第132話 土産を物色
昨夜の食堂での干し肉騒動から一夜明け、俺は素顔のままで商店街の通りを堂々と歩いている。
時折、通りから裏通りに続く細い路地から舌なめずりしていそうなチンピラ風のゴロツキ連中が俺を見ているとエストから情報が寄せられるが、流石に商店街の中では襲いづらいのか、それとも此処では襲ってはいけないという決まりでもあるのかどうかは不明だが、俺が此処に来てからは商人以外から声を掛けられていない。
そんな風な事を思いながら道端で立ち止まって見ていると、ちょうど肉を串に刺して炭火の上で焼く屋台の前だったらしく、客寄せの威勢のいい声がかけられる。
「おっ、そこ行く兄ちゃん。いつもなら肉串3本で50Gだが、今なら特別に5本で100Gにまけとくがどうだい?」
「じゃ、10本で」
「まいどあり! すぐに焼くから待っててくれよな」
屋台から旨そうな、香ばしい匂いを漂わせている肉串の屋台で誘惑に耐えきれずに、ついつい寄り道をしてしまう。
というか誰かと会う約束もしていないし、何処かに行かなければならないという事もないので寄り道と言うかどうかは不明だが。
「ほら焼きあがったよ。あまり五月蠅い事は言いたくないが、食べ終わった後の串を道端に捨てないでくれよ? 折角ウザったらしい貴族連中が消えて、街が綺麗になってきたところなんだからよ。本当は屋台の前で美味そうに食べてくれりゃ、宣伝にもなって良いんだけどな……」
俺に肉串を手渡してからも何やらブツブツと独り言を呟いている店主を横目に焼きたての串へ齧り付くと、鼻を擽る香ばしい匂いと噛めば噛むほど口の中に広がる甘酸っぱい肉汁で、肉を口へと運ぶ手が最後まで止まらなかった。
あの値段でこれだけ美味ければ、あと2、30本は軽く食べられそうだが、上手い具合に俺が食べている姿が宣伝となったのか、いつのまにか肉串の屋台の前には隣の店の邪魔になるほど沢山の人だかりが出来ていた。
その中には良く見知った筋肉馬鹿の姿も見受けられる。
幾ら美味しくとも行列に並んでまで食べたくないという考えの俺は捌ききれないほどの、串を求める人数に嬉しい悲鳴を上げている屋台に後ろめたさを感じながら商店街の奥へと歩いて行く。
その途中、森でドワーフ族長老ヴェルガに別の物に加工して貰うべく、鉄製の武器や防具を買い求めるべく武具店に立ち寄った際には店主と思われる、顔中髭もじゃの男に話しかけられた。
「おう、お前さん客か?」
「この店の客になるかどうかは置いてある物を見てからだな。自分が求めている物がなければ客じゃなく、ただの冷やかしになってしまうからな」
「違いねえな。ちなみにお前さんの戦闘スタイルは何だ? 剣か? それとも槍か? その身体つきで斧って事は流石にねえよな」
「一応は魔法がメインだ。剣も一応は使えるがな」
魔術師ってことで馬鹿にされるかもしれないな。
それにしても斧を持てないほど俺はひ弱に見えるんだろうか? 事実だから文句を言うつもりはないが。
「なるほどな。魔術師ってえんなら、重い鎧は無理だな。だとすると、革鎧が妥当か? 此処には置いてないが、ローブ系のヒラヒラしたモンは剣を振るのに邪魔になるから、俺としては薦められないな。まてよ? あれならいけるか……」
店主はそうブツブツ言いながら、俺に待っているように言うと店の奥へと入って行ってしまった。
店先に置かれている騎士の鎧そっくりな、全身を隈なく覆う防御力の高い金属鎧にも憧れるけど、下手に足を滑らたり、魔物に突き飛ばされたりして深さがある川や湖に落ちた日なんかには湖底まで一直線に為す術なく沈んで行ってしまうんだろうな。
そう気分が落ち込むような事を考えていると、店の奥から店主が肩に大きな箱を乗せて戻ってきた。
店主が持っていた箱を床に置くと、中からは真っ黒な革鎧と肘あて、膝当てが各2個ずつと、金属製の手甲が左右1着ずつ納まっていた。
「待たせちまって悪りいな。これはウチの親父が前に冒険者をやっていた時に作ったもんだ」
「手に取って見てみても?」
「構わねえよ。好きなだけ見てってくんな」
店主の了解を得て革鎧を手に取って見てみると革特有の匂い……というか何故か若干の獣臭がする。
匂いの事を敢えて除けば、未使用品なのか傷一つない事が窺える。
箱に埃が積もっていた事から、もしかしたら非売品という事で大事にして来たものではなかろうか?
「つかぬ事を聞くが、此れは普通に買える物なのか? 状態を見る限りではとても大事そうにされているようだが?」
「いやいや、そんな事ねえよ。此処に置いてある以上、どんなモンでも売り物さ。ただ、この革鎧は革特有の匂いの他に獣臭がするだろ? 下手に店頭に置いておくと、客が寄り付かねえんだよ」
そんな物を売りつけようとする方も如何な物かと思うんだが……。
「そもそも、何で獣臭がするんだ?」
俺が気になっている其の事を聞くと、店主は妙に疲れた表情で椅子に座り頬杖をつくとボソボソと話し出した。
「ウチの親父が冒険者をやっていた事はさっき話したろ? 親父は兼用して革鎧職人もやってたんだけどさ、当時は事あるごとに仕入れる材料の革が高いってぼやいててな。俺ら家族は愚痴を聞くたびに『その分、料金に上乗せすりゃ良いじゃねえか』って窘めていたんだよ。で、あるとき何を思ったのか魔物を狩って、その魔物の皮を代用すればギルドからも魔物討伐の報酬が得られて、革鎧も売れて一石二鳥だと言うようになってな」
まぁ確かに腐るほどいる魔物を使えば、皮剥ぎの面倒臭さは別として材料費はタダになるだろうけど……。
革鎧から今もなお、発せられる匂いは魔物の皮に因る物か。
「で完成して店先に置いてみたは良いんだが、その革鎧から漂う匂いで余計客足が遠のいてしまってな。結局これは完成と同時にお蔵入りとなってしまったわけだ」
「その結果だと親父さんも落ち込んだ事だろう」
「ほんの一瞬だけな。で、懲りずに匂いのしない新しい革を手に入れる為ってことで冒険に出かけたのが今から5年ほど前の事だ。今何処で何をしてんだろうな……」
軽い気持ちで武具屋に入ったはずが、ものすごく重い気持ちになってしまったな。
こんな話を聞いた後だと『匂いが酷いから買わない』なんて口が裂けても言えないじゃないか。
《あのマスター、部屋の奥にこの方の父と思われる方がいるようですが》
多分、命を落としてしまった後でも店主の事が心配で魂だけ戻って来て見守っているんだろうな。
《いえマスター、そういうことではなくてですね》
「でもそれって言いかえると、親父さんの形見の品って事になるんじゃないのか? 俺に売ってしまって構わないのか?」
「革鎧は別に美術品とかって訳じゃないんだぜ。鎧は使ってこそ、その価値が見いだせるんだ。志半ばで命を落とした親父の事を想ってくれるんなら、此れを使って魔物を一体でも多く倒してくれ」
「分かった、買うよ。値段はいくらだ?」
「13,000Gって言いたいところだが、親父の事を想ってくれたんだ10,000Gで良い」
「じゃ、これで……」
そう言って俺は元気なさげな店主に丸銀貨1枚を支払った。
「それと悪いんだが、鉄製の武器や鎧を幾つか見繕ってくれないか?」
「鉄製の武器と防具ねぇ……鉄製だとあまり耐久性が良くねえが良いのか? 銀製の武器や鎧なら多少値は張るが、良い物が揃ってると自負するが」
「いや俺が使う訳じゃないんだ。久々に故郷の村に帰ろうと思ってな。それで村の自警団に土産として持って行くつもりなんだ。村には鍛冶師もいるから鉄製の物なら簡単に修復できるからな」
「根掘り葉掘り聞くつもりはないから、それで良いぜ。実をいうと鉄製の武具類は見た目的にもあまり人気がなくてな。店に置いてあるのは、鉄の剣が8本と鉄の鎧が6着。それと冒険者からタダ同然で買い取った廃棄物が裏のごみ溜めに置かれてるが如何する? 引き取ってくれるってぇんなら、革鎧を買ってくれたって事でタダでくれてやっても良いぜ」
「それは願ったり叶ったりだが、本当に良いのか!? 後で返せと言われても返す気はないぞ」
どっちみち返せないと思うけどな。
貰った鉄は持ち帰って溶かして、ドワーフの手によって別の物に生まれ変わるんだから。
「こっちもゴミを押し付けてるんだからな。全部ひっくるめて15,000Gで売ってやるよ」
「よし買った! で度々申し訳ないんだが、革鎧と鉄製の武具を全部ひっくるめて魔法学院の跡地に建っている宿に届けてくれないだろうか。流石に此れだけの量を持ち運びするのは不可能なんでね。あっ、もちろん運搬費がかかるって言うんなら、此処で一緒に払うが」
「運搬費なんていらねえよ。さっきも言ったが、こっちは金を掛けずにゴミを処分できるんだ。これで追加の金を貰ったりしたら罰が当たっちまうわ!」
その後、店主に追加で丸銀貨1枚と角銅貨5枚を支払った俺は、今日中に宿に鉄の武具類を届けてくれることを約束して商店街のぶらり歩きを再開したのだった。
その後、クロウが立ち去ってからの武器防具店はというと……。
「あの若造が、儂を勝手に死んだことにしおってからに。お前もお前だ! 何が『志半ばで死んだ親父』だ!」
「何言ってんだ! シナリオを書いたのは親父じゃねえか。俺は親父が書いたシナリオで感情を露わにしてアイツに廃棄品を売りつけたんだぜ。褒めてくれたっていいじゃねえか」
店主は5年前に新しい革を探しに親父は旅に出たと言ったが、実はその話には続きがあり4日後にはピンピンした姿でオークやコボルトなどの死体を一つに縛り上げた状態で悠々と戻って来ていたのだった。
「にしても親父よう。幾ら俺でもコボルトとかオークみたいな人型の魔物から皮を剥ぐのは、気持ちの良い事じゃなかったぜ。もうちょっと俺の取り分を上乗せしてくれても良かったんじゃないのか」
「なんだ、またその話か。お前に言ってあっただろう。魔物の革で作った革鎧の売り上げの半分を報酬として渡すと。そんで漸く1着売れたかと思えば、儂に黙って勝手に3000Gも値引きしおって」
「それを言うなら、何の役にも立たない鉄くずを全部ひっくるめて15,000Gで売った事を褒めてほしね。アレだって親父が外で拾って来たものを新品に見える様に磨いて、店頭に並べて置いといただけで元手はタダじゃねえか」
「ぐぬぬ……ああ言えば、こう言いおってからに。っと、そろそろ届けてやらんで良いのか?」
「もうこんな時間か。じゃちょっくら行って届けて来るから大人しくしててくれよ」
「おぅ、とっとと行け」
その後、クロウが買い求めた物を魔法学院跡地の宿に届けた後、店舗に戻ってきた店主が明日の仕込みとして鍛冶場にたったところで異変が生じた。
突如として金属を打つために起こした火が一気に燃え広がり、残りの革鎧を含む店舗の一部が消失。更に武器防具店限定という、物凄く不自然な突風が吹き荒れて燃え残った店舗を吹き飛ばし。そして時を同じくして店舗の裏手にある生活用の井戸が完全に干上がって水が無くなった。そしてトドメとばかりに突如として地面が陥没し、武具店は地割れに飲み込まれる事になったのだった。
因みに店舗を飲み込んだ後の地割れはその後何事も無かったかのように元の状態に戻り、後に残るは何があったのか分からないと言った表情で放心している店主と死んだように眠っている、元冒険者の店主の父親の姿だった。何故かクロウが店に支払った丸銀貨2枚と丸銅貨5枚は何時の間にか財布の中に戻ってきていたらしい。
この異常事態に対して、街の人達の反応はというと……。
「今まで非人道的な商売を二代に渡ってやって来たから、罰があたったんでしょ」
「店で売れる物を探すために墓荒らしをしたって話もあったから、亡くなった人に祟られたんじゃないの?」
「詐欺まがいな商売をしておいて何かあったら『騙された方が悪い』って開き直ってたんだから、誰か騙された奴が腹いせに復讐しに来たんじゃないのか? どっちにしても武具屋に同情する気は全くないけどな。むしろ商売屋の面汚しが無くなったことで清々したくらいだ」
……との事だった。
補足:
途中の肉串屋の値段設定は計算間違いという事ではなく、人の良いクロウが安売りと見せかけて逆に高く売るという、意地の悪い串屋の店主に騙されてしまったという展開でした。
結局、肉串にしても武具にしても簡単に騙されてしまった主人公と言う流れでした。




