第122話 経緯
屋敷内にある応接間にてヴォルドルム卿、ウェンディーナ様、クレイグさん立会いの元でフィーとの同化を解除して『フィロ』から『クロウ』へと姿を元に戻した俺に対し、ウェンディーナ様が俺が何者なのかと詰め寄ってきた。
此処にいる中で唯一、俺の正体を知るクレイグさんが詰め寄ってくるウェンディーナ様を押さえようと身を乗り出して来たが、俺は其れを止めてこれまでの経緯を説明しだした。
最初にドラグノアで古代の事を研究している学者をドラグノアのギルドマスターだったジェレミアさんと共に護衛して古代遺跡へ行き、遺跡の最深部で宝石に封じ込められていた無の精霊エストと契約した事、その後街へと戻ったところで火の精霊サラ、風の精霊フィーと契約し、魔物の大群に街が襲われて少し経ったところで街を訪れた水の精霊ラクス、土の精霊ティアと契約した事を説明した。
「では貴方は御伽噺でよく描かれている、精霊と契約した人物だと?」
「私が王都を離れていた間に、街がそのような事になっていようとは……」
「えっと……続けますよ?」
そして一時的に魔物の侵攻が止まったところで城の魔術師に混じって回復魔法で怪我人を治療して、疲れて宿に帰った翌日の朝にとある容疑を掛けられて騎士が俺を拘束しに来た事。
此処で暴れるのは俺自身不利になるので黙って城へと連行されていくが、何を思ったのか城のエントランスに入ったところで近くにいた衛兵や騎士が味方同士で殺し合いを始め、この隙に逃げようと何とか城を脱出したら何故か騎士・衛兵殺しで重犯罪者として手配されていた事を知った。
「その事に関しては儂も信じられぬ思いでした。なぜなら神子様が騎士や衛兵を手に掛ける理由が思いつきませんでしたからな。それに騎士・衛兵殺しが発覚して直ぐに神子様を犯人として手配するというのがあまりにも出来過ぎていて、何者かの陰謀説の方が疑わしかったのですが。まぁ黒幕が誰かは考えるまでもありませんが……」
まあな。決めつけるのも何だけど、ゲイザム以外に疑いようがないな。でもここまで大それた事をあの男が一人でやるには不自然すぎるんだよな。別の誰かが裏で糸を引いてる可能性もあるか。
その後、ドラグノアの街から無事に脱出して毒草塗れの森を抜け、大型の魔物が跋扈する大平原を横断し、800余年前に神魔大戦で出来上がった巨大な湖を飛んで移動して無事に聖域と呼ばれるエルフやドワーフ、獣人達が住む森に辿り着いたと話したところでウェンディーナ様から疑問を投げかけられた。
「あのS級魔物ベヘモスが跋扈しているという大平原を単独で無事に抜けられた事にも驚きを隠せませんが、あの巨大な湖を越えるのに飛んで移動したと仰いませんでしたか?」
「その事ですか。まだ説明していませんでしたが、精霊と契約して更に同化する事でその精霊に応じた力を得る事が出来るんです。例えば先ほどまでの俺は髪の色を今の銀髪ではなく、緑髪へと変化させてましたよね。あれは風の精霊と同化した事による作用です。あの状態で使える力は空を飛ぶ事です。最初は宙を浮かぶことがやっとでしたが、今は自由に空を高速で移動することが出来る様になっています」
「空を移動ですか……俄かには信じられませんね。後で見せて頂く事は可能でしょうか?」
「良いですよ。じゃあ説明も後少しで終わるので、その後でお見せします」
そして森に辿り着いた俺はクレイグさんの義理の家族であり、エルフ族長老メレスベルの家で共に暮らし、その隣に自身の家を建てて貰ったりしたところで森にドラグノアの騎士を名乗る謎の襲撃者が現れた事を話した。
当然、クレイグさんから家族は無事だったかと聞かれたが、森に張り巡らされている結界によって襲撃者は外側に向かって弾き飛ばされて気を失い、敢え無く捕縛。その時点で襲撃者の持ち物を没収し縛りつけておいて、翌朝話を聞こうとしたところで魔物にでも襲われたらしく、全滅していた事を話した。
「可笑しいですね。大平原、湖、呪いの森付近はA級、S級魔物の縄張りです。その程度の実力しかない者達が通り抜けられるほど容易い道ではない筈ですが。私とヴォルの2人でならベヘモス一体如きなら何とかなりますが……」
ボソっと何気なく恐ろしい事を言う人だな、ウェンディーナ様は。
「その事に関しても、ちょっとした絡繰りがあったみたいです。森から来る時に実験しましたが、このアクセサリーを付けていると魔物の目には自身の姿が見えなくなるようです」
そう言って未だに首から下げていた、件の襲撃者が身に着けていたペンダント状の首飾りを見せた。
何故かクレイグさんは集落の皆と同様にペンダントを見た途端、顔を青くしていたが何だったんだろう?
「こんな魔道具は見た事も聞いた事も無いですね。クロウ殿、もし宜しければ此れを預からせて貰えないでしょうか?」
「亜空間倉庫にまだ幾つか置いてあるので後程お渡しいたしますよ」
「ありがとうございます。後でギルドの研究機関に持ち込んで調査して貰いましょう」
そして説明は続き、無事にドラグノアの地に降り立った俺が見たものは如何見ても騎士には見えないチンピラが街の門で通行料をせしめていた事、街に入った俺が見たものはあまりにも覇気がない住民の姿、俺が街で暮らしていた宿屋が更地になっていた事、冒険者ギルドが廃止されていた事と、更に前にデリアレイグからドラグノアに行く際に立ち寄ったヴォルドルム卿の領地の村が廃墟と化していた事を話した。
「その街の宿の事は存じませんが、冒険者ギルドで暮らしていた者達はデリアレイグのギルドで仕事をしているようですよ。ただ全ての冒険者達が無事かどうかは残念ながら分かりませんが」
「我が領地の村が襲撃されていたというのは本当ですか!?」
「村が廃墟になっていたので何かに襲われたというのは間違いないかと思います。ただ……」
「『ただ』なんです? ハッキリ言ってください!」
「家が燃やされた痕や、壊れた家屋を見ましたが襲撃者の痕跡はおろか、村人の姿もなく地面に血の痕もなく不明な点で一杯だったんです。逸早くヴォルドルム卿が襲撃に気が付いて村人を逃がしたのではないかと思っていたんですが、その様子だと違うみたいですね。魔物に襲われたのかとも思ったんですが、村人はおろか魔物の死骸さえ見当たらなかったのは余りにも不自然ですから」
「あの村の警備に付いている者なら、A級魔獣や魔物の襲撃如きで命を落したり連れ去られたりという事は考えられないのですが……一体何があったのか。皆、無事でいてくれ」
「あとは貴方から見て変わった事はありませんでしたか? どんな些細な事でも構いませんので、気が付いた事があれば言ってくださいな」
「そういえば気になる事が1つ。村の中にあった木の家なんですが、壁が斜めに両断されていたんです。地面に根元で折れた剣が転がっていた事から、それで切り付けたんだろうと思うのですが襲撃したのが人間なのか魔物なのかは分かりません。前者の人間なら問題ありませんが、後者の魔物が犯人だった場合は説明が付きません」
「どういうことです?」
「契約している無の精霊エストに聞いた話に因れば、あの辺りに出現する魔物はゴブリンやスライム、クインビーといった余り力が強くないタイプです。剣で家の壁を両断できるような力を持っているとは思えません」
「ゴブリンやスライム程度なら余所見をしていたとしても不覚をとる事は無いだろう。あの村は私自身の領地であるため、外部から人を招く事はまず有り得ません。仮に盗賊などが村を襲撃したとしても、村人に扮している者が対応できるはずですから」
「分かりました。私の方でも調べてみましょう」
その後、窓から見える空が暗くなってきたことからヴォルドルム卿から『良ければ夕食をご一緒しませんか』と誘われたがクレイグさんが誘いをやんわりと断り、共に屋敷を後にする。
屋敷を後にする前に空を飛ぶところを見せてほしいと言われていた、フィーと同化しての飛行をウェンディーナ様に見せてからクレイグさんに連れられて貴族街を後にするのだった。
「神子様、本日の宿はまだ決めて居られませんよね」
「酒場を出る時のガウェインさんへの言い訳じゃないですけど、クレイグさんに良いところを紹介して貰えないかと」
「それなら丁度良かった。私にお任せください」
「お願いします。あっ、予算的にあまり高いところは勘弁してくださいよ」
「心得ております」