第12話 冒険者としての第一歩
朝一番で町の役所の3階にある図書館で念願の魔法を習得した俺は、生活費を稼ぐのに手ごろな依頼はないかと冒険者ギルドに足を踏み入れていた。
前回、登録のためにギルドに来たときはホーンウルフの角を換金するために焦っていたので、各ランクの依頼書の種類を集中してみるのは、実のところ此れが初めてとなる。
「え~っと、Fランクの依頼の殆どは『町のゴミ拾い』、『溝掃除』、『草むしり』、『荷物運び』といった様な細々とした依頼が多いな。俺も、もしホーンウルフを倒せていなかったら、こんな依頼を黙々と熟して生活費を溜めないといけなかったんだな」
しかも、Fランクの仕事は簡単な依頼が多いためか、1回辺りの報酬も200~400Gと可也少なめだった。
ギルドポイントに至っては、丸一日働いて10GP溜まるか如何か微妙なところだ。
「次にEランクの依頼はというと、採取依頼が9割を占めてるな」
此方はFランクより、ほんの少しだけマシかな? と言ったくらいで依頼の中身は『薬草の採取』、『森の果物の採取』、なぜか毒草や魚の採取という物まであった。
報酬は1回あたり、500Gに7GPとFランクに比べて少し高めの設定になっている。
恐らくは採取中に魔物に襲われるという点を危惧しての事だろう。
次のDランクからは難易度がグンっと上がり、討伐依頼が主となっている。
『異常発生したスライムの討伐』にコボルト、ゴブリンの討伐といった、図書館の本で見た限りでは比較的簡単に倒せる魔物の討伐が殆どなのだが、ここで気になる点が一つ。
図書館で見た本の内容が正しければ、スライムは下手に切りかかると分裂して逆に冒険者の身を危機に陥れる危険性があるし、ゴブリンに至っては人間のように武器を使う事もあると書かれていた。
これぐらいは出来ないと冒険者として活動出来ないとでも、遠回しに言っているのだろうか…………。
続いてのCランク依頼は俺が死に物狂いでなんとか倒すことが出来た、ホーンウルフを始めとするウルフ種や凶暴性の極めて高いオーク種、その他には商人の護衛といった風な依頼が多く貼られている。
次のBランクの依頼に至っては何故か掲示板に1枚しか貼られていなく、その内容も図書館の本の中で見た巨人種であるギガースの討伐という過酷な物だった。
まぁ登録時に説明してくれた『ワイバーンの討伐』という物自体が異常すぎる難易度なんだが…………。
実際にワイバーンの姿を肉眼で見たことが無いので断言できないが、某ゲームのモンスター曰く、飛龍のような物だろうと考えていた。
そのことを考えるとギルドの2階の掲示板に貼られている、Bランクより上位となるA、Sランクの依頼がどれくらい厳しいものになるのか興味があるが、Bランク以上でないと2階に上がれない決まりがあるとの事で残念ながら確認することは出来なかった。
「って何をのんびりと解説しているんだ俺は? 本当の意味で日が暮れる前に依頼を熟して少しでもランクアップに繋がるように稼がないと」
俺は掲示板に貼られている依頼書を『ど・れ・に・し・よ・う・か・な』と人差し指でなぞりながら、興味が惹かれた1枚の依頼書を掲示板から剥がした。
「『Cランク 森の沼付近に異常発生しているスライムの討伐及び、原因の調査 報酬:18,000G 30GP』か…………って、あれ? スライムの討伐って、Dランクの依頼書でさっき見ていた憶えがあるんだけど、これには間違いなく『C』の判が押されてるしな。単なる判の押し間違えか? 俺のランクはFだから、そんな気にすることでもないか」
俺は判の事が気になりながらも、この依頼を受けるべくギルド窓口へと足を進めた。
「この依頼を受けようと思うんですが」
そう言って、窓口へ依頼書にギルドカードを添えて提出する。
「えっと、『スライム異常発生の討伐』ですね。発見者の話によると、少なくても20体以上のスライムの群れが魔法学園に面する森の中で目撃されたそうです。それでも本当に、この依頼を受けますか?」
「はい」
「この依頼は特に期限は決まっておりませんが、魔法学園関係者の方から『生徒に危険が及ぶ可能性があるので、なるべく早く討伐してほしい』と言われています。其の為、速やかに解決してください」
俺は頷くことで其れを了承すると魔法学園の場所を聞き、早速スライムが異常発生している森へと急ぐのだった。
途中、『20体以上のスライムが』という言葉を思い出した俺は、長期戦になることを予想して魔法学院に行く途中にある市場で100G分の果物10個を購入すると、早速1個目に噛り付きながら森への道を急ぎ足で駆け抜けるのだった。
一方その頃、クロウが異世界に行く原因を作った、とある世界の最高神はというと。
「最高神様? 御自分の侵された罪を、身を持って反省していただけましたか?」
「もう何十、何百時間も前から反省したと言っておるだろう。さっさと目障りな書類の山を、儂の目の前から退かさぬか」
「その言葉に嘘は御座いませんね? もしも、この場凌ぎで適当な事を仰っているようなら…………」
「本当に本当じゃ! オヌシは天使でありながら自分自身を作り出した親ともいえる存在である儂を信じられぬというのか?」
「そう言葉に今まで数えきれないほど、騙されてきましたからねぇ」
最高神と自身が呼んだ存在が書類の山に囲まれて涙目になっているところを、横目で楽しそうに見つめると『分かりました』と言いながら目の前の山積みとなっている書類を、最初から其処には何もなかったかのように一瞬で消し去った。
「今度下らない事を仕出かした場合、こんな物では済ましませんからね?」
「分かった分かった。オヌシも融通の利かぬ男じゃのぅ」
「自業自得でしょう」
最高神は長時間ペンを握っていて固く強張ってしまった右手の手首を左手でマッサージしながら、何かを思い出したかのように目の前の天使に問いかけた。
「そういえば、向こうの世界から召喚に応じた若者……名はなんていうたかのぉ」
「確か『クロウ』と名乗っていたと聞いています。名字は忘れてしまいました」
「そのクロウじゃが、何でも聞いたところに因るとオヌシが能力値を上乗せしたとあるが間違いないか?」
「はい、間違い御座いません。あの能力値のままですと到着したその日に命を落としたとしても、可笑しくありませんでしたから」
「その量がどれくらいか分かっておるか?」
「目で見て確認したわけではありませんが魔力値は丸一日中、最大威力の魔法を行使しても問題ないほどに。体力・力も同様に考え得る最大値にまで引き上げました。魔力・体力・力共、あれだけの量があれば困ることはないでしょう」
「逆に多すぎて困ると思うのじゃがの? オヌシ、遊んでおらぬか?」
「少し…………」
この世界の最高神は目の前で頬の辺りを指でポリポリ掻きながら『少しやり過ぎたかも……』と反省している天使を『オヌシも人の事は言えぬじゃろう』と小声で呟きながら、此れまでの書類地獄で溜りに溜まった恨みを、目の前の天使で晴らしてやろうかと鋭い視線で睨みつけていた。