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第134話 リュカの身体の秘密

グリュードは結局串屋見つける事は出来なかったらしい。


串屋が屋台を引っ張って街の門を出た事は門番を務めている警備隊が見ていたのだが、串屋が街を出て暫くしてから男の悲鳴と獣の唸り声を聞いた事から、魔物にでも襲われたのではないかとの結論が出た。


事実、森の近くでバラバラになった屋台の木片と、大量の夥しい血のような痕を串屋の男を追いかけたグリュードが目にしている。姿は確認されてないが、血の量からして生きてはいないだろうと推測された。


ただグリュード曰く、血みどろの地面や壊れた屋台周辺を探して見たものの、丸銅貨1枚たりとて見当たらかったとの事。あれだけ人を騙して売り上げておいて金がないというのも可笑しい事だ。


街の門番が男の悲鳴と獣の唸り声を聞いてから、グリュードが場に到着するまでそれほど時間が掛かっていないという事だから誰かが持ち逃げしたとは考えづらい。

もし懐に全財産を入れていたとしたら今頃は魔物の腹の中という事になると思われるが、それを検証する術はないのでどうしようもない。




そして森への土産を買いそろえた後の夕食時に食堂に集まっていた皆に一度森に戻る事を言った。


「ドラグノアの現状と、皆への顔見せも終わったから一度森に戻ろうと思う」


この宿での唯一の森出身であるエルフ族のレイヴは俺の発言を聞いて、すぐにヴォルドルム卿に大事な用事があると言って宿を出て行ってしまった。 


宿に時計らしいものは見当たらないが、体感時間的に現代時間で表すと午後9時くらいだろうか。


幾ら仲が良いとはいえ、こんな時間にお邪魔するというのは失礼が過ぎるような気がする。


その後、イディアやエリスから『来たばかりなのにもう戻ってしまうのか』と言われたが、また機会があれば戻ってくることを約束した。


「そういえばパーティーを組んだ頃から借りっぱなしになっていた共有金の10,000Gを返さないと」


と道具袋の中から丸銀貨1枚を取り出そうとしていると。


「返さなくていいわ。って言っても、持ち逃げして良いって言ってるわけじゃないからね? 次に街に来た時に返してもらうから、ちゃんと戻って来ないと許さないんだから」

「えっと……わかりました?」

「なんで疑問形なのかな? まぁ、お姉ちゃんも結構面倒くさい性格してるからなぁ。これに懲りずにもう少し付き合ってあげてよ」

「こらエリス!」


イディアが戒めるつもりでコツンとエリスの頭を叩くと、この話は終わりとなった。


その後、夕食を終え部屋に戻った俺がそろそろ横になろうといていたところで部屋の扉がノックされた。


「神子様、まだ起きていらっしゃいますでしょうか?」

「あ、はい。今あけます。どうしたんだ? こんな時間に」


俺は部屋の扉を開けて、何故か夕食の時に見せなかった何日も休みなく動いていたかのような疲れた様子のレイヴを部屋の中へと招き入れる。


「神子様が明日森に戻られるとの事でお願いしたい事が御座います。明日、門を出る前にヴォルドルムの屋敷に寄って行ってくださいませんでしょうか?」

「別にいいけど、もしかして夕食の後に大事な用があってヴォルドルム卿の元に行くと言ったのは……」

「はい。その事についてです。明日は私もヴォルドルムのところまで一緒に行きます。ではこれで」

「あっちょっと待って。一応聞いておきたいんだけど、ヴォルドルム卿がドラグノアを奪還するときの戦力に俺も組み込まれていないですよね?」

「それは絶対にないと思います。もし組み込まれていたとしても、私はヴォルドルムに敵対してでも神子様の側に立つ所存でおります」


《嘘はついてないみたいですね。レイヴの言葉は信用できると思われます》


「それを聞いて安心した。ドラグノアの魔物侵攻の際に戦いには参加したけど、生身の人間相手に剣を振るうというのはちょっとね。これは情けないと言われて責められても仕方ないけど」

「いえ、神子様を責める事はありません。ヴォルドルムは手を出してはならない事に手を出したヴィリアム陛下からドラグノアを解放するために、一方で陛下は街を護るために戦うでしょう。視線を変えれば、どちらにも正義があるので、どっちが正しいかは一概には言えません」


その後、他愛もない会話を一言二言交わした後で明日の移動に備えて早めに就寝した。


翌朝、朝食時に食堂にいたイディア、エリス、グリュード、ジェレミアさんに一時的に別れを告げると、レイヴを伴ってヴォルドルム卿の屋敷へと向かった。


俺にもレイヴにも好印象を持っていない執事に案内されて、件の応接室へと向かうと其処に居たのは屋敷の主人であるヴォルドルム卿とウェンディーナ様、それに右腕に包帯、右目に眼帯を付けたリュカと護衛のシュナイドだった。


そんな中で気が付いたのは応接間に俺とレイヴが通された直後、室内にいたメイド達はおろか案内してきた執事までもが退室させられて、更に部屋の窓に掛かるカーテンは全て閉められて外から部屋の中を見る事が一切できなくなってしまった。


室内には朝早くにも拘らず、カーテンが全て閉められた事により薄暗くなったことで代わりに前もって用意されていたと思われる、【シャイニング】が込められた白く光る魔法玉が数個天井から吊り下げられていた。


「えっと出発前にこちらに寄るようにとレイヴに言われたんですけど……」

「御手数をお掛けいたしまして誠に申し訳ない。恩があるクロウ殿にこのような事を頼むのは大変申し訳ないのだが、リュカを一緒に聖域と呼ばれている森へと連れて行って頂きたいのだ」


この事を聞かされた直後、『この人は何を言っているんだ?』『変になったのか?』と失礼極まりない事を考えてしまったが、時が経つにつれて徐々に言っている事が大変な事だと気が付いたのだった。


「え、えっと……それはどういう事で?」

「ですから主人が先ほど言ったように、リュカを連れて行って頂きたいのです」

「奥方殿、それでは先程と言っている事が変わりません。順序良くお話ししないと」

「ゴホンッ、済まないな。昨日の今日で決まった事なので、少し興奮が収まらないのだ」


という事は昨日俺が急遽『森に帰る』と言った事で今回の事が決まったという訳か。


「要はリュカを人の目が及ばない所へと隠しておきたいというのが理由ですね。当然、その期間分の謝礼金はお渡しいたします。誠に不本意ながらもドラグノアではリュカローネ姫死亡説というのが流れているようですが、デリアレイグにいる皆には良い意味でも悪い意味でも此処でリュカが生活している事が知れ渡っています。その為、常に警備隊が何人か張り付いていないと命の危険がリュカに差し迫ってしまいます」

「でも魔物の襲撃なら結界で防げるわ。それに仮に不審者が襲って来たとしても、私の右腕の力があれば怖いものなしよ」


そういえば包帯を巻いている右腕はどうなっているんだ?


痛がる様子は見せないから、怪我をしているという事は無さそうだし。

それに仮に怪我をしていたとしても回復魔法【ヒール】を掛ければ済む事だから、敢えて包帯でグルグル巻きにしなくても良い筈だしな。


右目の眼帯の事も気になるけど何かわけがあって、人には見せられないという事なのだろうか?


「確かにリュカの言うように、街には魔物避けの結界が張ってあるので魔物は侵入できない。だが、事態はそんな簡単な事ではない。まだ一般的には知らせてはいないが、最近街の門付近で警備に就いているB・Aランクの冒険者達が背後から何者かに襲撃されて抵抗する間もなく負傷している。治療を終えた者達によると背後から殺気を感じ、気が付いたら地面に倒されていたとの事だ。意識を失う直前、獣の足が見えたと話している事から幾ら結界で守られているとは言っても安心は出来ないだろう」


冒険者になりたての初心者ならいざ知らず、BやAといった上級クラスの冒険者が何の抵抗も出来ないままで倒されるというのは由々しき事態だな。


「しかも謎の襲撃者は日を追うごとに何かを探しているかのように範囲を狭め、徐々に街の中心部へ差し掛かろうとしているのです。更に狙われているのは決まって、Bランク以上と言う上級クラスの冒険者ばかり……レオン老にも登録した冒険者の情報が洩れていないか、確認をして貰っているところだ」

「シュナイドとて四六時中、リュカに張り付いていろとは言えぬしな。それに街を歩いている時に何者かに襲われて何かの拍子に腕を見られたら一体どうするつもりだ?」

「それは……」

「腕って、一体リュカの腕は包帯の下に何があるんですか?」

「そうでしたな。これから世話になるクロウ殿にも見せておかねばなりませんな。リュカ、包帯と眼帯を外しなさい」


ヴォルドルム卿は睨み付けながら、儂の言葉に逆らう事は許さないとばかりに背筋が寒くなるような冷たい声でリュカに腕の包帯と眼帯を取るように命令した。


その一方でリュカはと言うと、此方も渋々といった感じでゆっくりと包帯を解いてゆく。


腕の包帯を解いた後は身に纏っていたマントの内側で右腕を隠しながら、右目の眼帯を取り外している。


更に追い打ちとばかりにウェンディーナ様にマントを外すよう命令されて漸く、内に隠されていた事実が明らかとなった。



リュカの右腕は肩口から指先に掛けて、竜人族やリザードマンの肌を思わせるような黒光りする鱗に覆われ、同じように隠されていた右目もまた爬虫類を思わせるかのような、縦に裂けた目をしていた。


一方で左目と右肩から胴体に掛けては、少し傷があるものの何の変哲もない綺麗な肌だった。


「あの……これは一体」

「ドラグノア城の自分の部屋で寝ていたら、何かが刺さったようでチクッとしたの。最初は虫にでも刺されたんだと思ったんだけど、ある時に酷く痛痒くなって刺されたところを見てみたら、二の腕の極々一部分だけだけど、蜥蜴みたいな手触りのゴワゴワとした肌に変わってたわ。これは悪い夢だわと思って誰にも言えずに患部を隠して生活していたら、いつしか肩口から肘まで全てが鱗で覆われた肌になってたの」

「それで昔取った杵柄で裏の情報に精通している私の元に情報を求めてきたのですが、その頃には既に肩から指先に至るまでが鱗に覆われて、更に眼も変化していました。私達の一族では王位継承権を持つ者は竜眼と呼ばれる、今まさにリュリカの右目のような文様が出る事はありますが、それだって一時的な短期間のみで、此処まで出っぱなしになる事はまずありえません」

「緘口令を出してはいますが、このままではいずれ街の者にもリュカの現状が漏れてしまうでしょう。そこでクロウ殿には人の目が無い、亜人達が住む森でリュカを匿って頂きたいのです」

「かなり自分勝手ではありますが、なにとぞ御了承願います」


そう言ってヴォルドルム卿とウェンディーナ様は自身の立場も弁えず、一冒険者でしかない俺へと深々と頭を下げたのだった。

リュカの方に視線を合わせると最初は反対していたものの、此れ以上ヴォルドルム卿に迷惑を掛けられないと思っているのか、何も言わずに黙って右腕に包帯を巻きなおしている。


そしてリュカの御付であるシュナイドもまた、発言を許されてないのか無言で跪いている状態だった。


《エスト、この事態を如何見る?》

《状態を見るに先祖がえりの類ではないかと思われますが、この一族の先祖に竜人族が居たのでしょうか? いえ……仮にいたとしても産まれてから十何年も経った今、こんな短期間で目に見えるほどの変化が出る事は流石に不自然すぎます。先祖がえりが出る確率はかなり低い物ではありますが、このような症状は初めて見ました》


この後、森までの移動の妨げになる為に何とかして断れないかと画策した俺だったが、ヴォルドルム卿にウェンディーナ様、レイヴに加えて涙目のリュカに詰め寄られた事で了承せざるを得なくなってしまった。


そして元々俺一人の食料しか用意していなかった事でヴォルドルム卿から大量の食料の支援を頂き、ウェンディーナ様から今回の報酬の前金として1枚の白金貨を頂戴した。


流石に『貰い過ぎでは?』と聞いたが、此れから大変な苦労を掛けることになるので何も言わずに黙って受け取ってくれとの事だった。


リュカ一人に対して幾らなんでも大袈裟と思えるような1億Gという途轍もない金額を渡されて、この話(やり取り)は終了となり、俺はリュカを連れて森を目指し旅立つのだった。


「お兄ちゃん、不束者ではありますけど、此れからもよろしくお願いしますね」


最後の最後で本気なのか冗談なのか分からない、突っ込みどころ満載な言葉のやり取りをして俺たちはデリアレイグの街を出発したのだった。


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