第129話 凶行に走った国王
リュカローネ姫が前に森で出会ったリュリカだと判明してから凡そ10分。
場には身嗜みを整えたリュカローネ姫と、懲りずにメイドにちょっかいを出して姫に投げ飛ばされた執事のシュナイドが追加された。
シュナイドが喰らった罰はどう考えても打ち所が悪ければ即死、もしくは骨の1、2本は確実に折れる程の物なのだが、何故か当の本人は骨折どころか掠り傷一つ負う事も無く、何事もなかったかのように椅子に座って笑いながら茶を飲んでいる。
この男は本当に唯の人間なんだろか?
それに此れだけの面子に対して俺が此処にいるのは、どう考えても浮きすぎてはいないだろうか……。
王族に所縁のある一家に2人のギルドマスターと元宰相、更には姫殿下ときたものだ。
「さて漸く人数も揃った事ですし、話を進めていきましょうか」
ウェンディーナ様は手をパンパンと叩いて皆の視線を自分に合わせると、やっと本題に行くことが出来るとばかりに場を仕切りだした。
「あの~~度々流れをぶった切ってしまって大変申し訳ないんですけど、ちょっと良いですか?」
声を掛けても良い物か躊躇したが、思い切って聞いてみる事にした。
「俺の存在が浮いているようにしか見えないんですよ。王族であるヴォルドルム卿とウェンディーナ様の御家族に、デリアレイグとドラグノアの冒険者を統括していたギルドマスターが2人、王位継承権第一位のリュカローネ姫と従者のシュナイド殿に、ドラグノア元宰相のレイヴ。此処まで国を支える主要人物が揃っている中で、只の一冒険者でしかない俺が此処に居ても良いのかと思いまして」
「神子様、それは違いますぞ。仰る通り、儂も元は宰相でしたが今ではただのエルフの冒険者でしかありませんからな。儂と宰相クレイグとを同一視する者は先ず居らんでしょう」
「そうですよ。それに主人も先程言ったように、私達は既に貴族でもなければ王族でもありません」
「ほっほっほ、ギルドマスターもそうじゃよ。言葉は悪いが沢山の冒険者をアゴで使って自分らは何もしないのが現状じゃしな。ドラグノアの方は如何だったかは知らぬが」
「レオン殿、謙遜も程ほどにしないと嫌味になってしまうぞ。現に街に来たばかりの私達と模擬戦をした際には切り込める隙すら見せなかったではないか」
「模擬戦?」
「私が副ギルドマスターになる際にごねたんだ。ギルドのトップになると、自由に外に出られんからな」
「儂もその事は聞き及んでますな。レオン殿がジェレミア、ルディア、ガッシュら3人同時と模擬戦を提案し、自分に一撃でも当てることが出来れば冒険者として。逆に勝てなかった場合は副マスターに就くようにと」
なんなんだ、その賭けは。
Sランク冒険者でもあるジェレミアさんと、以前聞いていた元Aランク冒険者のガッシュとルディア。
齢の事を考えても、この3人なら余裕で勝てそうな気もするんだけど……。
ジェレミアさん達も当時はそう思っていたらしいのだが、気が付くとレオン爺は其の場から全く動いていないのにも拘らず、ジェレミアさん達3人は気がつけば軒並み床に俯せの状態で倒れていたらしい。
その後、何度挑んでみても結果は変わらずで結局あきらめてジェレミアさんは副ギルドマスターに、他2人は冒険者をやりながら、アシュレイ達と同様に街の警備へと就いているらしいとの事だ。
「それじゃ、この街に来てからは冒険者らしきことはしてないんですか?」
「いや儂も其処まで鬼ではないんでな。他の低ランクの冒険者には太刀打ちできないような、ベヘモスやウォームといったSクラスの魔物が出た場合は彼女らに頼んでおるよ」
いや、Sクラスの魔物をあてがうのも十分鬼だと思うんだけど……。
俺だって大平原でベヘモスを何体か狩った事はあるけど、サラ達精霊の力を借りて為しただけだし。
それから更に数分が経過した頃、ウェンディーナ様によって場が鎮められ、やっと横道に逸れまくっていた本題が話し合われることになった。
此処で空気を読めないシュナイドがこれ見よがしにウトウトと船を漕ぎだした事でウェンディーナ様から鉄拳を御見舞されて壁まで飛んで行ったが、これまた何のダメージを負う事も無く立ち上がって何食わぬ顔で戻って来ると世話役のメイドと親しげに会話しながらお茶を嗜んでいた。
此れにはヴォルドルム卿も2人の息子も驚きを隠せなかったが此処に居ても居なくても、どうでも良いという事で存在をスルーして話を進められたのだった。
「まずは私達が公爵から、ただの一市民に落された経緯をお話ししましょうか。あれは確か帝国王都グランジェリドが廃墟と化した事を確認した先遣隊がドラグノアに戻った頃でしたかしら?」
「うむ、そうだ。帝国との戦争終結の知らせを此処デリアレイグで聞いた私達は数人の護衛を伴って、此れからの事を相談するためにドラグノアの城に向かったのだが、その頃から陛下の様子がおかしくなってきてたのだ。事もあろうにクロウ殿の冤罪の元となった事案と、帝国との国境線で犠牲となった騎士や衛兵の数を補充するために冒険者に対して半強制的に徴兵しようとしていた」
「騎士、衛兵への平民の徴兵は今に限った事ではありませんが、冒険者を徴兵するというのはかなり問題となります。基本的に冒険者はギルドとして国から独立している存在ですからね」
「そうじゃ、ギルドはギルド、騎士は騎士で別物じゃ。国の危機という事で依頼されて帝国の国境へと警備の為に派遣する事もあったが、それにしたって必ずギルドマスターの許可が必要になる。今回のようにギルドを通さずに直接冒険者を徴兵する事は完全な裏切り行為だ!」
この事に関してはデリアレイグのギルドマスターであるレオン爺も顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。
その当事者だったジェレミアさんはと言えば、話を聞いている途中から段々と目つきが鋭くなっていった時点で言わずもがなだろう。
その後の話によるとルール違反をしてまで徴兵したにもかかわらず、応じる者は殆ど居なかったことで、今度は罰として鉱山で囚役している犯罪者たちを有無も言わさずに段階を無視して行き成り騎士へと昇格させたらしいとの事だった。
犯罪者にしてみれば、光も風も届く事がないくらい暗くてジメジメとした鉱山の中から外に出られて、更に騎士の給料まで貰えるとあっては流石に文句を言う者はいないだろう。
「これには私も黙ってはいられなかったので、いつもと同じように、城に乗り込んで行って、いつもと同じように殴り合いの喧嘩をしたまでは良いんですが、此処でいつもとは違う事が起こり『一国の王に手をあげるとは何事か!』と近衛兵を呼ばれた挙句に投獄されてしまったのです。幸いにして直ぐに釈放されましたが、その時に陛下から『もう兄と弟の縁を切る。その顔を二度と見せるな!』と言われたのです」
「街の屋敷で主人の帰りを待っていた私の元にも訓練中だったはずのアシュレイ、テオフィル、シュラウア、ラウェルの4人と辞令を持った騎士2人がやって来て、主人が謁見の間で陛下に手をあげて投獄されたとの知らせと今回の罰として息子たちの騎士・衛兵職剥奪に我が家の爵位剥奪を言い渡されてしまったのです。その時に『これは何かの間違いだ』と訴えたのですが、近日中にドラグノアの街から出なければ捕縛して反逆罪として鉱山送りにされると言われて、保釈された主人と共に此処デリアレイグへと戻ってきたのです」
「その時を同じくして、我が冒険者ギルドも騎士への徴兵を断った罰として街からの退避命令を下されて街から出て行かざるを得なくなってしまったんだ。当然、異を唱える者も多く居たんだが反逆罪として鉱山送りにされては適わんと、皆は渋々街を後にして、思い思いの方向へと散って行ったんだ」
あの心優しかった陛下がそんなことで激情して兄弟の縁を切ってしまうなんてな。
現に俺が謁見した時は笑いながら平然とヴォルドルム卿と殴り合いを噛ましていたのに……。
「そうなると姫殿下はどうして? ヴォルドルム卿とは違って正当な王位継承者だったのでしょう?」
「お兄ちゃん、私の事は姫殿下じゃなくリュカって呼び捨てで良いよ。どっちみち王位継承権はおろか、私の存在はドラグノアは元より、この世界からの何処からも抹消されてるしね」
存在を抹消? それは一体どういう事なんだろうか……。
「私は帝国との戦争が始まる少し前から、其処に居るシュナイドともう一人の従者と共に探し物を探す旅に出ていたんだけど、立ち寄った名も無き町で帝国グランジェリドがキナ臭い動きを見せているって小耳に挟んで、翌朝村を出て帰路に就こうと考えていたんだけど目を醒ましてみると、何故かもう一人の従者の姿が何処にも見えなかったの。町の入口で不審者が入って来ない様に警備に就いている者に聞いても、それらしい人は通っていないっていうし、もう訳が分からなかった。でも姿を消した従者を彼方此方探し回るよりも城に戻る事を優先させないとと思って彼の事も心配だったけど周囲に気を配りながら、やっとの思いでドラグノアに辿り着いた私が見たものは信じられないものだったの。私本人が街の入口に居たにもかかわらず、私が城の中でお兄ちゃんに胸を剣で一突きにされて殺されたって……」
リュカは其れだけをいうと目元を押さえて崩れる様に床に蹲った。
「そこからは俺が姫さんに代わって説明する。取り敢えず姫さんには件の姿見の魔道具で姿を変えて貰ってから宿屋に押し込んで、俺が様子を見に城へと入ったんだ。俺は元々の立場は近衛騎士だからな、城に入るのに咎められることなく姫さんの部屋に入ったんだが、其処には棺が置かれていてな。幾らなんでも中に姫さんがいるはずはない。姫さんにそっくりな誰かの死体を用立てて棺の中に入れたんだろうと高をくくってたんだが、棺の中で痛々しい姿で横たわるのは紛れもなく姫さんだったんだ」
「でもそれこそ、死体を良い様に弄って本人に似せたとか?」
現代の整形技術なら、血の繋がらない双子だろうが三つ子だろうが簡単に作れるだろうけど、この世界だと如何なんだろうか? 見本となるリュカの肖像画さえあれば作れない事も無いと思うんだけど。
元々立場が近衛騎士というのも、引っ掛かる言葉だな。
城に居なくても良いんだろうか?
それとも辞めてきたのか?
その事も聞きたかったが、あまり内面に触れすぎると嫌な気分になってしまうと思うので込み入った話は聞けなかった。
「いんや、兄さんの認めたくないって気持ちも分からんでもないが、アレは確かに姫さん其の物だった」
何時から俺はシュナイドの兄さんになったんだ?
「でも当の本人は宿屋に居たんだから双子でもない限り、同じ顔が2人いるとは考えづらいと思うけど」
「俺が姫さんの従者を遣りだしたのは昨日今日の話じゃないんだぜ? それこそ身体についた痣、傷、ほくろ、おでき、皺の数に3サイズまで俺に分らない事は一つも……ぶげらっ!?」
「気色悪い事を抜かすな! お前に素肌を見せた事など、今までにただの一度もないわ!」
その瞬間俺の目に映ったのはシュナイドを下から掬い上げる様に撃たれた、リュカの右腕から繰り出されるアッパーだった。
攻撃を受けた当の本人は、そのままバック転をするかのように頭から壁に向かってダイブしていた。
「で、その右腕はその時に大怪我でもしたの?」
シュナイドを力任せに殴ったり、ネックハンギングツリーをしている時点で重傷を負って身動きがとり辛いという事は無さそうだけど。
「これ? これは怪我をしたとかそういう訳じゃないよ。でもちょっと言いづらいかな」
「それなら無理に聞き出そうとはしないから安心して」
「ごめんね、お兄ちゃん」