第130話 同化の御披露目。そして尋問
リュカの右腕の事はあまり聞かないという事で彼女らの話は完結となった。
「私達ばかり話してズルい。此れまでのお兄ちゃんの事、教えてよ」
「俺がドラグノアの街を追われて、エルフの集落で暮らしていた事は話したよね」
「ん? 何それ? 聞いてないよ」
「私もそんな事は一言も聞いた覚えはないが?」
「あっ、ゴメン。そういえばこの話をした時にリュカ達はいなかったっけか。えっとね……」
そう言って俺は、少し前にヴォルドルム卿らにした話をリュカ達にも知らせる。
「亜人達が集まって暮らしている森ですか、話には聞いていましたが本当に実在していたんですね」
「別に行くのは構いませんけど覚悟はしておいてくださいね」
「覚悟……ですか?」
「森は別名『聖域』とも呼ばれているんですが、その聖域に害を齎そうとする者を拒絶する結界が張り巡らされています。聖域を襲撃してきたドラグノアの自称騎士達でも結界に阻まれて通過する事は出来ませんでしたし……それに何よりも聖域に辿り着く前にSクラスの魔物が当たり前のように跋扈する場所を抜けてこないといけないので、それ相応の実力が必要となりますよ」
俺が言った『Sランクの魔物』という言葉に反応したのは血気盛んなジェレミアさんだった。
今でこそ副ギルドマスターとはいえ、現役のSランク冒険者なのだから興味津々なのだろう。
「Sクラスの魔物といえば、ワイバーンとかウォームの類だろうか? 一度力試しをしたいと思ってたところなんだが、其処に連れてってくれないだろうか」
ジェレミアさんの目は餌を前にお預けを喰らっている、涎を垂らした犬のようだった。
流石に涎までは流していなかったが、尻尾があれば千切れそうな勢いで振られている事だろうな
「一応言っておきますけど、命の保証は出来ませんよ。それにジェレミアさんはレオン老の許可も取らないといけないんじゃないですか?」
「それが一番の問題なんだよな。何とか言いくるめるか、それとも目を盗んで脱走するか……。ところでどんな魔物がいるんだ? もったいぶらないで教えてよ!」
「わ、分かりましたから、少し落ち着いてくださいよ。そうですね。先ずは……」
そう言って俺はジェレミアさんにベヘモスやウォーム、シーサーペントにワイバーン、あとは名前は分らないけど地面を水の中かのように泳ぐ、鮫の様な魔物を魔の森付近で見たという事を話しておいた。
「ベヘモスは何回かやりあった事はあるが、ウォームは体格が違い過ぎて手も足も出せなかったな。シーサーペントという魔物は名前からして水中にいる魔物だと思うんだが、どうやって倒したんだ? 船に乗った状態で剣を振るったのか? それとも水中に潜ってか?」
「期待しているところを申し訳ないんですけど、倒してないんですよ。あの時は空を飛ぶのに集中してましたから流石に他の事までは頭にありませんでした」
「そうか残念だ……ん? 空を飛んでいたとは?」
「そのままの意味ですよ。ドラグノアの街を追い出される前に、とある存在と出会って契約した事で色々な能力を使えるようになったんですよ。ジェレミアさんと俺と城の学者の3人で行った古代遺跡を憶えてますか?」
「ああ、大量の書物を持って帰ってきたアレだろう? あの後、大変だったんだぞ。学者のアニエスが古文書の解読に行き詰る度に『クロウさんはいませんか! 何処に隠したんですか!』ってうるさくてしょうがなかったんだぞ!」
それは俺に言われても困る。
あの後、レギオンの襲撃による石化の治療や、戦争に向けての魔法訓練やらで右往左往してたんだから。
というか城の中で魔法の訓練をしてた俺の事を、騎士以外の城の者は誰も知らなかったんだろうか?
「で、その古代遺跡と空を飛ぶ事とに何の関係があるんだ?」
「遺跡の一番奥の部屋の壁に、白く光る宝石のような物が埋め込まれてたのを憶えてますか? アニエスとジェレミアさんが手を触れても、何の反応も示さなかったアレです」
「そういえば、そんな物があったな。確かクロウの身体の中に入って行ったように見えたが」
「その時に宝石に宿っていた意識体である精霊と契約したんですよ。その後の過程で無・火・水・風・土の各精霊と契約を交わして特殊な能力を授かったんです。空を飛ぶのは風の精霊の力ですね」
「精霊なんぞ、お伽噺でしか聞いたことが無かったが実在するんだな」
「そういえばオヌシ、この町の図書館で精霊に纏わる本を読んでおったな。古代文字で書かれている場所を見ておるようだったから、本当に読んでおるのか分らなかったが。儂の記憶が確かなら火の魔神、水の魔神という括りで始まる項ではなかったかと思うのだが?」
「そうです。その火の、水の……というのが精霊と契約して、同化した姿の人間のことなんです。丁度今の俺がその状態ですね。とは言っても勘違いしないでくださいよ。俺は世界を滅ぼす気なんかこれっぽっちもありませんから」
《そうですよ。アレは酷い黒歴史でした》
《今のマスターは天と地……いえ、天国と地獄ほどの差があります》
《そうそう。ちょっと気に食わない人がいたからって、街を一つ壊そうとか言わないもんね》
聞けば聞くほど酷い想像しか浮かんでこないけど、前の契約者ってどんな壊れた人格者だったんだ?
「風の精霊と契約して空を飛べると言っていたが、その他の精霊の恩恵はどんな物なんだ?」
「えっと最初に契約した無の精霊は同化すると魔力が増大するだったっけな。で風の精霊はさっき言ったように空を移動できるようになる事。水の精霊は水中でも地上と同じように息が出来る事。火の精霊は例え溶岩の中に足を踏み入れたとしても火傷を負わない事……というか溶岩に足突っ込んだら火傷どころじゃ済まないんですけどね。土の精霊は大地に働きかけて地表を自在に操ることだったかな。更にその各属性の魔法の無効化もありますし、同化した精霊と同じ属性の魔法を使用する際に威力が上がるというメリットもあります。でも別に逆属性の魔法に弱くなるという事はないから」
「聞いていて少し欲が出てきてしもうた。すまんが、実際に同化するところを見せては貰えんだろうか」
「構いませんよ」
《という事だが、大丈夫か? 悪いな面倒な事を頼んでしまって》
《面倒なんてとんでもない。喜んで応じます》
《それに最近は移動のためとはいえ、フィーばかりと同化してましたから。私達も久々に同化できるとあって嬉しいんですよ》
まぁ言われてみれば聖域を出てからこっち、風の精霊フィーとばっかり同化していたっけ。
「じゃ、最初は火の精霊の同化からですね」
《サラ頼むぞ》
そう了承を得てサラとの同化を開始すると、俺の身体の中心から赤い光が迸る。
此れには離れた席で此方を見ながら会話をしていた他のメンバーが何事かと走り寄ってくるが、その間に同化は完了し、俺の髪の毛は銀色から赤色に変化する。
「お待たせしました。これで火の精霊との同化は完了です」
その後、火から風、水、土の精霊と同化して見せる。
風の精霊と同化した際には、実際に部屋の中で縦横無尽に飛び回って皆を脅かせたりもした。
最後に風の精霊と同化した姿で冒険者登録した事をレオン老に謝罪して、この日は終了となった。
レオン老とジェレミアさんからは、どんなに変装していたとしても同一人物は複数のギルドカードを持つことは出来ない筈だと言われた際には、精霊に頼んで魔道具に干渉して貰った事を伝えた。
まぁ此処でこうして皆に出会えた事、クロウの姿で街を散歩して街のみんなに姿を見せた事で、新人冒険者フィロの存在意義はなくなった為、新しいカードはギルドマスターのレオン老に渡して処分という事に相成ったのだった。
ちなみに宿に帰ってからはイディア達に、ドラグノアを出て今の今までの何処で何をしていたかの詳しい説明を、周囲を取り囲まれて逃げ道を失くした状態で強いられたのは言うまでもない。