第141話 土産物配布
※本文中に食虫に関しての記述があります。
気分を悪くする恐れがありますので、読みながらの食事はお控えください。
聖域への帰還を祝う会が終わった後で、序に此処で御土産も渡してしまおうと考えた俺は、魔物の肉の毒抜き作業、果樹園の管理、ドワーフの鍛冶の各担当者に広場に残って貰っていた。
広場の片隅には『此れから何が執り行われるのか?』と興味津々な獣人の子供たちの姿もある。
期待させといて誠に申し訳ないが、それほど大騒ぎになるような物ではないと思う。
ちなみに世界樹の根元から湧き出す水に嵌ってしまったリュカはというと、俺の家にあった水汲み用の木桶で泉の水を汲んで、それを小脇に抱えて俺の様子を見ながら少しずつ、木のコップで掬っては口元に運んでいる。
先ずは魔物肉の毒抜き作業担当からだな。狩った魔物も亜空間倉庫の入口近くに積み上げられているから、ハッキリ言って他の物を取り出す時に邪魔になってるし。
「悪いな、待たせてしまって」
「いえ、気になさらないでください」
俺の目の前にはエルフが20人余りに獣人が10人ほど集まっている。
鍛冶を担当しているヴェルガを含んだドワーフ族5人も呼び寄せて一緒に座って貰っている。
毒抜き作業だけなら火の番だけをきっちりしておけば後は放置なのだが、問題は魔物を捌く際に血管を必要以上に傷つけてしまわないように細心の注意が必要となる。
万が一失敗した時は、その魔物の肉は毒物を一切受け付ける事のない、獣人の腹へと消えることになる。
「で、毒抜き作業を担当する皆への御土産だけど」
俺はそう言って皆の前で【ディメンション】を唱えて亜空間倉庫を出現させると、中から此れまで狩ってきたウルフ数十体の死体を集まっていた皆の力も借りて、広場へと積み重ねていく。
「此れだけあれば当分の食料は大丈夫だと思うけど、毒抜きに使う鉄鍋が不足している。かと言ってドワーフ族に頼んで新たに作って貰うにしても、今採掘されている鉱石は鍋作りには向かない。ということで俺は人間の街で売られていた鉄製の鍋を幾つか購入してきた。作業に使えるかどうかは分からないが」
そう説明しながら亜空間倉庫から取り出した鉄鍋を取り出して、皆の手が届く場所へと置く。
俺が街で買ってきたのは俗にいう、寸胴鍋という鍋で物を長時間煮込む作業に適している。
普段から料理や毒抜きなどで鍋を触っている、毒抜き担当者以外のエルフ達も鍋を触ったりしながら、使い心地を確認している。
「鍛冶担当のドワーフに対しては、鉄製の幾つかの物を用意した。といっても、使い古された剣や鎧なんだが……当然そのまま使っても良いし、潰して別の物に作り替えてくれても良い。其処は皆に任せる。御土産と謳いながら日々の仕事を増やしてしまっているだけかもしれないが」
俺は色々と説明しているが、皆の視線は亜空間倉庫の中に保存してある鉄の鎧や剣、鍋、ガラクタに集中しているようだ。
説明の為に最初に取り出したのは鍋1個とガラクタ同然の物を1個のみだ。
後の残りは皆が手分けして取り出すとの事で皆の優しさに甘える事にする。
とそんな事を考えていると、何時の間にやらリュカが片手で水の入った木桶を持ちながら俺の傍まで歩み寄っていた。こんな時でも水を手放さないとは……。
「ねぇ魔物肉の毒抜きとか、当分の食料は確保されたとか聞こえたんだけど?」
「俺も此処に来た当初はあんな物を食べるなんてって思っていたけど、実際に食べてみたら魔物の肉と言われない限り、見た目でも味でも普通の肉と何ら変わりはなかったよ」
「確かに前に旅をしていて色々な村で考えられない味付けをした現地の料理を幾つか口にした事はあったけど、それでも魔物の肉を食べるなんて……」
「そうは言うけど、リュカも実際に食べてるんだよ」
「えーーー! 嘘でしょ!?」
「嘘じゃないよ。此処に来る途中での食事に黒い干し肉の塊があっただろ? アレが薬草と一緒に長時間煮込んで、更に塩で漬け込んで念入りに毒抜き作業した魔物の肉だよ。ただ元の肉がウルフだったかベヘモスだったかは確かではないんだけどね。確かリュカもレイヴの時や今みたいに、件の干し肉を抱きしめて『これは私の!』って言って独占してたじゃないか。 まぁ、所変わればって奴だね。ちなみに毒抜き作業をする為の薬草は此処の近くにしか生えてない物が殆どだから人間の街で再現することは不可能だから。それともう一つ。今、目の前で獣人が手に付いた魔物の血をペロペロ舐めてるけど、絶っっっ対に真似しないように! 俺達人間やエルフ、ドワーフ族と違って何故か獣人族は一舐めで致死量と言われている魔物の肉を何の問題もなく飲むことが出来るんだ。それが例え木桶丸々一杯飲み干したとしても絶対に死ぬことはないから。って、お~い聞いてるか~?」
俺の呼びかけに対してもリュカは上の空で、あれほど執着していた泉の水が入った木桶をその場に残したままで舞台に腰かけて、何を考えているのか分からない表情で固まってしまっていた。
やっぱり『魔物の肉』という物体に対して、想像以上のインパクトがあり過ぎたのかな。 と思っていたら急に何かに取りつかれたかのように笑いだした。
「なぁ~んだ。食べた事のない味だったから余程のゲテモノを食べさせられて、更にその味が美味しかったから不覚にも嵌ってしまって心配してたのよね。それに食べてしまってから『魔物肉なんて』って言ったら、周りで当たり前かのように捌いて調理している皆に大変失礼になるわよね」
「えっと、ショックじゃないの? もっとこう、大騒ぎするものだと思ってたんだけど……」
「充分吃驚したわよ。でもね、前に旅をして田舎の村に泊まった時に出された自称御馳走に比べたら何のことはないわ」
「ちなみにその御馳走の中身がどんな物だったか参考までに聞いてみても良いかな? 少し怖い気もするけどね」
「えっとね……畑の中にいたミミズ、これはグニャグニャで中々噛み切れなかったな。それから木に止まってウォンウォン鳴いていた掌サイズの虫、これは逆に硬くて飲み込むのに時間が掛かったし、人の死体に卵を産み付ける習性がある鋭い針がお尻についている危険な虫も食べたっけ。あの時は村の村長の息子が食い意地をはって針を取り除かないままで食べちゃって、あとで大騒ぎになってたっけ」
「も、もういいから! と言うか仮にも王女がそんなゲテモノを食べてるなんて信じられないんだけど」
「王女とは言っても王位継承印が現れたのは、ほんの1、2年前だからさ。当時は国王の娘って言うだけでゴマすりにやってくるゲイザムみたいな奴等がウザったらくて、とうとう城を飛び出して腕試しの旅に出たついでに身分を隠して食べ歩きをしてみようと思って」
「子供の頃から物凄い体験をしてるんだね。因みに旅は1人で?」
「最初はそう思ってたんだけどね。皆が寝静かってから見回りの衛兵に気付かれずに何とか街の外に出られたまでは良かったんだけど、外に出た途端に旅支度を整えた近衛騎士と魔法騎士の女性騎士2人が待っていたの。訳を聞いてみたら、父上に全部ばれていたみたいで旅に出るのなら条件として2人を必ず同行させよって……もしも私がそれを拒否したり、行った先で逃げようとしたら首に縄を付けて奴隷紋を付けて牢に入れてでも捕まえておけって命令されたらしくて」
首に縄つけて奴隷紋に牢って……とても王女の扱いとは思えないな。
リュカはそんなにお転婆姫だったのか。
「ねぇ、なんか失礼な事考えてない?」
「き、気のせいじゃないかな」
リュカをそんな話をしている間に、ドワーフ達が亜空間倉庫から必要な物を取り出し終えたみたいだな。
と言うところで、次の土産物の配布に移りますか。
俺はそう考えると未だ納得していない表情のリュカを連れて、今か今かと待ち焦がれているであろう果樹園の担当者達の元へと歩いて行った。
果樹園の担当は魔物肉を捌くような精密さは要らないので、獣人の子供たちの姿が多くみられる。
というか暇そうで仕事を持っていないのが其のまま担当になるとも聞いているので、此処に集まっているのはかなり人数が多い。
「さて待たせてしまったようで申し訳ないな。次は果樹園を担当する皆への御土産だ。まぁ御土産とは謳っているけど、その実は仕事を増やすだけになってしまうかもしれないけどな」
俺はそう言ってデリアレイグを出る直前に、優しいサービス心満点のお婆ちゃんの店で購入した大量の種を亜空間倉庫から取り出して皆の前に置いた。
「ただ申し訳ないんだけど、作物とか果物の種だという事だけは分かってるんだけど、此れからどんな物が育つのか、どうやって育てるのか、此処で無事に実るのかは一切わからないんだ」
本当にな……どうしてお婆ちゃんの店で買った時にその話を聞かなかったんだろうな俺は。
「量は結構買って来たから、試行錯誤してどうにか育ててみてほしい。もしも足りなかったりしたら遠慮なく俺に言ってくれ。また人間の街に行く機会はあるだろうから、その時に買ってくるよ」
「い、いえ神子様にそのような事をお頼みするのは誠に畏れ多いです。これは私達が研究して必ず形にして見せます。楽しみにお待ちください」
「ああ、無事に収穫出来れば料理のレシピも増えるし、食料も増えるしで森がもっと潤う事は間違いないだろう。まったくの未経験なんだから失敗して当然と言う気持ちで気負いすることなく自由に、型に囚われることなくやってほしい」
俺がそう説明すると直ぐに飛びつくように、担当者の中のリーダーらしき獣人の男が種の匂いを嗅いだり、種のままで口に含んだりしながら種がどのような物か調べようとしていた。
《獣人の味や匂いに対する感度は人間の何倍も強いので、先ずはああやって種に残っている風味を感じ取っているんですよ》
確かに犬の嗅覚は人間の1億倍近くはあるとテレビでやってたのを見た事があるし。
目の前で次々に種を口に含んでいる獣人も御誂え向きに犬型獣人だしな。
後は任せておけば、なんとか形にしてくれるだろう。