第147話 町での聞き込み
リュカと共に森に来て50日が経過したところで、デリアレイグに住むヴォルドルム卿へと現状報告するために空を高速移動していたが、雲の切れ目から微かにデリアレイグが見え始めた事から徐々に速度を落としつつ人に見られない様に地表へと降り立った。
仮に遠目で誰かに見られていたとしても、空を飛べる人間は風精霊フィーと同化した俺だけなので見間違い、もしくは飛行型魔物が飛んでいたと思われるだけだと思う。
逆に『人間が空を飛んでいたんだ! 間違いない』っていう奴が出てくると周りから人間性を疑われるか、頭が可笑しい奴だと思われるかの二つに一つだろう。
そんなこんなで徒歩でデリアレイグの町の門へと歩いて行くと、門番として立っていた男がリュカと共に町を出て行った俺の事を憶えていたらしく、顔パスで中へと入れてくれた。
ふと見ると、門の陰に隠れているかのように佇む、良く見知った顔が其処にはあった。
ヴォルドルム元公爵の四男であり、俺とリュカとの因縁深い馬鹿貴族の代表であるラウェルだ。
今の俺はフィーと同化して緑髪になっている状態なので向こうは気が付いていないようだが、それでも何か気に食わないことがあるのか目つきの悪い目で四方八方を睨み付けている。
「ラウェル、交代の時間はとっくに過ぎてる筈だ。こんなところで何をしている!」
そう言葉を掛けてくる、町の見回り隊の男に一瞬目を向けるものの、すぐに興味をなくしてそっぽを向く。
「ラウェル! 聞いてるのか!」
「そう何度も同じことを言われなくても聞こえていますよ。働けば良いんでしょ、働けば」
ラウェルはそう言いながら渋々立ち上がると、ズボンの臀部に付いた砂埃を手で掃いながら町のスラム方向へとノソノソと牛歩で歩いて行く。
「まったく……ゴブリンの手も借りたいほど忙しいというのに、ゴブリンにすら劣るとは」
現代では『猫の手も借りたい』って言うけど、此処だと『ゴブリンの手』になるんだな。
どうでも良いけど、ゴブリン以下の存在感って一体……。
「ラウェルは相変わらずのようですね」
「そうなんですよ~~って、アイツと認識があるんで?」
「ちょっと此処で冒険者の真似事をしている時に絡まれたんですよ」
「それはそれは大変でしたね」
「で物事の最後に親が公爵である事を盾にするものだから始末が悪くてね」
「今でも絡まれたりした時には言ってるみたいですよ。もうヴォルドルム様は公爵ではないのにね。でもま、町の者達は公爵ではなくなっても敬意を表していますけどね。アレを除いてですが」
「あははっ、気持ちはよく分かります。っと忙しい時にスイマセン。長々と話をしてしまって」
「いえいえアレじゃないですけど、暇でしたんで別に構わんですよ」
というか『アレ』って、とうとう名前すら呼んでもらえなくなったのか。
俺が町を離れている間に何をやらかしたんだろうな。
「ところで今日はヴォルドルム卿に逢うために来たんですけど、館にいらっしゃいますかね?」
俺が門番の男にそう話しかけると急に顔を汗でびっしょりにして見るからに挙動不審になっていた。
「あ、あ~っと、す、少し前にお出かけになられましたよ」
「そうですか。失礼ですけど、何処に行ったかまでは分かりませんよね」
「さすがに其処までは……戻って来られたら代わりに伝言を伝えておきましょうか?」
「いえ其処までして貰うほどの事ではないんで。でも折角町に来たので、軽く町の中を見てきますね」
「分かっているとは思いますが、不用意にスラムへ近づかないように」
「もちろんですよ。ではまた後で」
俺は門番に後ろ手で手を振りながら、町の商店街へと行くフリをして物陰からそっと門を振り返ると、胸に手を当ててホッとしているような表情の門番の姿が見受けられた。
あれは確実に町を訪れた俺に対して、ヴォルドルム卿が何か大事な知られたくない事を口止めしているような、そんな感じが見て取れた。
門番は出かけていると言ってたから、その行き先が問題なのかもしれないな。
たぶんドラグノアに行ったんだろうとは予測できるけど、もう少し調べてみるか。
自分的には戦争なんかに参加する気はないけど、良く見知っている者が寿命以外で死なれる事は嫌だ。
ヴォルドルム卿側も俺に隠すという事は参加してほしくないと思っているだろうから、影ながら手助けをするくらいで良いのかもしれないし。
見ず知らずの俺が黒幕を倒して英雄になるよりも、デリアレイグで慕われているヴォルドルム卿らが解決した方が後腐れがなさそうだ。
そうと決まれば早速聞き込み開始だ!
……と思っていたんだが、聞き込み開始から2時間近くが経過したが有力な情報は得られなかった。
ラファルナさんの宿屋に行ってみても、イディアやグリュード、レイヴにエリスも居なかった。
それならと冒険者ギルドに行ってみれば、ギルド長のレオン老に副ギルド長のジェレミアに、ドラグノアギルドで受付けの業務に就いていたガッシュ、ルディアまでもが姿を消して代わりにエティエンヌとディアスが受付業務をしていた。
そのギルド内でも初心者と思わしき低ランクの冒険者は何人か見受けられたものの、腕に覚えのありそうな奴等は挙って姿を消していた。
因みに何故見ただけで低ランクだと分かったかと言うと、皆が群がっていたのがFやEランクの掲示板だけでD以上の掲示板には誰一人として近寄っても、目を向けてさえもいなかったからだ。
次に町の門番にヴォルドルム卿は町を離れていると聞かされてはいるが何か情報は無いかと思い、此処も顔パスになってしまった貴族街への境界門を潜って屋敷へと向かうと応対に2人のメイドが出てきてヴォルドルム卿、奥方のウェンディーナ様、長男アシュレイ、次男テオフィル、三男シュラウアに、あまり俺とレイヴに対して良い顔をしない執事までもが出かけているという。
ラウェルは実力不足という事で置いて行かれたんだろうか?
屋敷のメイドさんたちも、ラウェルの『ラ』の字も口にしてなかったしな。
ちなみに揃いも揃って何処に行ったかを聞いてみるも、口を固く閉ざして何も教えてくれなかった。
小腹が空いたところで商店街に出ている屋台で買い食いをして情報を得ようともしてみたが、此方は最初から何も知らないのか、逆に彼等が町を離れている事を知らされて困惑したような表情を見せていた。
加えてスラム近くでゴロツキに絡まれたので、逆に叩きのめして情報を聞き出そうとしたが此方も全く知らないそうだ。
それどころか俺の質問内容からヴォルドルム卿が町に居ない事を察して悪巧みを考えていたようなので、数発殴った後で雁字搦めにして町の守備隊へと引き渡しておいた。
ちなみに今の容姿では無理なのかと思い、ラクスとの同化で青髪にしてみたり、サラとの同化で赤髪にしたり、ティアとの同化で黄髪にしてみたりしたのだが、結果として何も変わらなかった。
今は守備隊とのいざこざを回避するために門を通って来た時の姿である、緑髪へと姿を戻しているが。
でも、まさか酒場で御馴染みのグリュードさんや、別の意味で御馴染みのディアナまでもが居ないなんてな。
いや、よくよく考えてみればグリュードさんとヴォルドルム卿は仲が良かったし、ディアナはギルドマスターであるレオン老の孫で、事あるごとに色々と面倒を掛けているから、弱みを握られて無理矢理連れていかれてると考えてみても可笑しくないか……。
だが、どうやらここではこれ以上の情報は得ることが出来ないらしい。
俺は自分で自分にそう言い聞かせると、足早に門から外に出る。
町を出る時には門番から何も言われなかったが、見るからにホッとしたような安心したかのような表情を見せた事は俺は見逃さなかった。
そしてデリアレイグから蔭になって見えないところまで歩を進めた俺は一気に上空へと飛び上がり、一路ドラグノアへ向けて飛んでいくのだった。
エストに、多人数で歩いても危険度が少ない区域を聞きながら地表を歩いているか、若しくは馬車で移動しているであろうヴォルドルム卿らを見逃さないよう、俺+5体の精霊で見落としが無い様にして上空を一直線にドラグノアへと向けて飛んでいくのだった。