第10話 異世界情報
宿屋の夕食の内容だが、ガウェインさんが言っていた料理が美味いとか不味いとか、そういう問題ではなくまさに食べたら死ぬんじゃないかという物だった。
見た目で判断しては料理(?)を作ってくれた主人に失礼に当たると思い、恐る恐るスープの中にスプーンを入れると、入れた瞬間に金属のスプーンは酸化して浅黒い色に変化してしまった。
しかもスープの匂いを嗅ごうとして顔を近づけた瞬間に、目から涙が止まらなくなるくらいの悪臭が漂ってくるのも大問題だ。
そんな中でも最も驚いたのは、そんな科学実験物質のなれの果てをスプーンで少しずつ掬いながら美味そうに食している店主の姿だった。
その様子を信じれないように俺が見つめていると…………。
「どうかしましたか? ああ、御代わりなら仰ってください。まだまだありますから」
「いえ折角の料理ですが、あまり食欲が湧かなくて」
俺は相手を傷つけないようにそう答え、その中で唯一食べられそうなサラダだけを食べると宿の店主に『腹ごなしに少し散歩してくる』と言って、すぐさま近くにある酒場の中へと飛び込んだ。
「よぅ坊主。宿の飯は美味かったか?」
ガウェインさんは俺が言葉を発する前に、既に答えが分かっているかのように数個の固いロールパンのような物を普通のスープと一緒にカウンターに座った俺の前に差し出してくれた。
「ガウェインさん酷いですよ。アレは美味いとか不味いとかいう以前に、食べたら死ぬか死なないかの問題じゃないですか!」
いや……正確には途轍もない笑顔で、毒々しいスープを食している宿屋の主人の姿があったが。
何故あれで平気な顔をしていられるのか。宿屋の主人は本当の意味で化け物か?
「人の忠告を聞かない坊主が悪い。でもこれで分かったろ? 宿屋の料理は色んな意味で不味いって事をよ」
「身に染みて、良~く分かりました」
「今日は多分坊主が飛び込んで来るだろうと思って、こんな簡単な物しか用意できなかったが明日からは事前に言っておいてくれれば、それなりの物を用意できるが如何する? 当然金はもらうがな」
「お願いします。あとはお金にあまり余裕はないので、簡単なものにしてくれると有難いんですが」
「酒場で出す飯だぜ? そんな心配しなくても100Gくらいで美味いもんを食わせてやるよ。ただ何も言ってこない場合は要らない物と見做すからな」
ガウェインさんと笑いあいながら、歯が立たないくらいに固いパンをスープに浸して柔らかく、食べやすいようにしながら間食した俺はそろそろ宿屋に戻らないと不味いと思い、今食べた物の代金を払おうと道具袋に手を伸ばしたのだが…………。
「今坊主が食ったのは客の残りもんのパンだ。代金は要らねえよ」
「でも、それだと悪いんじゃ?」
「つってもパンの金は残ったもんも含めて、客が全部払っちまってるからな。ああ、そうだ序にこれも持ってけ」
そう言ってガウェインさんが俺に向かって投げ渡してきたものは布に包まれたパンだった。
「どうせ、このままじゃゴミ箱行きになるパンだ。それなら誰かに食べてもらった方が幾分かマシだろうからな」
と最後に『明日の朝飯も必要だろ?』と最後に付け足して、他の酒場に居る酔っぱらいの相手をしながら宿に戻る俺を見送ってくれた。
翌朝、夕食の物以上にグロテスクな物を用意しようとしている店主に『腹の調子が悪いから』と朝食の準備はしなくても良いと伝えた俺は部屋でガウェインさんが手渡してくれた固いパンを水と一緒に頬張ると、身の回りの装備を纏めて宿屋を後にするのだった。
「う~ん、今日も良い天気だ。ん? あれはアリアか?」
宿屋を後にして町全体を見渡せる酒場の前の丘で背伸びをしていると此処から100mほど離れた、町の細い路地の中を重そうな鞄を持って、歩いているアリアの姿を見つけた。
俺はこのままギルドに行き、稼げそうな依頼を受けるつもりだったのだが、目の前を今にも転びそうな足取りで歩いているアリアを見過ごせるはずもなく…………俺は気が付くとアリアが歩いている方へと足を進めていた。
「アリア、おはよう。重そうな荷物を抱えて、今から学園かい?」
「あ、クロウさん。おはようございます」
アリアは俺の姿を視界にとらえると、一度抱えていた鞄を地面に置いて礼儀正しく俺に挨拶をしてきた。
「今日は学園がお休みなので、此れから勉強のために町の図書館に行くんです。それよりクロウさんこそ如何したんですか? ギルドが開くまではまだ時間がありますし、朝の散歩ですか?」
「まぁ、そんなところかな。天気も良いしね」
まさかアリアの姿を見つけたから、追いかけてきたなんて言えるはずないよな。
そういえば図書館に行くとか言ってたよな。
アリアは魔法学園の生徒だし、もしかすると魔法関係の本が置いてあるかもしれないな。
「なぁアリア、その図書館にはどんな書物が置いてあるんだい?」
「えっと、私もそれほど詳しいわけじゃないんですけど、国の歴史とか文化、魔物の種類、あとは魔法関連についてのが数冊ですね。クロウさんも本が好きなんですか?」
よっし! ビンゴ
流石に俺みたいな戦士職が魔法について調べたら不審に思われるかもしれないな。此処は一つ誤魔化すか。
「俺は此処に来て日が浅いからね。少しでも町の事や魔物の事に関して詳しくならないと駄目だと思ったんだ」
「なら一緒に行きますか?」
「うん、行こう。あ、鞄は俺が持つよ。重いだろ?」
「いえ、そんな悪いですよ」
「いいからいいから」
そんなやり取りをしながらアリアと俺が到着したのは昨日の役所の前だった。
「えっとアリア? 図書館に行くんじゃなかったのかい?」
「はい、此処の3階が図書館なんです。と言っても、本の数はそれほど多くはないんですけどね」
アリアは俺の手を引いて役所の中へと足を踏み入れると、入ってすぐの受付で図書館利用の手続きを済まし、大人2人が何とかすれ違う事ができる石造りの細い階段を3階まで一気に駆け上がっていく。
其処は図書館と言いながら、広いフロアに30冊程度の本が乱雑に置かれているだけだった。
しかも日頃から利用者が少ないのか、本や机には薄らと埃が降り積もっている。
「私は魔法関連の勉強なので、右奥の本棚ですね。クロウさんの調べたがっていた魔物関連の本は中央の本棚になります。あっ、此処まで鞄を運んでくれて有難うございました」
アリアは俺が持っていた鞄を両手で受け取ると、足早に右奥の本棚に走り去ってしまった。
「図書館では静かに……って異世界でも通用するのかな? まぁ良いか。魔法関連の本棚にはアリアが居るだろうから俺は魔物関連を調べるとするかな」
アリアに教えられたとおりに中央の本棚へ行くと、其処には『地域別魔物生息図』や『魔物一覧表』、なぜか魔物関連の本に混じって『食べられる野草、食べられない野草』や『森の果物』、『薬草大全』という本が置かれていた。
「まずは魔物からか。『森の果物』って言う本にも興味があるけどな」
俺は本棚から『魔物一覧表』という100頁ほどの厚みがある本を取り出すと、その場でパラパラと読み始めた。
「え~っと…………」
【スライム種】
主に川や沼、池などといった水に関連した場所に生息し、その身体は一目では水と区別がつかないほどに類似している。
確実に倒すにはスライムの体内にある『核』を確実に攻撃するか魔法で排除するしかなく、生半可な攻撃を加えれば傷口から分裂し、自分の身を危険に晒すことになるだろう。
注意事項としてスライムから切り離された『核』は決して水にぬらしてはならない。
水に濡らしたが最後、回りの水を『核』が吸収し、新たな肉体を持って襲い掛かってくるだろう。
【ウルフ種】
主に林や森などといった身を隠すに最適な場所に生息する魔物。
樹木が乱立する森の中を人間の数倍もの速さで動き回り、隙を見せたところで襲い掛かってくる。
嗅覚が異常発達しているため、逃げる際にも細心の注意が必要となる。
注意事項としてウルフ種の中でも、頭部に角が生えている【ホーンウルフ種】は此れまでウルフ種が森や林に生息するという常識を翻し、荒野や平原、時には沼地にまで出現する為、決して油断しないように。
「俺が此処に来る途中に襲われたのが、このホーンウルフって魔物だったよな」
この他にも、驚異的な速度で上空を飛び、一瞬で襲い掛かってくる【ワイバーン種】
人間の子供くらいの身体を持ち、武器や魔法を使う事が出来る【ゴブリン種】
主に岩山や人間が立ち入ることの出来ない場所に巣を作る【ドラゴン種】
志半ばで死んでいった者達に魔が入り込んで蘇り、生ある者を襲うという【アンデッド種】
はるか太古の時代に戦争の道具として利用されていた魔力人形【ゴーレム種】
俺が手にした『魔物一覧表』には、この他にも数多くの魔物が簡単な描写絵とともに事細かく、数々の注意事項とともに書かれていた。
元々、無類の本好きだった俺はこの世界に来る時に貰った【記憶能力】と【言語能力】を駆使して、次々と本を読み漁っていったのだった。
ちなみに一冊の本に掛かった時間は僅か20分程度だった。