第125話 散歩という名の……
翌朝、クレイグさん改めレイヴとともに宿の朝食を終えた俺は昨日の約束事だったヴォルドルム卿の屋敷に向かう準備を行っていた。といっても、手荷物は亜空間倉庫の中なので用意も何もないが……。
なら既に一回訪れているが、貴族の屋敷に赴くのに正装しなければならないのかと思ったが、その必要はないとの事だった。
「神子様、準備は宜しいですかな?」
「準備も手荷物は何もないんですけどね」
「いえ儂のいう準備とは、これからの心構えというやつですよ。神子様にはヴォルドルムの屋敷に行く前に同化を解いた元の姿でギルドや市場など人の多くいる場所を儂と共に歩いて頂きます」
「えっ!? それはかなり危険性があるんじゃ……」
「御安心を。神子様は儂がこの身に代えて傷一つ付けさせないよう御守りいたします」
「でも危険性を孕んでまで態々俺の姿を皆に見せる事になんの意味が?」
「以前ジェレミアやイディア達も同じことをしましたが、目的は町の中に居る反乱分子……いわゆる賞金稼ぎや、王都から来る密偵などの炙り出しですな。ドラグノアの地では儂や神子様、イディア達に国家反逆者として賞金が科せられていますが、此処デリアレイグでは何の関係もありません。それどころか元を正せば同じ国の領土内でありながら、王都ドラグノアを敵視しておる者も数多く居ります」
それなら逆に姿を隠したままの方が良いんじゃないだろうか……。
「そういえばイディア達は? 違和感たっぷりの武装した姿で朝食食べてたけど、あれから唯一人として姿を見かけてないんだけど」
イディアやジェレミアなどの女性陣はそもそも泊まっている階数が違うので、偶々見落としてしまったと考えられるがグリュードは同じ階なので、廊下で会話している俺達からしてみれば見落とす筈がない。
「彼等なら既にデリアレイグからの信用できる者達とともに不審者を拘束するため、街の彼方此方に散らばりました。儂も神子様も元の姿で歩き回れば、雇い主に報告をする為に街を出ようとする者が必ず一人は出るでしょうからな。当然神子様の事も彼等には未だ知らせておりません」
レイヴはそう言うと画鋲の様な小さな針状の物が付いた、白いガラス状のアクセサリーのような物を懐から取り出すと、何を思ったのか其れを勢いよく手の甲に突き刺した。
すると白いアクセサリーはレイヴの血を吸い取っているかのように見る見るうちに赤く染まると、眼を開けていられないような強く眩しい光を放った。
《あれは姿見の魔道具ですね。自らの血を代償にすることで、自身の年齢を少しの間だけ変えることが出来る魔道具です。このような貴重な物がまだ壊れずに残っているとは驚きですね》
そしてレイヴを取り巻く光は徐々に薄まって行き、すっかり光が消えたそこにはドラグノアの宰相時代のクレイグさんが立っていた。ただ格好はレイヴのままだったので可也違和感が見られる。
「その姿見の魔道具って壊れてたんじゃ?」
「そう思ってデリアレイグに来てから色々と宰相時代に培った独自の知識を駆使して調べ上げたのですが、何処にも異常は見当たりませんでした。それどころか調べているうちに如何やら触れてはいけない場所に触れてしまったようでして魔道具の有効時間が一気に短くなってしまいまして」
《ほとんどの伝説級の魔道具は作った本人でさえ、二度と同じものは作れないと言われるほど不思議な物ですから。完全に壊れて、二度と使い物にならなくならなかっただけでも運が良かったのでしょう》
レイヴはその格好のままでは別の意味で目立ちすぎるとの事で一旦部屋へと戻り、その上からマントを羽織る。ちなみに何かあった時に対処できるようにと、軽鎧だけマントの下に身に着けているらしい。
俺もフィーとの同化を解いて元の姿に戻ればいいのだが、此処で元の姿に戻るわけには行かない。
宿の受付を済ませていない人間が部屋から出てくると騒ぎになってしまう。
「それでは神子様、行きましょうか」
「俺はレイヴに沿って、ただ歩くだけで良いのか?」
「はい。と言っても何か気になる場所があれば見に行っても構いません。ただ街の中で魔法だけは使わないようにしてください。魔力が高い神子様や儂にとっては何の問題もありませんが、一応は街全体に魔力無効の結界が張り巡らされているのですから」
こうして宿屋を出て元の姿でレイヴと共に堂々と街を散歩することになったわけだが、宿(元・魔法学園)を出て100mも歩かない所で最初の騒ぎとなった。
魔法学園側にある、街の出口である森の入口で不審者捕縛の配置に就いているエティエンヌとディアスの2人が大きな声で俺の名前を呼んでしまった所為だ。
「クロウさん!? 無事で何よりです。マスターも心配してたんですよ。街に何処かに居るはずなので後で顔を見せてあげてください」
「クロウさん、石化していた俺を回復して頂いてありがとうございました。これまでお礼の一言も言えなくてスイマセンでした」
「二人とも今その様な事を言っている場合ではなかろう。今は不審な者を捕える事を優先せよ」
「「りょ、了解です!」」
その後、此方にずっと頭を下げているディアスを後にして街へと歩き出したのだが、あの二人だけで不審者捕縛が本当に務まるのかと考えているとレイヴからエティエンヌは元Bランク、ディアスは元Aランクの冒険者だったことを知らされた。
普段からボケボケとしているので、とてもそうは見えないんだけどな……。
そしてレイヴに連れられて最初は人が多くいる酒場の中に入る。此処ではカウンターに座るディアナと口げんかを勃発中のガウェインさん無事だったことを喜ばれた。
ディアナに至ってはガウェインさんが大声で名前を言っていたのにも拘らず、俺が誰だか分らないといった表情だった。
そう言えば其処まで親しくもなかったか。昔、アリアが冒険者に絡まれていたのを助けて、一緒に一度だけ酒場で食事したっていう仲だけだったから。
俺がガウェインさんと一言二言喋っている最中、後方のテーブルで仲間と共に酒と食事を楽しんでいた男達のうちの一人が急用を思い出したとばかりに酒場を飛び出して行ったが、アレは俺とレイヴのどちらの顔を見て飛び出していったんだろうな。
5分程度ガウェインさんと話しをした後は、街の路地裏で相手との実力差も理解できなさそうな馬鹿そうなチンピラに出くわして金をせびられたり、細工物を店先に並べている露店で手八丁口八丁な店員さんから高価な指輪を売りつけられそうになったり、青果物を取り扱っている露店でレイヴと二人で買い食いを楽しんだりと普段通りの行動を楽しんでいた。
不審者を炙り出すのにこんなことをしていて良いのかと聞いてみると。
「これで良いのです。逆に緊張感を持って行動していると、相手に此れは罠だと感付かれて尻尾を出さなくなってしまいますからな」
此処まで酒場、路地裏、商店街と回って来て、不審な行動をとっていたのは金をせびってきたゴロツキを省いて5人程度。俺にはそのどれもが何処にでもいる冒険者や商人、町人に見えたのだが、レイヴ曰く足運びや癖などで明らかに一般人とは違ったものらしかったとの事だ。
現に今も周囲に沢山の人が集まって来ているが、遠くの建物の陰に見張りの冒険者か不審者かは分からないが複数の視線が此方に向けられていることがエストの報告で分かった。
その事を視線でレイヴに伝えようかと思ったが、どうやらレイヴもこの事には気が付いているようで口元は笑ってるが視線は厳しい物に変化しているようだ。
途中で周囲に対して目を光らせているグリュードとイディアの姿も見かけたが、此方はエティエンヌ達のように話しかけては来なかったが、俺の顔を見た途端に目玉が零れ落ちそうなほどに目を見開いて驚いていた。
レイヴと一緒にいた事から宿に帰ったら大騒ぎになりそうだな。
流石にフィロ=クロウだとは気づかれていないようだが。
次に冒険者ギルドに立ち寄ったが、アリアは別の冒険者に対する受付で忙しそうだったので声を掛ける暇はなかった。
代わりに前にギルド内で魔法を使用した際に話を聞いてくれたギルド員の女性は俺の事に気が付いたようで、口元に笑みを浮かべながら頭を下げてくれた。