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第145話 リュカの役目

ザントによるリュカの右腕の診察、兼ヴェルガvsリュカの飲み比べが行われた日の翌日、リュカは踏ん切りがついたのか、右腕に巻かれていた包帯と右目を隠していた眼帯を外した状態で皆の前に姿をだした。


最初こそは昨夜の事を知らない皆から動揺しているかのような声が聞こえてきたが、次第にそう言う声も納まってしまっていた。


遠回しに人伝に聞いてみた結果によると、自分達も人間側からしてみれば亜人という括りなので今更人間の身体が普通とかけ離れていたとしても特に気にしてはいないとの事だった。


それどころか獣人の子供たちからは『カッコイイ!』と懐かれているみたいだ。

リュカ本人は獣人の言葉を理解できないので、子供たちが何を言っているのか分からないそうなのだが子供たちの表情から言って嫌われているわけではないと判断し、今では一緒に遊んでいるとの事だ。


その遊び方がまた問題で見ているこっちがいつもハラハラドキドキしている状態だ。


「お姉ちゃん。次はボク、ボクの番だよ」


最初こそは子供たちも大人に習って『リュカ殿』『リュカ様』と呼んでいたが、次第に砕けて来て終いには『お姉ちゃん』で落ち着いてしまっていた。


この時に子供たちは大人の獣人達から『無礼だ』と言われて怒られていたが、この事をリュカ本人に翻訳して伝えたところ『その方が親しみを感じられるから、子供たちから呼ばれる時はそれで良い』との答えが返ってきた。 

その一方で俺の場合は老若男女問わず『神子様』統一だ。


俺も『もう少し砕けた口調で良い』とメレスベルやヴェルガに再三言っているのだが、頑なに『神子様は神子様でなければいけません』と言われ続けている。


「もう割り込まないでよ。次はアタシの番でしょ!」

「ちょっとちょっと! 未だに何言ってるか分からないけど、喧嘩するんなら遊ぶのは止めるからね」


逆に獣人の子供たちもリュカが何を言っているのか理解できないが、リュカの表情を見て怒られているのが分かったらしく、言い争いを止めて順序良く列に並んだ。

ちなみに列の最前列は兎耳の少女で、次が狼耳の少年となっている。


「うん。良い子、良い子。お姉さんはそういう子が好きだよ」


リュカの浮かべる笑みを見て、先頭に居る兎耳の少女はリュカの機嫌が良くなったことを理解したのか、まるでハイタッチするかのように片腕を大きく上げてリュカに何らかの合図を示すと、直ぐにリュカの目の前に丸くなるように座り込む。


そして次の瞬間にはリュカが右腕一本で少女を軽々と空高くに飛ばし、落ちてきたところを確実に受け止めるという、見ていて背筋が凍りつくかのような遊びを朝から今まで続けていた。


この状態は所謂、紐なし逆バンジーからの紐なし・マット無しバンジーという訳だ。


流石に危なすぎるという事で大人の獣人が止めに入ると思っていたのだが、逆に傍で親である獣人が子供が上空に飛ばされる姿を見て笑って見ている事から止めに入る気はない様に見て取れる。


まぁ獣人達も成人を迎える際に、似たような事をやってるから気楽なんだろうけどな。


そんな中でもう一つ心配となるのがリュカ本人だ。

獣人の子供とはいえ何人も何十人も放り投げていれば、その疲労はドンドンと蓄積されていく。


子供たちが日課の仕事の時間という事で列がはけたところで体調は大丈夫かと聞いてみると。


「やっぱり竜人族の腕って凄いのね。それほど力を入れてないのに、子供たちをまるで葉っぱでも持っているかのように軽々と持ち上げられたわ」


まぁ大の大人であるシュナイドを窓の外へと右手一本で投げ飛ばせるぐらいだから、子供一人くらいなら軽々と飛ばせるのも納得できることか。


「それにザントさんから、手加減を憶えないと大変な事になると脅されたから子供たちと遊ぶのも良い訓練になるしね」

「ってもしかして、アレって全力じゃなかったの!?」

「もちろん。もしも全力で投げ飛ばしてたら、何処まで飛んでいくか分からなかったよ。さすがにそんな危ない事を子供たちに対してするわけには行かなかったからね」


いや充分これだけでも危ないと思うんだが……。

それにしてもリュカは竜人族の腕に馴染みすぎじゃなかろうか?


人間の街に居た時や、この森に来て直ぐは包帯が巻かれた右腕を、別の誰かの目に見られない様に左腕で隠して歩くのが見て取れたのに、右腕を堂々と見せる様になってからは、此れまでに見られなかったほどの笑顔を浮かべて周囲の皆に完全に溶け込んでいる。


その後も村の中で俺達だけは畏れ多いという事で、果樹園の世話や魔物肉の毒抜き作業と言った仕事を割り振られてはいないが、リュカがこれでは此処で厄介になっている事に申し訳がないという事で果樹園でのお手伝いとして、収穫した果物や野菜が詰まっている重い木箱を一人で難なく持ち上げて集積所に運んだり、ドワーフの鉱山から排出される極々微量しか金属が含まれていない鉱石を砕いて粉々にする皆が嫌がる行為を他のドワーフに混じって積極的に参加したり、毒抜き後の魔物肉を世界樹の泉の水で綺麗に洗ったりと完全に集落の皆に溶け込んで作業していた。

ちなみに果樹園の収穫した野菜・果物を入れられている箱は、通常であれば大人なら2人、子供なら4人でやっと持ち上げられる物をリュカは1人(おもに右腕だけ)で軽々と持ち上げて運んでいた。


 手伝いの報酬として収穫したばかりの果物を皆で笑いながら食べてたっけ……。



ドワーフの鉱山で使用される鉱石を粉々に砕くハンマーもドワーフの腕力に合うように物凄く重く作られている筈なのに、これも軽々と右腕一本で振るってたな。


 作業の終了時に毎日のように繰り広げられている飲み会に積極的に参加して浴びる様に飲んでたな。



毒抜き後の魔物肉を世界樹の泉で洗っている際には、家から持ってきた木桶に前もって水を汲んでおいて肉を洗いながら、グビグビと木桶を何度も空にする勢いで水を飲んでたっけ。 


 そう言えば終わった後も貰った干し肉を肴にして水を飲んでたな。



ちなみにこの一連の作業を只見ているのも苦痛なので俺も手伝おうとしたのだが、周囲の『畏れ多いので、どうかそれだけは』と大反対を受けて、一人蚊帳の外で作業を見ているしかなかった。


後日、家で朝食を摂っているとリュカから折り入ってと相談を持ちかけられた。


「色んなところで手伝いしていて思ったんだけど、此処の人達って子供も大人も長老さんたち以外は物の数え方とか計算とか知らないみたいなの。ドワーフは鉱石で鍋とか剣とか作ってるから、教えなくても良いと思うけど。それで世話になってるお返しに、私が空いてる僅かな時間を利用して皆に教えてあげたいと思ってるんだけど」

「世話になってるお返しって、日ごろから果樹園とか鉱山で自分から進んで手伝いをしてるじゃないか。それを抜きにして更にお返しがしたいと?」

「いろんなところの作業は当たり前だと思っているだけ。お兄ちゃんの場合は『神子様』って立場があるから、皆に敬遠されてるみたいだけど……」


まぁそれは確かにな。俺が行って、何か作業をしようとする度に血相を変えて止めに来るんだから。


「昨日だって果樹園で収穫した果物を獣人集落、エルフ、ドワーフ、水棲族に均等に分けなきゃならないのに、態とやってるんじゃないのってくらいに偏ってたし。この事を聞いてみたら、ラウラさんとかザントさんとかが監督する日は大丈夫だけど、それ以外の時は大抵揉め事が頻繁に起きてるって」


その後、色々と話し合った結果、リュカの意志は固いという事で俺から長老と集落の皆に頼んで滅多に使う事のない集会所を特別に使わせて貰うことになった。


まず手始めに用意したのは教師役であるリュカが座る教壇だが、これは嘗ての形だけの長老だった竜人族ラグルが使っていた椅子に手を加えて机付きの椅子に仕立て上げた。


リュカが皆に見える様に書く黒板は木を貼り合わせて作った木板に、チョークは木炭で。 生徒が使うノートは木枠に砂を詰めたものを用意して、鉛筆は木の枝を代用することになった。


最初は無理な注文と思っていたのだが各長老やラウラ、ザントと言った日頃から苦労が絶えない皆が大賛成して、急遽手先が器用なドワーフと獣人族が短時間で形にしてしまった。


その後、口伝にリュカが授業をすることが集落中に広まっていった。

最初は物心がついたか、つかないかの子供が4、5人といったところだったが、今では大人たちも加わってその数は集会所に入りきらない数となってしまっていた。


中には果樹園の世話を毎日のように執り行う者の姿もあったがメレスベル曰く、滅多に我儘を言わない彼がこの時ばかりは、誰かに作業を変わってほしいと行ってきたので理由を聞くと、リュカの授業を聞きたいと言ってきたために快く許可を出したという事だった。


これにより、子供、大人問わずに授業が為され、10日が過ぎた頃には殆どの者が数の数え方や計算の仕方などを身に着けたという。



そして俺とリュカがこの地を訪れてから、早くも50日が経過していた……。

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