第140話 帰還の挨拶
何度『腹を壊すから飲むのをやめろ』と注意しても尚、水が美味しいからと飲み続けるリュカを止めていた時にタイミングを読んでいたかのように現れたラウラに伴って、昨晩の内に世界樹の前にセットされたという舞台に足を進める俺とリュカ。
っていうか、もしも本当にタイミングを計っていたんだとすれば、もう少し早く来て欲しかった。
途中、件の水が湧きだしている泉を見て、頭からダイブしそうな感じで目を爛々と輝かせているリュカを力づくで引き剥がして舞台の上に設置されている椅子に腰かける俺達。
椅子に座っても時折、背後に見える世界樹の泉をチラ見しているのが少し怖く感じた。
何の変哲もない普通の水に、麻薬に似た中毒性のある成分って含まれてたっけな?
このやり取りから凡そ30分後、俺が聖域に帰還した御祝いの会が始まったのだが……。
幾らなんでも人数が集まり過ぎではなかろうか。
ラウラによれば『極力集まれたら、集まるように』と強制はしていないそうなのだが、急遽用意した舞台から広場を見下ろしてみれば、地面がまるで見えないほどに獣人やドワーフ、エルフが集まっており世界種の泉から流れ出る小川には滅多に人前には姿を現さない水棲族の姿まであった。
リュカも圧倒的な人数に腰が引けているのかと思いきや、初めて見る獣人の姿に興奮しているようだ。
時折、小声で撫でてみたいとか言ってるから獣人に対して毛嫌いはしてないみたいだな。
「それでは神子様、皆に一言宜しいですか?」
っと既に祝いの席は始まってるんだったな。
さて、何を言えば良いかな? まずは皆が一番気にしている事からだな。
「俺がこの聖域を離れていたのは短い期間だったけど、その短い期間で俺は多くの事を知った。まずは兼ねてより森を襲ってきている謎の集団の事についてだが、俺が行く先々の人間の街で調べた情報によると、とある国の王が野心を持って肥沃な大地である、この地を手に入れんと画策しているらしい」
敢えて『とある国の王』と言ったのは、直ぐ近くにリュカがいるからだ。
それにエルフや獣人達は此れまで自分達を差別し、奴隷や実験動物的な扱いをしてきたの帝国で、逆に自分たちに優しくしてくれたのはドラグノア側だと昔から信じている。
此処で『実はドラグノアが……』と言ってしまえば、此れから先のヴォルドルム卿らが正した、未来のドラグノアまでもが彼等に悪い印象を持たせてしまう。
帝国だけを悪人に仕立て上げるのは少し心が痛むが、昔からそう言う誤解を生むような事ばかりをして来たので今更取り繕ってもあまり大きな問題にはならないだろう。
「今は世界樹が張り巡らしている結界と、狩り部隊の皆の力によって食い止められているのは大変嬉しく思う。此処にいる皆の気持ちを代弁して言わして貰う。これまで聖域を不逞な輩から守ってくれてありがとう! そしてこれからも皆の力を俺に貸してほしい」
俺はそう言いながら舞台の上で皆に向かって頭を下げる。
一瞬、広場から声や音が聞こえなくなり自分の心臓の鼓動だけが大きく聞こえるような、耳が痛くなるほどの沈黙に周囲が包まれた事から『失敗したか?』と思ってしまったが、直ぐに堰を切る様に広場が大歓声で包まれた。
「うおおお! 我等の力、神子様のために! 精霊様のために!」
「侵略者たちを許すな!」
「災いを齎す者たちに天罰を! 幸を齎す神子様、精霊様に祝福を!」
自分で呷っといてなんだが、少し拙い様な気がして来た……。
エルフにしても獣人にしても平和主義者だと思ってたんだけどな。やり過ぎだな。
「皆、聞け! 皆が俺の為に力を使う事は大変うれしく思う。だが、我等の力は聖域内にいる力無き者達を護るための力だ! 決して誰かを一方的に傷つける物ではない。力は聖域に危害を齎そうとする者のみに使い、それ以外の罪無き者、戦意を喪失した者たちを傷つけ、逆に此方から攻め入る行為は、我が神子の名に於いて一切許諾することは出来ない! 此れを破りし者は未来永劫、子々孫々に至るまで許される事のない重罪を背負うという事を心しておけ」
少し言い過ぎかもしれないけど、俺自身を悪者にしてでも守るべき命は守らないといけないからな。
《マスターの言われる事は何も間違っては居りません。此処に居る皆もその事は痛いほどよく分かっているでしょう。それにマスターが言われた事は私達精霊も同じ考えです》
《そうですよ。それに私は一方的な暴力で誰かを傷つけようとする者達を守ってあげるなんて事は一切ありませんから》
《もしも力に溺れてマスターに危害を齎そうとする奴が現れたら、死よりも辛い事を味あわせて……》
《はいはい、サラはその辺で落ち着こうか。考え方が物騒になって来てるからね。エストにフィーもありがとうな》
その後、約1時間ほど経過して皆の興奮が収まりかけたところで、皆にリュカの紹介と相成った。
リュカも先の俺の言葉に少し『引いているのでは?』と思っていたが、後方から眼を爛々と輝かせて俺に熱い視線を送っているリュカが其処に居た。
まさかとは思うが、自分も狩り部隊に参加して皆を護るとか言い出さないだろうな……。
「っと此処で話は思いっきり変わるが、新たな聖域の森に住む仲間を紹介する。リュカ、こっちへ」
俺はそう言って、リュカに自分の左側に並ぶように促す。
その意図を理解したのかリュカは自分の横に立った瞬間、目の前で興味深そうに俺達に視線を向けている皆に軽く頭を下げると、それだけでリュカの存在を不審がっていた皆の顔が見るからに緩んでいく。
「此処にいるリュカは俺が人間の街に住んでた頃の家族だ。見た目でも分かる通り、髪の色こそ違うがリュカは俺の大事な妹だ。此れから色々と迷惑もかけるし、言葉もエルフ言語以外は使えないが仲良くやってほしい」
「ただいま、紹介にされましたリュカローネと言います。長い名前は呼びにくいと思いますので、親しみを込めてリュカと呼んでくれたら嬉しいです。まだ聖域の事を何もわかっていない子供のような私ですが、今日より色々な事を憶えて一日でも早くこの森に溶け込みたいと思っています」
挨拶をエルフ言語でしたリュカに続いて、司会の竜人族ザントが獣人に言葉を訳し、ドワーフ族ヴェルガがドワーフに説明し、水棲族ミルメイユが同族へと説明した。
ちなみに各種族の長老とラウラなどの御付の者、司会を務めていたザントは森に住むすべての種族の言葉を話すことが出来るらしい。
ならば普通に果樹園の世話や狩りの時、訓練の時は如何しているのかと言うと殆どジェスチャーで何とかなっているとのことだ。
さすがに此れでは将来的に不安だという事で、俺が森に来る少し前から物心ついた獣人の子供や非番のドワーフ族、エルフ族で互いの言葉についての勉強会を開いているとの事だ。
水棲族はどうなのかと聞いてみると『彼等の言葉は他の種族では発言しづらい言葉なんですよ。なので逆に彼等に此方側の言葉を憶えて貰った方が良いんですよ』との答えが返ってきた。
俺も言語チートがあるので一応は水棲族の言葉も話せるが、ものすごく甲高い超音波のような言葉を離さないといけないので誠に申し訳ないが、森に来てからはミルメイユとしか話してない状態だった。
彼女にも御付として幼い子供が2人就いているが、此方はまだ他種族の言語は理解できないとの事。
そんなこんなで『俺の帰還を祝う会』兼『リュカの歓迎会』は御開きとなり、集まっていた皆は興奮冷めやらぬままで各々の方向へと散って行く。
っと、どうせならという事で……。
「悪いけど、鍛冶担当のドワーフと果樹園と畑を管理している者、毒抜き作業を担当している者は此処に残ってほしい。御土産を渡すから、担当ごとに集まって待っててくれるか」
俺の『御土産』と言う言葉に反応した、上記の件に全く関係のない者達も足を止めて残ろうとしていたが、仲間に無理矢理引っ張られる形で広場を後にするのだった。