないのだが、何故か血を飲む事を拒否していた。
其の事について少し聞いてみると今でこそギルドの事務員として働いているが、ジェレミアに逢うまでの幼・少年期は人の命を奪うほどの犯罪は犯さなかったが、生活の為に泥棒や置き引き、スリ、詐欺など、小さい頃は結構グレていたらしい。
ちなみにディアナの方は血を飲んでもピンピンしていた。
「クロウさんの言う『邪な心』というのが何処までのレベルかは分らないっスが、今ここで命を落とすわけにはいかないッスよ」
「エティエンヌに交際を申し込むって言ってたもんね」
「恥ずかしいんで、蒸し返さないで欲しいッス……」
俺の問いかけにガッシュが顔を赤くして、此れ以上突かれたくないとばかりに剣を持って離れて行った。
そんな事を考えていると、用意を整え終えたヴォルドルム卿らが俺を呼びに来た。
「クロウ殿、そろそろ行きましょうか」
「は、はい。今行きます。それじゃガッシュ、また後でな」
ガッシュは俺の方に背中を向けているので、俺の声が聞こえているかどうかは分からない。
肩が少しピクピク動いていたが……。
そして俺とヴォルドルム卿らは意を決して何故か見張りが一人もいない、街の門を静かに開けて瘴気漂うドラグノアの街へと足を踏み入れたのだった。