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第131話 宿屋の食堂での一幕

ヴォルドルム卿の屋敷からレイヴがオーナーの宿屋に戻って来て、都合三回目となる説明をグリュード、イディア、エリス、ラファルナさんに周囲を取り囲まれる形で、まるで尋問をされているかのように精霊や不老の事以外を話した俺は力なくテーブルに突っ伏していた。


宿の手伝いをしているエティエンヌとディアスは忙しいギルドの手伝いへと駆り出されているし、盲目の冒険者は件の『散歩』が始まる前に魔物の討伐へと出かけたとの事だった。


目が見えないのに戦えるのか、途轍もなく疑問なんだけど……。



そんな俺をよそに取り囲んでいた皆がエルフの話題で大いに盛り上がってゆく。


アルコールも入っているので、沈静化するのはかなり時間が掛かると思われる。


「エルフや獣人の方々が住んでいる森ですか。私も一度行ってみたいですけど、話を聞く限りではSクラスの魔物を楽々倒せるまで強くならないといけないんですね」

「エリスはやっとCランクに上がったってとこだから、実際に行くのはまだまだ当分先の事ね。代わりに私が行って、思う存分自慢話を聞かせてあげるわ」

「そう言うお姉ちゃんだってBランクじゃない! そもそもエルフの言葉が理解できるの?」

「残念でした。挨拶程度ならレイヴさんに教わっている途中よ」


此処にいる皆がエルフやドワーフ、獣人などの存在を否定するような帝国の様な人間だったら一体どうしようかと思っていたのだが、良い意味で予想が外れてくれて幸いだった。



やがて話は更に盛り上がって行き、話題はエルフの集落での食事風景に成り代わった。


「ねえ、クロウは森でどんな暮らしをしていたの? 食事は想像したくないけど、虫とか?」

「さすがに虫は食べなかったよ。例を挙げるとすれば今までに食べたことが無い『とある動物』の干し肉とか、皆が当番制で育てている果物とか野菜関係が殆どだったね。森にはパンみたいな物は無かったから、ガウェインさんの酒場でパンとスープの食事にありつけた時には嬉しくて嬉しくて、涙を流しそうなほどだったよ」


しみじみと口にした言葉にイディアは苦笑し、エリスに至っては生暖かい目で俺を見てくる。


そんな中、グリュードはアルコール臭を漂わせる、木をくり抜いて作られた中ジョッキを手にして、空いている方の手で果物に噛り付きながら話に参加してくる。


「干し肉か……果物よりかは酒に合いそうだな。一体どんな味なんだ?」

「作る過程で沢山の塩を使ってるから、味は濃い目だな。俺も最初の方は(別の意味で)抵抗があったけど、今じゃ(魔物の肉だという事を)気にもならないほど好きになってるよ」

「くぅ~~聞けば聞くほど、この辛い酒に良く合いそうじゃねえか」

「俺の荷物の中に少しだけだけど、干し肉があるから持ってこようか?」

「な、なに!? そんなんなら早く持ってきてくれよ! 焦らすだけ焦らしておいて『もう全部食べちゃってた』なんて言ったら張り倒すぞ」

「っと頭の中まで筋肉が詰まっている馬鹿は置いといて、私も未知の味というのが気になるわ」

「分かった。じゃ持ってくるから待っててくれ。後、先に言っておくけど量はあまり多くないから取り分で争わないでくれよ。まぁ味が濃い食べ物だから余程の事じゃない限りはがっつかないと思うけど」


最初に部屋でレイヴに件の干し肉を見せた際には、我を忘れてがっついたからな……。


俺は皆を食堂で待たせると自身の部屋へと戻り、直ぐに空間魔法【ディメンション】を使って亜空間倉庫の入口を開き、中に収められている魔物肉の干し肉に手を伸ばした。


「あの場に居たのはイディアにエリス、グリュードとテーブルの上の物を片しながら、此方にチラチラと興味ありげに視線を寄越していたラファルナさんの4人か。食べている最中に人数が増える可能性も考慮して1kg程度の塊を持って行くのが妥当かな。少し多すぎな気もするけど……」


そして部屋で様々な事を考えていた結果、気がつけば10分近くが経過していた。

(時計がないので、大凡の事でしかないが)


此れ以上時間を掛けると待ちわびたグリュードが暴れそうなので、足早に部屋を後にして食堂へと戻ると、其処には10分前には居なかったレオン老とジェレミアさんの姿があった。


ちなみに件のグリュードはというと、何故か石畳の床に俯せの状態で横になっている。


ラファルナさんはいつもの厨房ではなく、イディア達と並んで椅子に座って、床に寝そべっているグリュードに冷ややかな視線を向けているし……この10分の間に食堂で一体何があったんだろうか? ある程度予想はつくが。


「えっと、イディアさん達は何で此処に? ヴォルドルム卿の屋敷を出る時には、今回の件で徹夜で後始末をしないとと愚痴ってましたよね」

「何故かはわからんが、今を除けば二度と手に入らぬ物があるような気がしての。老体に鞭打って駆け付けたまでじゃ。嬢ちゃん、腰を揉んでくれんかね?」


レオン老は態とらしく腰の辺りをポンポンと叩きながら、イディアの隣に座っているエリスに腰を揉むように言っているが、当のエリスは苦笑いしながら呆れているように見える。


「ふっ、老体とは言い得て妙ですな。一体何処の世界に私でも追いつけないほどの速度で走ることが出来る老体が居るのですか? しかもその理由が食い意地が張っているだけとは嘆かわしい」

「オヌシこそ、儂を追いかけるフリをしていたのではないかの? 此処に来る途中で解けた靴ひもを結ぶために立ち止まっていた儂を追い抜いて行ったではないか」

「私は元々この宿で世話になっている身ですからね。さすれば私が宿に帰る事は可笑しくありますまい」

「全く……ああ言えば、こう言う」

「それは此方の台詞です!」

「二人とも、その辺にして貰えませんかね。此れ以上駄々を捏ねるというのなら、御二人には此処にいる皆が楽しみに待っている物をあげませんよ。というよりも取り分が二人の分だけ減るのなら、結果的に一人一人の量が増えるので皆にしてみれば願ったり適ったりですね。じゃそう言う事で二人は思う存分、言い争ってください。それを皆で酒の肴にして楽しみますから」

「「それは駄目だ!」」

「無理して仲良くしなくても良いですよ。では皆、お待ちかねの物です。二人は無視して思いっきり楽しみましょう。グリュードもそろそろ起きないと食べられなくなりますよ?」


俺がレオン老とイディアさんを省いた全員にそう声を掛けると、待ってましたとばかりに歓声があがる。


先程まで床に寝そべっていたグリュードも額に瘤のような物が見えているが、そんな事はどうでも良いとばかりにテーブルの上に置かれているジョッキに手を伸ばしている。


皆の目は俺の手の上に載っている干し肉に釘づけ状態となっているが、イディアさんとレオン老は俺に怒られた事で意気消沈してしまったのか、床を見つめながら口を噤んでいる。


「二人とも、いつまでそんなところに居るんですか?」


二人は俺のその言葉に刑を執行されたかのように表情を暗くすると、宿の入口方向へと元気なくトボトボと歩みを進める。 どうやら少し意地悪が過ぎたのかもしれないな……。


「だ・か・ら、なんでそんなところに居るんですか? 反省したのなら、皆で一緒に楽しみましょう。テーブルの上の飲み物が入った器の数を見てください。明らかに数が2つほど多くないですか?」


ちなみにこの後も宿の仕事が残っているラファルナさんと、姉にまだ早いとの事で酒を飲ませて貰えないエリスと、酒を飲めない俺は果物を絞ったジュースがあてがわれている。


「……良いのか?」

「俺に聞くよりも、皆の表情を見て良いか悪いか判別できませんか?」


グリュードだけは本気で取り分が少なくなると愚痴っているが、イディア達はいつもの事とばかりに笑みを浮かべている。3人で座れば窮屈になる一つ一つのテーブルに態々椅子を4脚おいて、しかもその内の3つ(俺の席も含む)に誰も座ってないのを見る限りでは、最初から2人を仲間外れにすることは無かったのだろう。


その後、俺はイディア、エリス、ラファルナさんがいるテーブルに。レオン老、イディアさん、グリュードは大酒飲みという事で大きめの酒樽がドンッと椅子の上に置かれているテーブルに着き、宴会は開始されたのだった。


「では改めてお待ちかねという事で『とある動物(?)の干し肉』です。公平を期すために半々にして各テーブルの真ん中に置きますんで、仲良く喧嘩・・せずに楽しんでください」


イディアさん達の座るテーブルに視線を向けて『喧嘩』の部分だけを強調して宣言する。


そうして何の肉の干し肉なのか内緒にして食べ始めたのだが……。


グリュードやイディアさんは酒を肉を一欠けら千切って口に入れ、口の中に肉がある間に酒を口に含んでいる。何をしているのかと思いきや、濃い味の物をツマミに酒を飲むときは此れが一番だという。


そういう食べ方の所為か、向こうのテーブルの干し肉はだいぶ小さくなってしまっている。


それとは対照的に俺のいるテーブルでは、イディアが酒と干し肉を別々に口に入れては余韻を楽しんでいるし、エリスは苦手な味なのか顔を顰めてジュース8、干し肉2の割合で食べている。


人それぞれ十人十色の食べ方がある中でラファルナさんはというと……。


「ふうむ。一体、これは何の肉なんだろうね?」

「口に合いませんか?」

「合う合わないで言ったら、合う方なんだけどね。長年色々な物を調理してきた私でも味わった事のない食感なんだよ。普通干し肉っていえば、パサパサして筋っぽくて不味いってのが一般的なんだけどね。この肉はそのどれもが当てはまらないんだ。だから干し肉の元になった動物に、その調理方法を何とか見つけ出して自身の料理に役立てられないかと思ってるんだけど……ホント分かんないね」

「森に住んでいるエルフたちの長年の研究による成果ですからね」


ラファルナさんと干し肉の事で盛り上がっていると、硬い干し肉が口に合わないのか、それともただ単に肉が嫌いなのか、唯一楽しんでいないエリスが全く別の質問を浴びせてきた。


「ねぇねぇ、本で見たんだけどエルフって長生きなんでしょ。どれだけ?」

「人間、亜人を問わず年齢を聞く事はかなり失礼にあたるからあまり詳しくは聞いてないんだけど、前まで一緒に暮らしてたエルフ族の長老は確か800歳ちょっとだと話してたよ。あっ、この長老っていうのがレイヴのお母さんになるんだ」

「ひえぇぇ~~~800年も!?」

「だから見た目で同年代だと思っても、下手したら100歳は超えてる可能性はあるんだ」


特にセルフィの年齢を前に聞いた時の顔は……思い出したくない。


そして翌朝、冒険者ギルドへと応援の為に出向いていた事で干し肉を食べ損ねたエティエンヌとディアスから、仕事をサボって此処に来ていたジェレミアさんとレオン老が2人から恨まれた事は言うまでもない。

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