第137話 帰郷
思っていたよりも早く危険地帯に差し掛かった事で、やむなくリュカに魔道具を使って貰って幼児化して貰い、空を移動することになった。
幼児化する際に少しアクシデントが発生したが、リュカから『思い出さない事』『ぶり返さない事』『責任とってもらう事(?)』を約束して何とか許して貰えた。
最後の約束事の際には湯気が出るかもと思わんばかりに、顔を真っ赤に染め上げて直ぐ近くにいる俺でさえも聞き取れないほどの小声でブツブツ言っていたのをエストに仲介して貰って判明したのだが。
そういえば、その時に『よく聞こえなかった。もう一回言って』とリュカに言った時は、顔だけに収まらず身体全体が真っ赤に染まってたっけ……。
その後、魔物避けの魔道具を付けるのをリュカが嫌がった事から、魔物が飛ぶ事の出来ない高度まで上昇、更に早めにリュカに魔道具を使わせた事で制限時間である3日の内になるべく距離を稼ぐためにと速度を上げたりしていた。
山の頂上に登ったとしても到底立つことの出来ないところを飛ぶという事で怖がるかもと思ったが、予想に反して年甲斐もなく燥ぐリュカの姿があった。
いや実年齢は兎も角、今の姿は子供だから『年甲斐もなく』は変か。
「もっと高く! もっと早く飛んでよ」
「こら、暴れないの! この現状に興奮するのは痛いほど良く分かるけど、此れ以上高い場所を飛んだら寒くて凍えてしまうよ。それに此れ以上早く飛んだら息が苦しくなるよ」
身体の下には白い雲が漂ってるし、速度もマッハとまでは行かないまでも相当なスピードを出している。夜が更けて来て、そろそろ地上に降りて休まなければと思ったところで『もしや……』と思い、空中に浮かんだままで空間魔法【ディメンション】を唱えたところ、見事に俺が宙に浮かんだ状態で空間倉庫が目の前に現れた。
出現した当初は『なんで?』という気持ちが強かったが、翌々考えてみれば納得できる。
通常は一度に複数の魔法を行使する事は出来ない筈だが、今現在の空を飛ぶという行為は風の精霊であるフィーの能力なので、俺の力は一切使っていない。
その為、俺自身の魔力で魔物に魔法攻撃したり、今のように空間倉庫を出現させることが出来る。
更にいえば、この場にはリュカも居るのでリュカに火の魔法を使って貰えば魔物に攻撃する事も出来る。
「……なんで、この事に今まで気が付かなかったんだろうな」
今は出現した空間倉庫内に座って休憩している状態で今までの事を反省している。
《そう自身を責めないでください。そもそも私達が今まで契約してきた歴代のマスターでも、このような能力の使い方を発見したのはマスターが初めてなのですから》
古代魔法の使い手自体も居なかっただろうし、ましてや精霊と完全同化して心を通わせて、自在に空を飛ぶという事も……って。
《ぶり返す様で悪いけど、前回の神魔戦争だっけ? 図書館の歴史書で『火の魔神、水の魔神……』って書かれていた事から前の契約者は精霊と同化できていたんだろ? その時に今回みたいな事は起こらなかったのか?》
《前回の契約者は潜在魔力が乏しく、私達と契約できたこと自体が奇跡のような物でしたから。確かにマスターの仰られる通り、火の魔神はサラと水の魔神はラクスと同化した前回の契約者本人ですが、あの場合は同化と言うよりも契約者の持つ負の力に引っ張られて自我を失くした結果、世界を壊す要因となってしまった訳です》
《あの頃の事は巻き込まれて命を落としてしまった罪もない人間達に対して、謝罪しても謝罪しきれません。今でも、もう少し気をしっかり持っていればと思ってしまいます》
《その後は以前話しました通り、契約者が力を使い果たして回りに対しての影響が弱まったところで私とサラ、ラクス、ティア、フィーの力に加え、更に周囲に居た下級精霊の力を込めて契約者の魂を肉体から引き剥がして、とある場所へと封印したのです》
『殺した』ではなく『封印した』か……。
肉体的には魂を強制的に抜かれた事で死んだという事になるが、本人(本魂?)は天国にも地獄にもいけないどころか成仏すらも出来ず、封印が解かれるまで罰として延々と生き続けなければならない訳か。
「お兄ちゃん、どうしたの? そんな難しい顔をして」
「ちょっと昔の事で考え事をね。さて時間も遅いから、今日はそろそろ休もうか。流石にこんなところまでは魔物は来ないとは思うけど、高度が高い事から肌寒いだろう。風邪を引かないようにね」
「うん。オヤスミ」
リュカはそう言うと倉庫の隅に積んであるウルフの死体へと近づいて行くと、ウルフの天然の毛皮に抱き着く様な形で眠りについた。
天然の毛皮という事で俺も最初に触った時は癖になるほどのモフモフ感で心地よかったけど、既に息を引き取っているとは言ってもウルフはウルフな訳で……いいのかな?
ちなみにこの空間倉庫だがエストに聞くところに因ると【ディメンション】の魔法を解除するか、魔法を使った本人が死んだり、魔力が尽きて魔法を保てなくなるまで出現したままとのことらしい。
このままで俺が眠りについても大丈夫なのか聞いてみたが、特に問題は無いとの事で知らないうちに良い拠点を手に入れた事に大満足していた。
その後、食事と休憩を空間倉庫内で取り、移動時はフィーと同化しての飛行。
リュカの魔道具の制限時間である3日目以降も無駄に空間倉庫内で3日間過ごし、4日目に改めて魔道具を使って子供の姿になって貰って飛行……と繰り返した事で無事に5日目の昼頃にSランクの魔物に襲われる事なく、目的地であるエルフ達が住む聖域へと到着する事が出来たのである。
リュカの姿見の魔道具が使えない3日目以降は地面を歩いて行くことも考えられたのだが、其処は見渡す限り日の光も届かない、深くて暗い森だったため魔物避けの魔道具を使えない状態で足を踏み込むのは危険だという事で、3日間を無駄に空間倉庫内で過ごしながら無理しないで先に進もうと考えたのだった。
目的地に辿り着いた事でリュカはもう子供の姿をする必要はなくなったのだが、今まさに到着した場所は獣人の集落側の出入り口。 森に居たころは常日頃から獣人族の子供達にじゃれ付かれていたので、此処は騒ぎを回避するためにも、リュカの身の安全の為にもエルフの集落側へと移動した方が良いだろう。
という事でリュカにはもう暫くだけ子供の姿でいて貰い、反時計回りになる様にして森の外郭を廻ったところで改めて更衣室と言う名の空間倉庫を開き、その中でリュカに着替えて貰う事にした。
時間にして約10分後、着替え終えたリュカと共に森へと足を踏み入れる俺達を出迎えたのは狩人部隊のナンバー2であり、エルフ族長老の御付でもあり、家族でもあるラウラが何十人ものエルフと獣人を背後に引き連れて、まるで芝居でも見ているかのような大袈裟過ぎる、片膝を地面につけるという姿勢で俺が森に帰って来た事を喜んでくれるのだった。
「神子様、長旅ご苦労様でした。聖域への御帰還、大変嬉しく思います」
皆を代表してラウラが大真面目にそう発言するが、今でも芝居を見ているかのようだ。
俺のすぐ横でリュカもまた突然の事で茫然となり、何度何度も俺とラウラに視線を這わせている。
どうして俺が今、森に帰ってきたことが分かったのかと聞くと……。
「世界樹から神託があったのです。今日のこの時間に神子様が此処に現れると」
世界樹とは森の中央に位置する、風の精霊フィーを祀った大木の事だ。
その肝心のフィーは常に俺と一緒に居るので神託とは何か聞いてみたところ。
《襲撃者や竜人族の騒ぎもありましたから、此処を離れる時に森に何かあったら直ぐに分るようにと世界樹に分体を残して行ったんです。恐らくはその分体が、私やマスターの魔力を逸早く感じ取って長老に神託を与えたのだと思われます。申し訳ございません》
いや別に迷惑を掛けられた訳じゃないから、謝られる必要はないんだけどね。
ただタイミングが良すぎて驚いていただけだから。
ちなみに俺がこの森へのエルフの集落近くの出入り口以外の獣人側や果樹園側、ドワーフ鉱山側から森に入る事は考えなかったのかと聞くと、神子様なら要らぬ混乱を防ぐためにもエルフの側の出入り口を使うだろうという答えがラウラから返ってきた。
まぁ、その通りなので文句の言いようがないが、どうにも納得できなかった。